禁断の恋悪魔二人がとある町に根を下ろして三ヶ月が経った。聖職者二人を堕落させるという目論見は相も変わらず進歩はなく、平和な日々が続く。しかして二人はエリート、ただのんびりと過ごしてきた訳ではなく、どうにか聖職者二人の弱みを握れないかと模索していた。
「…………でな、魔界の世界ってのは…………」
「…………へぇ〜、不思議だね…………」
その一つとしてマリオはルイージによく話しかけている。何か一つ、何でも一つ、ポロリと漏らさないかと思い積極的に色々と会話をしている。
「って、僕の話はいいんだよ!」
「え?とっても面白いよ?」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、僕は君の事が知りたいんだってば!」
「ええ〜?」
なのだがマリオは気付けばいつも自分が主体になって会話をしてしまっていた。ルイージが思った以上に聞き上手で、ついつい。冷や汗を拭うマリオにルイージは困ったように頬をかく。
「と言ってもなぁ、僕にはそんな面白い話なんて無いよ」
「そんな事言わずに。僕は君の生まれさえ知らないんだぞ?」
「生まれ?生まれかぁ…………でも僕何も覚えてないんだよ。何かすごく強い光があったって事しか覚えて無くて、気付いたらエルと一緒に路地裏にいた」
「すごく強い光?」
「そう。視界が真っ白になるくらいすっごく強い光。多分エルも同じ事を言うと思う。その後は路地裏で生活してたけど、割とすぐ孤児院の人に発見されたし、そこからはとにかく勉強と修行の日々だし…………」
「……………………」
すごく強い光。これがとっかかりになるかどうかわからないが、一応は覚えておこうと思う。
「…………とにかく勉強と修行の日々を送ったってのに、君には信仰心があまり芽生えなかったんだね」
「うん」
マリオの言葉にルイージはあっさりと頷いた。
「信じてはいるんだよ。一応。神様は存在して僕らを見守ってくれているとは思ってるんだ。あんまり信頼してないってだけで」
「信じてはいるけど信頼してないってのはまた面白い考えだよね」
「そう?」
「信仰心が無いと扱えない法術を、君は自身の力のみで扱えちゃう特別な体質だから、あんまり信仰心が芽生えなかったのかもね」
「そうだね。言われてみればそういう感じかも」
「それ、周りにやいやい言われなかったのかい?」
「もう大騒ぎだったよ。やれ神の子だーいやいや魔王の子だーって、偉い人達がまだ幼かった僕を囲って正反対の事を口々に言うもんだから怖くって。しかもそのせいでエルは神様を全く信じなくなっちゃってさ。銃を触り始めたのもその頃からだよ」
「なるほど。君を守る為にって事か」
「そう言われるとなんか恥ずかしいなぁ」
えへへ、と頭をかくルイージ。
「昔からエルは非力な僕をずっと守ってくれたし、それは今も続いてる。彼は僕にとって唯一の弟以上の存在だよ」
「……………………」
その言葉が何故か、気に触る。
「…………ふぅん」
マリオはそう一言だけ返した。
「唯一の兄以上の存在、か」
ドクターはエルの発言に相槌を打つ。
「面白い」
「そうかよ」
顎に手を当てて頷くドクターにエルは顰めっ面だった。
魔物討伐任務を終えての帰路の車内で、エルは当たり前のように隣に座っているドクターを睨み付ける。
「悪魔が堂々と教会本部へ乗り込んできた挙げ句無傷で帰っていくなんて、悪夢も悪夢だ」
「今のボクは『人間』だよ?」
「周りの人間に呪いをかけて身バレしないようにした奴が言う台詞かよ。教会の奴らは呪いをかけられた事すら全く気付かねぇし、ホントこれだからカミサマってもんは無能なんだよ」
ブツブツと文句を垂れながらエルは窓の景色を眺めている。ドクターの正体を唯一知っているエルがここでドクターを撃ち殺したとして、ドクターを『ただの人間として認識している周囲の人間』からすれば罪を咎めるはエルの方。手も足も出せず悪魔の良いようにされている状況に、エルは神に対して心底呆れていた。
「ちょっと特異体質なだけのルイージの事を神童神童ともてはやすだけはあるわ」
「そういう君も随分と特異体質だぞ?」
「っあ?」
「おや?君の愛銃は勿論だが、向こうで調達した一般の武器をも限度無く『浄化』し『祝福』を与え『聖物』に変化させておいて無自覚だったのかい?」
「…………ぁ?」
「…………時に修道士、魔物が『ただの鉛の玉粒』で討ち取れると思っていたのか?」
「え?殺れねぇの?」
「…………どうやら君は本当に勉強をしてこなかったようだね…………」
きょとんとしている修道士に悪魔は大きな溜息を付いた。
「討ち取れる訳がないだろうが。魔物とはその名の通り『魔法を操る生物』。それが目に見える形かそうでないかは個体差だが、一貫して不死身に近しい生命力を携えている。そんな生き物にそこらの武器屋で叩き売りしている銃や剣を持って挑んだところで、掠り傷一つも付けられずに殺されるだけだ。だから人間達は魔物を恐れ、魔物に対抗でき討ち取れる力を武器に与えてくれる聖職者を敬う。己を律し、しっかりと鍛錬を積んだ、強く清い信仰心を持つ者しか出来ない事だから」
