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    うたかた君(泡沫星夜)

    @5ugcjgvhhcu

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    番外編①②です。話の重さ的にガトーを最初に掲載しております。出した順番でいったらヨウジ→ガトーの順なんですけどね…ヨウジさんの過去が重すぎて…ヨウジさんの過去読んだ後にガトーさん出すと感情の整理が追いつかなくなっちゃって…
    (※暴力表現注意)

    #電波人間の擬人化

    #電波人間
    radioPerson
    #擬人化
    Humanization
    #電波人間のRPG
    radioFrequencyManRpg

    ガトーの過去&ヨウジの過去 同時掲載私の名は、ガトー・レフェーブル、12歳。ごく普通の家庭に生まれ、親からの愛情を一身に受けて育った。出身はフランス。父親はパティシエで、母親も同業である。幼い頃から父の菓子を作る姿を見てきたため、将来の夢はいつだって揺るぐことなくパティシエだった。父のように人々が喜ぶ菓子を作りたい。母の次に、父のことを応援していると自負している。だから、父の店が外国へ進出すると聞いたときは、母と手を取り合って喜んだ。それがおよそ一年前のこと。そして、とうとう明日にはこの慣れ親しんだ大好きな故郷を離れ、日本、という島国へと向かう。

    自分の部屋で荷物をまとめていると、コンコンと控えめに戸がノックされた。母さんだ。何ですか?と声をかけると、戸が開き、笑顔の母さんが入ってきた。
    「ガトー、準備はできた?」
    「ええ、できていますよ!日本へ行くの、楽しみです!」
    「そうね!母さんもとっても楽しみよ。マイコさんやサムライを見てみたいわね!」
    「ははは。2人とも楽しそうだな」
    ドアを方から、低い声が聞こえた。そちらを向くと、父さんが困ったように笑っていた。
    「父さん!」
    「2人は…不安はないか?もしも、日本での営業がうまくいかなかったら、どうしようか…とか…」
    「あるわけがないじゃないの、あなた。あなたのお菓子は世界で一番なのよ?」
    「そうですよ、父さん!私、父さん以上のパティシエはこの世にいないと思います!」
    明日は、父さんのお菓子屋さんが日本へと進出する、輝かしき日。新たな門出に胸を高鳴らせていた。私は、父親の杞憂など露知らず、ただただ楽しみにしていた。
    「そうか…そうだな。父さんはこのフランスだけでなく、日本の人々だって喜ばせてみせるぞ!ガトー、ショコラ、ありがとうな」
    ショコラとは、母の名である。因みに父の名はココア。ここまでお菓子に関連する名前が揃うと、我が一家は菓子職人になるために生まれてきた一家なのではないかと思う。
    「いいのよ、あなた。さぁ、もうそろそろ寝ましょう?明日、元気にこの家から出られるようにね」
    そう言って、母はふんわりと笑った。父も笑って、
    「そうだな。おやすみ、ガトー」
    と私の頭を撫でてくれた。2人は、自分の部屋へと戻っていった。
    私は結局、その日の夜は殆ど眠れなかった。








    「うぁ、疲れた…」
    「やっぱり、ずっと座っているのも疲れるわよね…」
    「そうだな…」
    ときは流れて、私たちは日本に到着した。ずっと座りっぱなしだったので腰が痛い。だが、そんな疲労は次の瞬間に消え去ることとなる。
    「わぁ…」
    空港の窓から見える、美しい海。祖国で見たのとは少し違う美しさに、私の心は大はしゃぎした。
    「父さん、母さん!見て、海が見える!」
    「あら、ほんと!綺麗ねぇ…」
    「綺麗だな…なんだか心が安らぐよ」
    その後も、初めて見るものがたくさんあり、私はすっかりこの国が好きになった。和食、といっただろうか。あれは美味しかった。その後に、父が和菓子という日本の菓子を食べさせてくれたのだが、あれも美味しかった。だが、父の作るお菓子の方が美味しいと感じた。



    あれから2週間、私たちは日本の暮らしに少しずつ慣れてきた。お店は明日からオープンするとのこと。どうやら父の名は日本にも知れ渡っていたようで、みんながこの店のオープンを心待ちにしているということだった。そして、店の開店に合わせて、私は日本の学校に通うことになった。私はこの1年間、日本語の練習を死ぬ気で頑張った。学校から帰ってきたら勉強。起きたら勉強。登校する前に勉強。休み時間も勉強。日本語の小説を読み漁り、アニメや漫画も、訳がない、日本語のものを見ていた。そんな調子で、とにかく勉強に勉強を重ねたので、日本語は大分話せるようになった。ただ、実際に誰かと日本語で対話したことは殆ど無く、私は少し緊張していた。
    「ガトー、大丈夫。あなたは私たちよりもずうっと日本語が上手だわ。勉強熱心で好奇心旺盛なあなただもの、日本にもすぐに馴染めるわよ」
    「そ、そうだといいんですけど…」
    期待半分、緊張半分。その日はドキドキしながら、布団に潜り、いつのまにか寝ていた。




    結果的に、私は日本の学校にすんなり馴染めた。友達もたくさんできたし、勉強だって、テストはいつも100点だった。それどころが(言っちゃ悪いが)私よりも日本語が拙い日本人はたくさんいた。なんだ、意外とそんなもんか。ちょっとした優越感と安堵を覚えながらも、学校生活を楽しんだ。ただ、小学校で唯一の心残りだったのは、クラスでただ1人、話せなかった子がいたことだった。その子の名前は、守屋警夛と言った。話しかけても、反応はおろか私に気がついていないようにも見えた。いつだって友達に囲まれて過ごしていた私は、その子が自身に反応を示してくれないことに、酷く驚いた。いつしか、卒業するまでに絶対彼と話をしてやる!とムキになり、毎日根気強く話しかけたが終ぞそれが叶うことは無かった。




    私が中学校へ入学する頃には、父の店は、連日のお客が絶えない大人気店になっていた。
    「いつも美味しいお菓子をありがとうございます。おかげで娘も喜んでくれて…」
    「ここのお菓子が美味しくって、通りかかるとついつい買ってしまうんですよ」
    そんな声を多々聞くようになっていた。その度に父は顔を綻ばせていたし、母も心底嬉しそうにしていた。かく言う私も、父のお菓子はやはり美味しいのだ、さすが父さん、と父の成功を心から祝福した。そんな調子で、家の方は十分すぎるくらいに幸せだったのだが、学校生活はそうもいかなかった。




    私は小学校近くにある公立の中学校へと入学した。そこは、私が通っていた小学校と、他3つの小学校を卒業した児童が入学してくる、大きな中学校だった。生徒総数は約1000人。一学年に200人以上が集う計算である。私の通っていた小学校は児童数が全学年合わせても300人程度だったので、この人数には圧巻された。クラス名簿には、見知った名前がちらほらと、知らない名前が大勢あった。名簿の中にはあの物静かな男の子の名もあった。

