小さくも、愛は。 夕闇に染まりゆく黄昏時のとある日。小高い丘の上で菜の花畑を見つめる審神者の姿があった。時折吹くやわらかな夏の風が花弁をさらうと夕焼け空の向こうへ飛ばしていく。その様を審神者は、夕焼けの光に目を細めながら眺めていた。
「主」
「あら、こんばんは、清麿」
審神者の背に呼び掛けたのは、江戸三作が一振、源清麿だった。審神者の霊力に似た淡い藤色のかの刀は、審神者に近づくと「こんばんは、結構探したんだよ?」と微笑んだ。
「あらあら、ごめんなさい。何時もは書き置きするのだけど忘れていたわ」
「ふふっ、折角の休暇だからね。浮き足立つのもしょうがないよ」
とある本丸に影響を受けてかこの本丸も数日間の夏休みという休暇を設けていた。都サーバに繰り出して買い物を楽しむものもいれば、趣味に没頭するものや修行に励むものもいて個々に休暇を楽しんでいるようだった。
普段は執務や錬金術の研究のためにアトリエに籠っている審神者も近侍であり不動のエースである薬研藤四郎に引っ張り出されたが最後、本丸の男士達の催しに参加したりと忙しなく動き回っていた。
「いつ見てもこの花畑は壮観だね。薬研藤四郎と二人で作ったんだっけ?」
「えぇ、この本丸に来て最初の頃にね。初めは殺風景な草原だったわねぇ」
「ふぅん・・・ちょっとだけ悔しいかな」
「あら、どうして?」
少しだけ拗ねた様に悔しいと声に出した清麿に審神者が首をかしげる。
「話を聞いて想像はできる。でも、どうやっても貴女が審神者になったばかりの時間を知ることは僕には出来ない。・・・ただの自分勝手な嫉妬だよ」
がっかりした?と、眉を下げながら笑う清麿に審神者は微笑みながら首を横にふる。
「いいえ、それに私も同じ気持ちよ」
「主も?」
「えぇ、だって時の政府に居た頃の時間の清麿を私だって知ることは出来ないわ。水心子には悪いけれど、ちょこっとだけ彼に嫉妬してるわよ」
顔が少しだけ熱い。手で顔を扇ぎながら審神者は、清麿の方へ体を向けると両手で清麿の左手を優しく包む。
「貴方は私の刀。私だけの源清麿。私が愛する刀剣男士。ずっと側に居てくれますか?」
するりと解けた審神者の指先が清麿の左薬指に触れる。金色に輝く菜の花の指輪が夕焼けに染まる。
審神者の白く細い指先を離すまいと、指を絡ませながら清麿が審神者に一歩近づくと、残された右腕で審神者の体を抱き締めた。とくり、とくり。と、体越しに聴こえてくる審神者の心音に清麿は静かに耳を澄ます。
「鶴丸国永ではないけれど、主には驚いてばかりだよ。うん、僕は貴女の刀で主だけの源清麿で僕が愛するたった一人の女性だよ。ずっと側に居させてほしい」
こつん。と、審神者と清麿の額がくっつく。
「えぇ、この戦いが終わるまで。・・・この戦いがいつか終わろうとも」
ゆっくりと重なる二つの影を隠すかのように無数の菜の花の花弁が吹き荒れ空に消えていった。