ドクターの目がエルを捉える。
「出来ない筈、なのにだ。君はそれを『たった一人』で『長ったらしい祝詞を唱える事も、仰々しい道具や魔法陣を使う事』も無く『武器に触れるだけ』で『信仰心など欠片もない』のにこなしてしまっているんだよ。『ダメ押しかのように無自覚で』、だ。…………ボクの言っている事が理解出来ているかね?」
「………………………………」
押し黙り続けるエルにドクターは再度溜息を吐いた。
「ボクとしては神父より君の方が不思議でならないよ。何故神を無能呼ばわりしている者にそんな『神業』がこなせるのか…………その理由、今ここで話してくれたまえよ」
「…………とまあ、彼を問い詰めた所、『わからねぇ』の一言だけ返されたよ。ここまで予想通りの返答もなかなか無いな」
帰宅後、ドクターはマリオに日課の状況報告。スマートな仕事運びに情報交換は必須である。
「ボクが思うに、彼らは人間ではない。人間の形と皮を被った『何か』だ」
「…………それは僕も思ってたよ」
「だからボクが代弁して言ったんだ」
夕暮れの部屋の中、椅子に座るマリオは俯いている。その視線の先にはテーブルがあって、その上に置かれた一枚の紙をぼうっと見つめていた。
「でなければこんな、まさしく『神をも恐れぬ所業』を行っておいて法力を保てている訳がない」
マリオの心を奪う紙を持ってきたドクターはマリオの様子など気にする事なく淡々と告げる。
「ボクはコレについてもう少し探る。勝手な真似はするなよ」
「……………………………」
ドクターの忠告など、今のマリオに届く筈もなく。
その夜、マリオは礼拝堂へ訪れた。この時間はルイージが一人で静かに祈りを捧げている事を知っていたからだ。
「信頼していない神にどうしてそうも熱心に祈りを捧げられる?」
「長年の習慣でね」
「つまり怠惰か」
「まあ、そうだねぇ」
ルイージは立ち上がり、くすくすと笑う。
「そう言われるとそうだねぇ」
「なるほど。だから…………」
マリオは手に持っていた紙を前方へ投げ捨てる。ちょうど二人の間合いの中心に落ちたそれは、一枚の写真だった。
「だから修道士と平気でこんな事が出来ると」
その写真に写っていたのは神父と修道士が淫らに口付けし合っている瞬間で。
「……………………」
「何か弁解したい事があるなら言ってごらんよ」
「……………………ぁあ」
床に落ちた写真をじっと見ていたルイージは、マリオの冷たい声に反応するように頭を上げた時、少し馬鹿にしたように笑っていた。
「ここ最近何となく感じてた気配はやっぱり君達の使い魔だったんだね。正々堂々が聞いて呆れちゃうな」
「っ!!」
マリオの瞳孔が縦に伸びる。礼拝堂に常時発動させているルイージによる力の抑制法術など諸共せず、黒い羽根やら尻尾やらを出現させてながらマリオはルイージにずんずんと近付き、その胸倉を鷲掴んで床に押し倒した。痛みに唸る神父などに構わず、悪魔は上に乗り上げる。
「抑制法術のレベルを上げ直してないなんて少し僕らを舐め過ぎじゃないか?」
「…………っレベル上げるの面倒くさいんだよ…………一から術式を書き直さなきゃならないから…………」
「ふぅん」
マリオはルイージの服に両手をかけ、そのまま左右へ一気に引き裂いた。ビリビリビリとまさしく絹を裂く音が響き、ルイージの秘められた素肌が顕になる。
「君はその事をこれから一生後悔する事になるだろうね」
青空は血に染まり、ぎらつく光を宿してルイージに降り注ぐ。爪の伸びた手の平で滑らかな素肌を撫で回す。生き残った下着類も全て引き裂けば、ルイージは完全に無防備となった。なのにこれから自分がどんな目に合うのか分からない程子供でも無いくせに、ルイージは至って冷静で、悲鳴も上げる事も無く、法術を唱えて対抗してくる事もなく、ただマリオを見上げるだけで全くの無抵抗だった。マリオにはそれが謎で不思議で疑問で仕方がない。
「…………君は一体何を信じているの?」
「僕は」
そっと、頬に触れた。その手に手の平を重ねてきたルイージは云う。
「僕は『人』を信じてる。神様をろくに信じてない僕を信じて己を律し正しい道を歩もうとする人達を僕は信じてるから僕は神父をやって皆の心の支えになってる。僕を守るが為に己を鍛えて銃の腕を磨いてどんどん強くなっていくエルを、僕は信じてる」
すりり、と撫でてきた手の平に総毛立った。
「勿論、君の事も」
「…………僕は悪魔だぞ…………」
「いいや、今の君は『人』だよ」
慈愛の微笑みがマリオには恐ろしかった。
「僕に惚れ込んで、エルに嫉妬して、僕を無理矢理にでも自分のモノにしようとするなんて、まさしく『人間』の所業じゃ」
マリオの堪忍袋の緒が切れる。
それから神父は主の前で悪魔に犯された。ナカに潜り込んだ時の流血で神父が処女だった事に悪魔は気付き、笑みを溢して歓喜し、自身の形をナカが覚えるまで犯し満たし続けた。