    学校生活は楽しいものになるはずだった。最初の1、2ヶ月の内は順調に友達を作り、上手くクラスの人たちとやっていけていた。だが、5月も終わりに差し掛かった頃、私はこの友だと思っていた人々の陰湿な部分を見ることとなった。

    「な、にやって…」
    5月の下旬、私はいつも通り制服を着てルンルンと登校をしていた。教室の戸を開け、おはようございます、と挨拶をかわそうとした瞬間、信じられない光景が目に飛び込んできた。
    「あ、ガトーおはよ」
    「ガトーじゃん!はよ〜」
    そう言った友は、1人の生徒を四つん這いにさせ、その上に足を組んで座っていた。四つん這いにさせられているのは…無口で寡黙な彼、守屋警夛だった。彼の顔から表情は読み取れない。ただいつものように光の無い目をして、黙っていた。
    「あなた達、何をしているのですか!?」
    この行為は人として到底許されることでは無い。少なくとも、私の故郷ではこんなことを平気でするような人は居なかった。友がもし、間違った道を進もうとしているのであれば、引き止めなければ。そう思い、私は声を荒げた。すると、友から返ってきたのは、およそ人間とは思えない…悪魔のような返答だった。
    「何って…だってこいつムカつくじゃん。俺らが何言っても反応ねーし」
    「なっ…!」
    「そーそー。大体生意気なんだよね。勉強も運動もできるからって1人澄ましててさ。何?うちらのこと見下してんの?」
    「まじそれな。意味わかんねーし、キモい」
    そう言って、友…だったはずの彼らはぎゃははははははは、と下品な笑い声を上げた。とりあえず、この行為を止めさせなければ…!そう思い
    「とりあえず、彼の上に座るのはよしませんか…?もしやめないのであれば教師の方を呼びます」
    と警告した。すると、彼らはたちまち不機嫌そうな顔になって、
    「はぁ?何?いい子ぶってんの?」
    「お前さぁぁ、空気読めよ!?今そういう雰囲気じゃないじゃん?あ、わかんないかぁ、外国人だし」
    「!!…貴様…!」
    何なのだこの無礼な奴らは。やってられない。そう思い先生を呼びに行こうとした瞬間、頭になにかを投げつけられた。がん、という鈍い衝撃の後に、びしゃびしゃと何かが私の体を濡らす。カランカラン、と鉄が転がる音に、ようやく水筒を投げつけられたのだと気がついた。当たりどころが悪かったようだ…視界が歪む。朦朧とする意識の中、「お前、今日から下僕な」気持ちの悪い張り付くような声だけが、耳元で聞こえた。




    放課後の教室。今日は散々だったと思いながら帰り支度をしていると、唐突に声をかけられた。
    「おいガトー、今日のトイレ掃除お前がやっとけよ」
    「はぁ?自分でやりなさいよ!」
    朝、水筒を投げつけてきた奴が私に言う。頭にきたので負けじと言い返す。すると彼らはゲラゲラと笑って、安心しろよ、ケイタも一緒だから!と付け加える。ケイタさんの席を見ると、彼は相変わらずそこにぼんやりと座っていた。
    「じゃ、そう言うことだから〜、バイバーイ」
    「あ、ちょっと!!」
    呼び止める声も虚しく、彼らは帰ってしまった。教室には彼と私の2人だけとなる。とりあえず彼に話しかけてみよう。そう思い後ろを振り返ると、彼はどこからか、そもそもいつ取り出したのか、スマートフォンをこちらに向けて、笑っていた。
    「愉快ですね。こうやって証拠を集められていることにも気付かず自白をしている馬鹿を見るのは」
    「え、喋った…!?」
    今までに、一度も喋っているところを見たことが無かった故に、仰天してしまった。
    「あぁ…初めまして、になるのかな。初めまして、ガトー・レフェーブルさん。私は守屋警夛と申します。今まで話しかけてくれていたのに、一度も反応せず、すみませんでした」
    「あ、初めまして…?あの…どうして反応してくれなかったんですか…?」
    突然言葉を発するようになった(?)彼に問う。するとあっさりと返事が返ってきた。
    「えっと…簡単に言いますと、ちょっといろいろあって、人と話したり反応したりが酷く億劫になっちゃって…話す必要が出てくるまでは話さなくていいかな〜って」
    「そ、そんなバカな…」
    「あはは、ごめんなさい。でもほんとです。あと…ごめんなさい。私のせいで、あなたまでいじめられてしまいましたね」
    「いえ…それは、怒って無いです…あ!反応してくれなかったのも怒って無いです!」
    「んふふ、優しいなぁ」
    何故だろう、いつもだったら何で反応してくれなかったの、とか、何で黙っていたの、とか…いろいろ聞きたくなってしまうのに、今は、質問する気がすっかり失せてしまい、代わりにもっと彼とお話をしたい、と思ってしまった。
    「あ、先程証拠集めのためにあなたの動画を撮ってしまったのですけれども…大丈夫でしたか?」
    「はい!むしろどんどん集めて摘発してやりましょう!」
    「あら前向きな人。でも助かりますよ。私1人だと集められる証拠に限界がありますし、私がいじめられている間はこうして動画は撮れませんしね」
    彼は案外気さくな人のようだ。そう思うと同時に、ふと疑問を抱いてしまった。
    「ケイタさんはどうして虐められているのですか?なんだかわからないなぁって…」
    「あぁ…ちょっとした仕返しのつもりですよ。私の友達が5年生の時に彼らに虐められて不登校になってしまいましてね。その子は結局泣き寝入りして…転校してしまいまして。ランジュという名の女の子でした。ランジュはとてもいい子でして、私の自慢の友でした…彼女が転校してからはとうとう人と話すのも億劫になってしまって。いつのまにか私が虐めの標的になっていたので、絶好のチャンスだと。これを利用して、証拠を集めて、大々的に摘発して、彼らを社会的に殺してやろうと思いまして…結果的にあなたを巻き込んでしまったことは、申し訳なく思います。ですが、私はやめませんからね。もし、いじめられたくないと思うのであれば、どうぞ、彼らに混ざって私を虐めてくださっても構いません。これに関しては私の落ち度ですし、あなたを摘発する気はありませんから」
    ケイタさんは、飄々として語る。だが、彼らに混ざってケイタさんを虐めるなんて、まっぴらごめんだった。私は、人間としての尊厳を捨てる気は無い。
    「いえ、私もご協力致しますよ。2人だったらそれだけ証拠も集まりますし。ね?」
    そう微笑むと、ケイタさんはハッとしたような表情をして、少し寂しそうに笑った。
    「無理はしないでくださいね。お互い、もし駄目そうだったら直ぐに言いましょう。そのときは作戦を中断し、その時点で集まっている証拠を持ち寄って、弁護士の方へ掛け合います」
    「はい!」
    結局その日はトイレ掃除はやらずに、ケイタさんと一緒に帰った。家の方向は反対だったが、ケイタさんが私の家まで送り届けてくれた。私の家がお菓子屋さんだと知ると、少し目を輝かせて
    「次の休み、絶対来ますから」
    と笑った。その笑った顔は、今までの大人びた笑いではなく、年相応、12歳の笑いに見えた。自分より身長が低いことも相まって、笑った顔が非常に可愛らしく見えた。

    余談だが、彼は本来、やんちゃで無鉄砲、子どもという言葉が似合う人だったらしい。過去の彼を知る人なら、彼の大人びた笑いに気味の悪さを感じる、とも。どうやら、大人のフリ、をしているらしい。どうしてそんなことをするのか、何故彼は変わってしまったのか。私には、知る由もなかった。





    次の日も、次の日も、私達は証拠集めに勤しんだ。証拠を集める過程で、私はまたもや驚くべきことに気がついた。先生が何もしてくれないのだ。先生は、どう考えても私達が虐められていることに気がついている。それなのに、何もしてくれないのだ。気づかないふりをしている。何故ケイタさんが証拠を集めたら弁護士に掛け合う、と言っていたのかが分かった。それとは別に、私には悩みができた。まるで家族のように、兄弟のように可愛いケイタさんが虐められているのを見るのが辛い。この前は、牛乳を頭からかけられていた。一昨日は虫を下駄箱いっぱいに詰められていた。昨日は体操着をハサミか何かで切り刻まれて、制服で体育をしていた。今日は…どうなるんだろう?いつも、私の前でだけ笑うケイタさん。親が居ないケイタさん。この間、話してくれた。私の家には誰も居ないんだ、と。私を守ってくれる大人はもう居ない、と。そう話す顔がなんと切なそうだったことか。その顔の寂しそうたるや。守りたい、私が彼を守りたい。異常とも言えるほどの庇護欲が内から湧き上がってくるのを感じる。あぁ、どうして彼が虐められなければならないのか。私だけで十分だ。私だけでいい。彼にだったら、虐められても構わない。だが、きっと彼はそれを良しとはしないだろう。かつての私のように、私が「彼らの仲間になれば、貴方様は虐められないのです」と伝えても、彼はそれを拒むに違いない。ケイタさんは優しいからだ。それも、この6ヶ月で十分に学んだ。
    「はぁ…」
    思わず、溜息を漏らす。その様子を見ていた母が、私を心配してくれた。
    「ガトー、大丈夫?最近、だいぶ疲れているように感じるのだけれど…」
    「あぁ、平気ですよ!ご心配ありがとうございます」
    「そう…でも、何かあったらいつでも言ってね?お母さんはいつでもあなたの味方よ」
    「ありがとう…母さん、大好きですよ」
    「ええ、私もよ!」
    行ってきます、と言って外に出る。店は益々繁盛して、世界に名を馳せる大人気店になっていた。嬉しい限りである。だから…そんな幸せに、水をさしたくなかった。私は誰にも相談をせず、ただ、証拠集めに勤しんだ。




    登校すると、やはりケイタさんが虐められていた。今日は机に落書きと、花瓶。カラフルな暴言で彩られた机と椅子に座って、花瓶に生けられた花をじっと見つめていた。
    「あ、間抜けのガトーじゃん、おはよ〜」
    「今日も学校来たんだ。いい加減死ねば?」
    あ〜はいはい。死にませんから。心の中で文句を言いながらケイタさんの机に向かう。
    「ケイタさん、おはようございます」
    「………」
    教室の中で、ケイタさんは喋らない、でも、私だけは知っている。よく見ると、彼は口パクで挨拶を返してくれる。コイツらの中の誰一人として知れない、ケイタさんの可愛いところ。こんなに可愛いケイタさんの可愛さを理解できないなんて可哀想な奴らだな、と軽蔑をして、自分の席へ向かう。ケイタさんは物的証拠が残る虐め、私は陰口やLI○Eを通してなどの、証拠が残しづらい虐めに遭っていた。その為、ケイタさんが録音や録画などして証拠を集めてくれている。証拠集めは順調に進み、そろそろ摘発しよう、と2人で話して居た頃だった。




    12月。草木も凍る寒さである。その日の放課後に事件は起きた。
    私は、彼らに命じられた雑巾のすすぎ水を捨てるための、トイレ横にあるシンクの掃除を終わらせ、教室に戻った。
    「終わりまし…!?」
    そこには、上半身の服を剥ぎ取られ、包丁を向けられたケイタさんがいた。
    「あ、ガトーお帰り〜」
    「なっ…何やって…!?」
    「何って、女子より肌白いのマジむかついたからぁ〜傷あとつけて汚くしちゃおーと思って?」
    「は…」
    「あ、なんならガトーにやらせれば?ガトー、コイツのこと切ったら俺らの仲間に入れてあげるよ。もう虐めないし、今までのこと全部許してあげるからさ、ほら、切れよ」
    そう言った彼は、私に包丁を差し出す。私が?ケイタさんを?切る?
    「ははは…あはははははははは!!」
    あまりの滑稽さに笑ってしまう。コイツらは馬鹿なのか?
    「あんたら、何言ってるんですか…私が、命より大事なケイタさんを切る?」
    怯んでいるように後退りする彼から刃物を引ったくる。刃物を逆手に持ち変えて、其奴の背中に突き付けてやった。
    「馬鹿言え、二度とその汚い面を見せるなよ」
    辺りが静まりかえる。その中で、うふふ、と可愛らしい笑い声が突如響いた。
    「もう、ガトーさんったら。その傷…うっかり殺しちゃったら私たちが悪者じゃないですか。ま、いいですけど。でも嬉しかったですよ。『命よりも大事』なんて言ってもらっちゃって。う〜ん…ちょっとまってて下さいね。取り敢えず処理班の方を呼びます」
    そう言うとケイタさんはポケットからスマホを取り出し、誰かに電話をかけ始めた。
    「あ、もしもし?私です。うっかりガトーさん…友達が人を刺しちゃったので処理してもらっても?…あぁ、息はあるみたいなので、カグラさんも。はい…はい…はい、よろしくお願いします。では、失礼いたします」
    未だに、実感が湧かない。私は人を刺したのか。でも…しょうがないですよね。

    ___だって、ケイタさんを傷つけようとしたんだもの。

    いい仕事をしました!そう思ったのでほんのり感じた罪悪感は心の奥底にしまう事にする。
    「皆さん、帰らないでくださいね。外に漏らされるといろいろ厄介なので」
    ケイタさんが悍しいほどに美しく微笑んだ。それに肝を抜かれたのか、皆、へたりと床に座りこむ。
    「ケイタさん、上着…」
    ケイタさんにワイシャツを手渡すと、これまた美しく、ありがとうございます、と微笑んだ。
    少しすると、窓から2人、スーツを着た男と、そのうちの1人に抱っこされた女児が入ってきた。
    「けいたさんこんにちは!」
    「こんにちは。カグラさんはちゃんと挨拶できて偉いですねぇ」
    「あたりまえです!わたし、りっぱなおいしゃさんですから!」
    「んふふ、じゃあ、診察、してくれますか?」
    「はい!あのひとですか?」
    「はい。背中に包丁が刺さっている人です」
    「わかりました!んしょ、っと」
    そう言うとカグラ、と呼ばれた女の子は診察を始める。テキパキと麻酔を打ったり皮膚を縫ったりしているところを見ると、どうやら本当にお医者さんであるらしい。
    「できました!けいたさん、わたしがんばりましたよ!」
    「えらいですね!帰りにあんまん買ってあげますからね!」
    「わーい!けいたさんだいすき!」
    「私も好きですよ!」
    キャッキャと2人がはしゃいでいる。なんなんだこの人達は。天使か?まるで神の親子のようにそこの空間だけ神々しく輝いているように思えた。
    そ、そういえばあのスーツの人たちは…?ハッとして周りを見渡すと、スーツの男がいじめっ子達に何か注射をしていた。
    「な、何をしているのですか…?」
    「あぁ…睡眠薬を打っております。この睡眠薬は神楽様がご考案した睡眠薬でして、睡眠薬を打った前後30分から1時間の記憶を消せるのですよ」
    「そう、なんですね…」
    「ええ。効果は十分程と非常に短く、今のような場面に最適なのです」
    そんなすごい薬があるのか…謎の感心をしていると、ケイタさんが声をかけてきた。
    「ガトーさん。今日のこと、内緒ですよ…と言いたいところなのですが、あなた多分育てれば光るんですよね…どうです?マフィア、やってみません?」
    「は?」
    満面の笑みでケイタさんが唐突に頓珍漢な提案をしてきた。ま、マフィアって…
    「突然ごめんなさいね。実は私マフィアのボスやっていて…今人手不足なんですよね…なので躊躇なく人を刺せるようなサイコパス味がありドSっ気もあるガトーさんに是非!ウチに来て欲しいなぁ〜…と思いまして」
    「ギャグ漫画みたいな展開ですね…」
    「あはは…この状況をギャグと形容できるのは世界であなたくらいだと思いますよ…あ、もちろん入ってくださると言うのであれば待遇はとても良くします。働き次第ではお給料も沢山出しますし、場合によっては私の右腕として働いてもらおうかなぁ〜…なーんて」
    「ケイタさんの右腕ですか!?やります!!頑張りますッ!!」
    「え、あぁ…そうですか…ありがとうございます…」
    この時若干ケイタさんが引いていたことを、私は一切知らなかった。




    その後は、ひたすらに頑張った。元々、あまり運動が得意ではなかったので、体力作りを主に、銃器の扱いや、火薬の扱いなど、様々なことを学んだ。2年生の夏頃にはヨウジさん、という優しいお兄さん(同い年)も組に入ってきて、楽しい日々が続いた。




    時は流れ、高校生の夏休み。高校生になってから、ケイタさんに新しい友達ができた。名前はソラ。彼は、ケイタさんに新しい変化をもたらしている、不思議な人物だ。彼の話をするケイタさんはまるで恋する乙女のよう。なんだか切ない気持ちになるが、きっと、大人の皮を被って背伸びをしているケイタさんを救えるのは、私でも、ヨウジさんでもなく、きっと、ソラさんなんだろう。そのことに少しばかりの嫉妬を覚える。
    「ケイタさんのこと傷付けたら、承知しませんから。…それまでは、身を引いてやりますか」
    あぁ、いい夜だなぁ。星が空いっぱいに浮かんでいる。さぁ、今日もお仕事頑張りましょうかね。

    今日も私は引き金を引く。愛する彼を護るために。











    俺は梶 耀司。8歳。5つ下の弟がいる。名前はいくまさ。母さんは優しいが、父さんはあんまり好きじゃない。俺の役目は、いくまさのお世話。母さんはお仕事が忙しいから、しょうがない。今日は日曜日。お休みの日は、一日中いくまさのお世話をする。
    「いくまさ、ご飯だぞ」
    「う〜!」
    まだ2歳の弟の面倒を見るのは、ちょっと大変。だけど、こんなにかわいい弟のお世話ができるなんて、俺は幸せなんだと思う。
    「ん。今日もご飯食べれてえらいなぁ」
    「んー!」
    小さな部屋、古いテーブル、ぼろぼろの畳。それでも、こうして家族と暮らせるというのは、幸せなことなんじゃないかな、と思う。1人微笑んでいると、廊下の方からどすどすと足音がしていることに気付いて、ハッとした。父さんだ。そう思った瞬間、居間にある大きな戸がガラガラッと大きな音を立てて開いた。
    「おいヨウジ、飯」
    「ご、ごめんなさい、まだできてな…」
    言い終わらない内に、体がひゅんと宙に浮かぶのを感じた。その後、ひび割れた壁にどしゃ、とぶつかってから、初めてお腹を蹴られたのだと気が付いた。
    「ごほ、げほっ、げほ…」
    「早くしろよ」
    「う゛、うん…」
    「返事」
    「ひゃ、はい!」
    お腹がずきずきと痛む。でも、ここでお腹を押さえようものなら、もっと蹴られる。そのことをこの7年間でしっかり学んだので、走ってキッチンへ向かう。ふと父さんの方に目をやると、いくまさのことはすっかり無視して、つまらなさそうにテレビを見ている。つまらないなら、お金の無駄だし見なけりゃ良いのに。そう思うが、口には決してしてはいけない。父さんに意見しちゃいけない。それが、この家のルールだった。
    「んしょ…っと」
    お箸と、カレーを乗せたお皿を父さんの分だけ机に並べる。俺は、食べない。なんでも、子供は体が小ちゃいから、ご飯は3日に一回で良いんだって。お水は、2日に一回。でも学校の給食は毎日出るから、不思議。でも俺は給食をあんまり食べられない。すぐにお腹いっぱいになっちゃうんだ。だから、ちょっともったいない。
    「と、父さん、ご飯…」
    「あ?後で食う。置いとけ」
    「はい…」
    今日は、殴られなかった。ラッキー、と思いながら、いくまさを抱いて二階に行く。
    「いくまさ〜」
    「きゃっきゃ!」
    「楽しいのかぁ、そっかそっか」
    「う〜!」
    「あ、い、いくまさ、しーっ!」
    「う?」
    いくまさが、首をかしげる。いつもならかわいいなぁって思うけど、今はそれどころじゃ無かった。
    「オラいくまさうるせぇぞ!」
    やっぱり、来た。いくまさはまだ2歳なんだから、しょうがないのに。父さんだって、子供の頃はきっとこうだったのに。なんで、どうして。
    ハッといくまさの方を見ると、父さんがいくまさに向かって拳を振り上げてるのが分かった。
    「あ、」
    「チッ…五月蝿えんだよ餓鬼が!」
    「…‼︎」
    バッ、といくまさに覆い被さった。なんで、俺だって痛いのは嫌だし、俺が小ちゃいときは誰も庇ってくれなかった。そのせいで今も頭の横に傷痕が残ってる。なのに、なんで、庇っちゃったんだろう。
    ごぎ、と背中から音が鳴る。ああ、だからか。こんな強くぶたれたらいくまさは潰れちゃうもんな。おおよそ人体から鳴ってはいけないような音を聞きながら、考えた。
    「テメェ、今何したか分かってんのか?」
    父さんの方を見る。すると、顔が真っ赤になっていて、なんだか鬼みたいだった。
    「ご、ごめんなさい」
    「ヨウジ、俺は残念だ。お前が俺に逆らう悪りぃヤツに育っちまったなんてよ」
    「あ、えっと…」
    「ヨウジ、来い。二度と俺に逆らえなくしてやる」
    嫌だ、本能でそう感じたが、体は固まってしまった。そのまま父さんに腕を掴まれて、階段を引きずられながら降りた。
    「ヨウジ、お前を育ててんのは誰だ」
    「と、父さんです」
    「でもお前はそれを分かってない。なんでさっきいくまさを庇った?」
    「あ、あんなに強く叩かれたら、いくまさは潰れちゃうと思って」
    「それは俺が力加減もできねぇ馬鹿だって言いてぇのか?」
    「違…」
    「違わねぇ。言い訳する奴ァ嫌いなんだよ!」
    ぶんっ、と空気が鳴った。そのままぐん、とお腹に拳がめり込んだ。ばき、と何かが折れた音がする。ばし、ごき、ばき。いっぱい、いっぱい音が鳴って、うるさかった。体は、その間ちっとも動いてくれなかったから、ずっと寝っ転がって、父さんを下から眺めていた。
    その顔は、底知れない悪意が蠢いているようで、気持ち悪かった。



    「ただいま」
    俺は、その小さな声で、目が覚めた。母さんだ。お仕事から帰ってきたんだ。おかえり、遅くまでおつかれさま、そう声を出したつもりだったが、空気が喉から出ていくばかりで、音を発することはなかった。
    「耀司、ごめんね、母さんが不甲斐ないせいで、痛い思いしたね…」
    そういうと母さんは静かに泣いた。片方の手で顔を覆って、もう片方の手で、俺のお腹を撫でながら。俺は今、どんな状況なの?そう聞きたかったが、やはり声は出てくれなかった。
    「駄目ね、母さんは…あの人の言いなりで…耀司も育匡も悪くないのに…」
    「ん……」
    「よ、耀司、声を出さないほうがいいわ…喉が潰れてるみたいだから、もっと酷くなっちゃう」
    母さんを慰めようとしたが、声が出ない。声が出ないことがこんなに悔しいことだなんて、知らなかった。
    「耀司、ごめんね…病院にも連れてってやれなくて…」
    そう言うと、母さんは俺の体を起こして、湿布を貼って、包帯を巻いてくれた。安いものじゃないのに。なんだか申し訳なくなった。暗くてよく見えなかったが、俺のお腹はところどころ酷く紫色になっていて、一箇所だけ、酷く傷んだ。骨が、折れている。何となくそう思った。でも、痛くはない。なんでだろう、そう思ったが、気にしないことにした。腕は、左腕がありえない方向に曲がっていたが、こちらもまた痛くなかった。足は、大丈夫。痣とか、傷はいっぱいあるけど、折れてはない。
    「耀司、今日は母さんと一緒に寝ようか」
    そう言って、母さんはタオルで俺の顔を拭く。血のようなものがタオルにべったり付いていたから、多分鼻血を出したんだな、と気が付いた。母さんは俺を抱きかかえると、畳の上に寝かせて、タオルケットを掛けてくれた。母さんも、一緒にタオルケットにはいった。
    「おやすみ、耀司」
    おやすみ、と言いたがったが、やはり声が出ない。俺は悔しい気持ちで、眠りについた。



    「おはよぉ、母さん」
    「おはよう、耀司。声は平気?」
    「まだちょっと掠れてるけど、平気」
    「そう。ごめんなさいね、私のせいで…」
    「母さんのせいじゃない。殴るアイツが悪りぃんだ」
    「…ありがとう。耀司は優しい子ね」
    朝、まだ父さんといくまさはまだ起きていない。俺は、朝ごはんを作るために、母さんとおんなじ時間に起きる。今日も頑張ろう、そう思ってよし!と体に力を入れた途端、お腹が酷く傷んだ。
    「う゛、ぁ…⁉︎」
    「よ、耀司、大丈夫…⁉︎」
    「だい、じょうぶ…」
    昨日は何とも無かったのに。なんだかやな感じだ。
    「耀司、今日学校お休みする?」
    「し、しない…」
    父さん居るし。だったらまだ痛いのを我慢してでも学校に行った方がずーっとマシだ。
    「そう…無理はしないでね…?母さん、何かあったらすぐお迎えに行くから」
    「ありがとう、母さん…」
    それ以降は、母さんも俺も、一言も喋らなかった。ただ黙々と朝ごはんを作って、支度をして、家を出た。いくまさは保育園に行くために母さんと一緒に車に乗った。それが少し羨ましかったが、俺は兄ちゃんなので、我慢する。いってきます、そう言って、登校班の集合場所へ向かった。



    「おはよ〜」
    「おはよ…ってヨウジその傷どうしたの!?」
    集合場所に着くなり、れんげが叫んだ。すると、後から来たりゅうまも何々〜?とこっちに来た。
    「どうしたの…って、ヨウジくんだいじょーぶ!?すっごく痛そうだよ…?」
    「ん〜?大丈夫だぜ!これっくらいの傷、へっちゃらだ!」
    「ほ、ほんと?」
    れんげが不安そうに聞いてくる。こういうときは、大丈夫と言い張ることが大切だということも、この7年間でしっかり学んだ。
    「へーきだぜ!俺は強いからな!」
    「そっかぁ、でも、無理はしないでね!」
    「おう!」
    何とかこの場は乗りきれた。ふぅ、一安心。ほかの子に怪我した理由がバレると、母さんが大変になるらしい。だから、父さんにやられただなんて、絶対悟らせちゃいけないんだ。そう心に誓って、じゃあ行こうぜ!と学校へ向かって3人で歩き出した。




    教室に入るなり、みんなの視線がこっちに集まった。
    「お、おはよ」
    「ヨウジどうしたんだよ!?」
    「ヨウジくん大丈夫?」
    「骨折れたの!?」
    「誰にやられたんだよ!」
    みんな口々に質問してきて、少し焦ってしまった。
    「あ、えーっと、俺馬鹿だからさぁ、喧嘩しちまったんだよ、なんかでっけぇ大人のヤツと。なんかぶつかっちゃって、怒鳴られてムカついたから言い返したら喧嘩になっちまってよ〜…うっかりだぜ!」
    決まり文句で質問に返す。
    「なーんだ、いつもの喧嘩かぁ」
    「ヨウジくん喧嘩はほどほどにねぇ!」
    「何してんだよ〜!心配しちまったじゃねぇか!」
    「へへっ、ごめんごめん」
    良かった。いつも怪我をしたときは喧嘩した、って言ってるから、みんな信じてくれたみたいだ。
    その後は、先生に心配されたり、とにかく、すれ違った人ほぼ全員に心配された。俺の怪我そんなにひどいのかなぁ。いっつも骨折られてっからわかんないや。まぁ、この日は、乗り切れるような気がしていた。…5時間目の体育までは。


    5時間目は、サッカーの授業。俺は、今日の体育は休もうかな、と思っていたけれど、連絡帳に見学する、って母さんに書いてもらうのを忘れたせいで、結局体育に参加することになった。
    「ヨウジ大丈夫かよ。つーか先生もひどいよな、ヨウジ骨折してるのに病院行ってないからってサッカーやらせるなんてよ…!」
    「まー足は怪我してねーしな!」
    「いやいや、痣すごいけど…痣も怪我のうちだからね!?」
    「おーそうか!まぁ平気だろ!」
    「も〜ヨウジったら…」
    実を言えば、相当やばかった。骨折したところはズクズクと鈍く傷んでいたし、痣も踏み込みを入れるたびにズキッと傷んだ。でも、しょうがない。連絡帳に書いてもらうのを忘れた俺が悪いんだ。そう思ったから、授業を受けることにした。
    「そっちそっち!」
    「ちょ、ヨウジお前ホントに怪我してんのかよ!」
    「へっ!なんのこれしき〜!」
    なんだか、頭がぐらぐらする。足もふらふらするし、気持ち悪い。でも、ここで先生に言っても聞いてもらえないんだろうな。半ば投げやりになりながら、サッカーを続けていた。すると、誰かに肩を叩かれた。
    「ぇ…」
    「…」
    振り返ると、さっきまで見学していた…誰だっけ…まぁ、わからないが、見学していたやつが、こちらをじっと見つめていた。そいつは今は夏だというのに、季節外れな長袖のシャツを着ていて、茶髪をぴょんぴょん跳ねさせていた。顔を顰めて、キッと睨んだ顔は、ちょっと怖いけど、美人だった。
    「な、何…?」
    「体調、悪いでしょ」
    そいつは小声で俺に耳打ちをした。な、なんで体調悪いって…
    「先生」
    「なんだ、ケイタ」
    ああ、そうだ。こいつはケイタ、って名前だった。いっつも教室の隅っこでじっとしてるから、忘れていた。
    「ヨウジ、骨折してるのに体育させるなんて、あんまりだよ」
    「しかしなぁ、ヨウジは元気そうだしなぁ」
    ケイタは、先生の言葉を聞いた途端たちまち不機嫌そうな顔になった。そして、チッと舌打ちをして、
    「アンタ馬鹿なの!?骨折っていうのはねぇ、安静にしてないと治んないんだよ!?先生なのにそんなこともわからんの!?ばっかやねぇ!教師のくせして頭たりてないんとちゃうん
    か!?」
    と激怒した。
    「なっ…おいテメェ!先生に向かってなんて口聞くんだ!」
    「こどもの体調管理もできねぇやつが教師なわけあるかよたわけ!ヨウジ、行こう」
    「え、お、おう…」
    とにかく、気持ち悪かったので、ケイタに助けられた。きっとこれ以上この場にいたら、倒れてしまっていただろう。

    ケイタに手を引かれてたどり着いた先は、保健室だった。
    「しつれーしまーす」
    「あら、ケイタ君いらっしゃい…と、ヨウジ君?どうしたの?」
    「えっと…」
    「ああ、ヨウジが骨折してるのに体育やらされてたから無理矢理ひっぱってきた」
    「あらあら!?ヨウジ君、傷を見せて頂戴」
    「え?おう…」
    保健室の先生に傷を見せるため、腕の包帯を外して、湿布も剥がした。するとそこには、赤黒く変色した腕があった。
    「酷い怪我ね。どうして骨折してしまったの?」
    「あ、えーっと、喧嘩しちゃって」
    「そう…誰と?」
    「道ですれ違った大人のやつ。ぶつかったってイチャモンつけられたから言い返したら喧嘩になった」
    「そうなのね…」
    その後は、ちょっとお説教されたり、手当をされたりした。しばらくするうちに、気持ち悪いのはすっかり収まって、普通に話せるようになっていた。
    「ありがとうございました!」
    「ええ、お大事にね」
    「…まって」
    保健室から出ようとしたとき、ケイタがそう言った。
    「…?どうしたの、ケイタ君」
    「ヨウジ、ろっ骨も怪我してるでしょ」
    「な、なんで」
    「なんだかそこばっかり庇うようにしてるから、もしかしたらと思ったけど、そうみたいだね。それも保健室で手当してもらえば?」
    「ヨウジ君、何で言わなかったの?」
    「た、大した傷じゃねぇだろ、と思って…」
    「ちょっと、これ折れてない!?ケイタ君が気付いてくれて良かったわ。お母さん呼んで、今日は早退しましょうか」
    「あ…だめ!それはだめ!」
    「ど、どうして?でも、すごい怪我なのよ?ろっ骨が折れるって、どんな状況だったの?」
    「お、お腹踏まれて」
    「…場合によっては警察沙汰かもね…ヨウジ君、とにかく今はお医者さんを呼んだほうがいいわ。だって、とても酷い怪我なんだもの」
    「ヨウジ、お医者様のところ、お母様と行きたくないなら、わたしが一緒に行こうか?」
    「え、いいの?」
    「うん。じいやもいるし、わたし、ヨウジと2人で話したいことがある」
    「ちょ、ちょっとケイタ君、ダメなものはダメよ。一度親御さんに連絡しなきゃ」
    「事後報告で大丈夫だよ」
    「な、なんでそう言い切れるのよ〜!」
    「勘だよ。ヨウジのお家の方、忙しいんでしょ」
    「何で分かんだよ…?」
    「直感で。なんだかそんな感じがしたから」
    「でもね、ケイタ君。病院に行くには保険証とか、お薬手帳とか、診察券とか、必要なものがあるのよ。そういうものはお家にしかないでしょ?」
    「…多分、平気。詳しくは言えないけど、顔パスでいける」
    「それ後から代金請求されたりするんじゃ…」
    「それはない。…それに、これは、ヨウジのためでもある」
    「俺の…ため?」
    「うん。ヨウジ、今家帰ったら大変なことになるでしょ」
    そう言われて脳裏に浮かんだのは父さんの顔だった。帰ったら、また殴られかねない。
    「お、おう」
    「…やっぱり。先生、ヨウジは責任持って家まで送り届ける。だから、お願い」
    「う〜ん…でも、学校側としては、その話は見過ごせないわよ…」
    「じゃあヨウジのお母様にご連絡してから、というのは?許可を取ってからならいいでしょう?」
    「それなら……じゃあ、一旦電話してみるわね」
    「ありがとう、先生」
    「それじゃあ、ちょっと待ってて頂戴ね…」
    そういうと先生は、受話器を手に取り、話を始めた。
    「もしもし、お忙しい中すみません、電波第3小学校の佐藤と申します…」
    それからしばらくして、先生は受話器を置いた。
    「どうだった?」
    ケイタが問う。すると先生は、
    「ヨウジ君のお母さん、病院に連れて行ってあげて、って言っていたわ。それと、今度会えたらお礼がしたい、ともね。すごく申し訳なさそうにしてたけれども…とにかく、許可はもらったわ」
    「先生、ありがとう。あ、そうだ。じいやに連絡したいから、お電話を貸して欲しいのだけれど…」
    「ええ、良いわよ。はい」
    先生がケイタに受話器を手渡す。するとケイタは一礼してから、受話器を受け取った。
    「もしもし、じいや?お忙しいところごめんなさい、急遽病院に行きたくて…あ!違います!わたしじゃ無いです!わたしのお友達が大怪我をしてしまいまして、でも、お家の方が来られないとのことでしたので…良いですか?…はい、ありがとうございます。このご恩はいつか返しますから!はい…はい…では、失礼致します」
    電話が終わったらしく、ケイタは静かに受話器を置いた。そして、クルッとこちらに振り返った。
    「じいや、あと15分くらいで着くって。その間は、安静にしておくようヨウジに伝えてくれとも」
    「ありがとう…」
    「ん〜ん、お礼ならわたしじゃなくてじいやに言って」
    「え?いや、病院行けるのはケイタが言ってくれたおかげだし…だから」
    「あ〜もう!うるさいなぁ。ヨウジが何にも言わないで顔色悪くしてたのがムカついただけだから!」
    そう言うと、ケイタは耳を赤くして、そっぽ向いてしまった。
    「ケイタ君はツンデレなんだねぇ」
    「違うから!わたしほんとに何もしてないのに感謝されるのおかしいでしょ!?」
    かぶりを振って否定するケイタがなんだか面白くて、思わず笑ってしまった。
    「はははっ!そんな否定することねーだろ!感謝はありがたく受け取っておくべきだと思うぜ!」
    「むぅ、じゃあありがたく受け取ってあげるよ…」
    「へへっ、さんきゅー!」
    声を上げて笑ったの、いつぶりだっけっか。なんだか、ケイタの隣に居る間は、何の不安も感じなくて済むように思えた。まさかこの保健室での出会いが、俺の人生を大きく変えることになるとは、夢にも思わなかったが。



    「ケイタ様、お迎えに上がりましたよ」
    「あ!じいやありがとう!」
    「大怪我をされたというお友達はそちらの方ですかな?」
    「ええ、この人はヨウジ。左腕とろっ骨が折れてるのにサッカーさせられてたから無理言って病院連れてく、って言っちゃった…」
    「は、はじめまして! 梶 耀司って言います…」
    「はじめまして。私は警夛様に使えさせて頂いている、執事で御座います。さ、お喋りもほどほどに、病気へと向かいましょうか。怪我のご様子は?」
    「今は痛くないです」
    「左様でございますか。どうぞ、こちらのお席へ」
    そういって、じいや、と呼ばれたお爺ちゃんは後部座席のドアを開けて、俺を車に乗せてくれた。その後に、ケイタも隣の席に座ってくれた。
    「では、立浪整骨院までお送りいたします」
    「お、お願いします」
    そうして俺たちは整骨院へと向かった。


    「ヨウジ、何で嘘ついたの?」
    「嘘…?」
    「ほら、喧嘩したってやつ」
    「あ、あぁ…嘘じゃねえぜ…?」
    「嘘。あれ家の人にやられたんでしょ」
    何で、知ってんだ。
    「何で…分んだよ」
    「何でって…ほら」
    そういうとケイタは自分の服の裾をチラッと上げて、俺の方へと見せた。
    「…!…それ…」
    俺が見たのを確認すると、ケイタは少し悲しそうに笑って、裾を元に戻した。
    「自分がやられたことあるんだもん、分かるよ」
    まぁ、もう2人とも居ないけど。そういって笑った顔はやっぱり寂しそうだった。お腹に残る、無数の傷跡。醜いはずのそれが、何故だか親近感を覚えさせて仕方がなかった。ああ、こいつはおんなじだ、そう思った途端、涙が出てきた。生まれて初めて泣いた。母さんが言うには、俺は生まれたときに泣かなかったらしい。そのため、呼吸がうまくできず、死にかけていたとも。それに、どれだけ父さんに殴られても蹴られても、涙が出てきたことはなかった。それが当たり前だったから。いつしか痛みに慣れてきて、どうでもよくなった。だから、泣いたことはなかった。なのに、初対面の、それに自分とおんなじだけしか生きていないこの小さい友達が、何故だかとても大きく見えて、この人の隣に居ることになんの心配もいらないような気がしてきて、俺の涙腺は、いとも簡単に涙を流した。みっともなく声をあげて泣いた。その間、ケイタはずっと俺を抱きしめてくれていた。
    「大丈夫。ここには、ヨウジをいじめる悪いやつは居ないよ。うるさい、って怒る人も居ない。いっぱい泣いていいんだよ」
    その優しい声が一層涙を誘って、もう止まらなかった。泣いて泣いて、ただ泣いた。今までの分、全部泣いた。人間とは、こんなに泣けるものなのか。どこか他人事のように思った。
    整骨院に着く頃には、涙も枯れ果て、呼吸も落ち着いてきた。行こっか、とケイタが手を繋いで、車から降ろしてくれた。
    「…ありがとう」
    「いいの。わたしがしたくてしたことだから」





    その後、一緒に遊んだり、勉強をしたりと、ケイタとは仲良くなった。一ヶ月が過ぎる頃には、互いが互いを唯一無二の親友だと言えるくらいに仲良くなっていた。班活動では必ず同じ班になったし、毎日のように遊んだ。ケイタと会ってから、毎日が発見続きで、楽しかった。ケイタも俺も、ずーっと仲良く居られると信じて疑わなかった。それが変わってしまったのは、10歳になったときだった。




    「え!?ケイタが転校!?」
    「う、うん…お父様の都合で、それで…」
    「…へぇ、そっか…」
    「ご、ごめんね、わたしも抗議したんだけど、でも…」
    「…まぁ、親の都合なら仕方ねぇよ。それは俺たちが1番知ってるだろ?」
    「…そうだね。ありがとう」
    このときの俺は、親友が転校してしまうという悲しみのせいで気が付けなかった。ケイタの父親は、ケイタが8歳の時点で、家には居ない、とケイタ自身が言っていたことに。そして、いつも朗らかに笑っているはずのケイタが、その日を境に笑うのが下手くそになったことに…




    あれから1週間、ケイタはもうこの町には居ない。転校する1日前、ケイタがスマートフォン?っていうやつの連絡先をくれた。
    『もし困ったこととか、聞いて欲しいことあったら、いつでも電話かけてね』
    ケイタはそう言って、困ったように笑った。ただ、家の電話を使うと親父に怒られるので、掛けたことはないが。今頃ケイタ、元気かなぁ。そう思いながら、残りの小学校生活を惰性で過ごしているうちに、中学生になっていた。




    中学生になって変わったことは、いくまさが小学校に入学したことと、もう1人、弟が増えたこと。それと、弟…げんたろうが産まれたタイミングで、親父の機嫌が更に悪くなったこと。夜な夜な、母さんを強姦紛いに犯していたのは親父だと言うのに。げんたろうは悪くないのに。そんな理不尽さに胸をもやもやさせながら、今日も俺は殴られている。
    「オラ!テメェ早くくたばれや!子供なんて居るだけで金がかかんだ!死ね!」
    「…」
    「…………チッ。お前最近何にも反応しねぇな。しゃあねぇ、育匡にすっか」
    「…!!そ、それはっ…」
    「じゃあテメェが楽しませろや!ぁ?」
    「う゛…」
    毎日、こんな調子。でも最近は俺ばっかりにヘイトが向いてるから、いくまさもげんたろうも殴られてない。それに安堵しながらも、俺は今日も殴られる。




    「痛ってぇ…」
    「兄ちゃん、大丈夫…?」
    寝室に行くと、いくまさが布団を敷いてくれていた。
    「あ?平気だ平気!これっくらいでくたばる俺じゃねーぜ」
    「でも…おれを庇って…」
    「弟守るのは兄の役目なんだよ。いくまさもげんたろうのこと、しっかり守ってやれよ」
    「うん…!」
    「よし、いい子だな。おいで、一緒に寝よう」
    「うん!おれ兄ちゃん大好き!」
    「俺も大好きだぜ〜…!」
    命に代えても、守っていいと思えるくらいにな、そう心の中で呟く。幼い頃から、家族が殴られるのを真近で見ていたいくまさ。親から愛されない可哀想な子ども。ならばせめて俺が大切にしてやる。そう思いながら、隣ですやすやと寝ている小さな体を抱きしめる。とくん、とくんと心臓が動いている音が聞こえて、安心した。俺は、いつも不安に思っている。俺が目を離した隙に殺されやしないかと。俺が居ないうちに、殴られているんじゃないかと。けれど、今のところは大丈夫。そう思えた途端、俺は束の間だが安心する。腕の中で眠る弟の顔を見て安心したからか、俺はいつのまにか寝てしまっていた。




    いつまでも、こんな生活が続くと思っていた。朝起きて、飯を作って、学校に行って、授業を受けて、下校して、殴られて、弟と一緒に寝る。他の人にとっては質素かもしれないけど、俺にとっちゃあ十分幸せだった。…親父が、いくまさに手を上げるまでは…。




    「ただいま…!?」
    中学2年生の、夏休み真っ盛り、8月。その日はやけに蒸し暑くって、むかむかする日だった。母さんは仕事で、げんたろうは保育園に行っていて、俺はいつも通り買い出しに行っていた。帰ってきて、玄関に入った途端、嫌な予感がした。すりガラスでできた戸の向こうに、揺らめく2つの影を見たからである。買ってきたものを放り出し、戸を勢いよく開けると、そこには信じられない光景があった。顔が腫れるまで殴られ蹴られ、意識がない状態のいくまさに包丁を振りかざそうとする親父の姿があった。
    「…なに、して…」
    「ああ、お前か…丁度いい、おい、コイツ殺せ」
    「は…?」
    「食い扶持を減らすに丁度いいだろ。アサもいってんだ、最近金が足りねぇってな」
    アサ…母さんが?でも、違う、きっと母さんは金が足りないって言っただけ。いくまさを殺そうとしてるのは…親父の、独断。なんとなく、そう理解した。俺が?いくまさを…殺す?

    何、言ってんだ、コイツ。

    「ほら、これやるよ」
    そういってアイツが俺に包丁を持たせた。アイツの生温い感触が残っていて、気持ち悪かった。全身からどっと汗が噴き出した。心臓はどくんどくんと今までにないくらいに轟き、目の前がざらざらと黒に染まるくらい、体に力が入った。サッと気持ちの悪い生き物の方を向くと、ニタニタと笑って、ほら、早く、などとほざいていた。いくまさに視線を移すと、顔が腫れ、全身痣だらけ、足が折れ曲り、呼吸も、浅かった。ああ、コイツのせいで。この最低で低俗な大馬鹿野郎のせいで、いくまさは、いくまさは…こんなに痛い思いしたんだ!!
    憎い、憎い、憎い!!よくも、よくも俺の弟を!!命より大切な弟を!!!
    ぶち、と何かが切れる音がした。目の前が真っ赤に染まった。生まれて初めて、大きな声で叫んだ。
    「ああああああああああああああああああああ‼︎」
    ガッと、胸ぐらを掴んで、地面に叩きつけてやった。ぶくぶくと肥えたその汚い体に、包丁を突き刺した。首、手首、心臓。とにかく、刺した。刺して、刺して、刺して。手のひらにぶちぶち、と肉が千切れる感触が伝ってきた。醜い生き物は、最初は何か叫んでいたが、しばらくしないうちに、静かになった。

    ハッと我に返って下を見れば、ぐちゃぐちゃの肉塊が、そこに転がっていた。
    …いくまさ。いくまさは…?
    あがる息を抑えて視線を移すと、相変わらず、浅い呼吸を繰り返す弟がそこにいた。ああ、良かった、生きている。そこで、冷静になった。

    …人を、殺した。

    どんなに屑でも、カスでも、最低でも、汚くても、戸籍がある以上、人である。けれど、罪の意識なんて、まっぴら無かった。食い扶持が減って、丁度良いじゃないか。
    「はは…あははは…」
    自分の喉から、乾いた笑いが溢れる。そうだ。これで、もう、大丈夫。俺たちに手を上げる悪い奴はもういない。いないのだ。自由だ、解放されたのだ。
    「あは、ははは…」
    そう、これでいい。これで…良いんだよ、俺。もう弟たちが殴られる心配なんてない。母さんも、楽になる。
    「はは…」
    そこかしこに、血の匂いがはびこる。ああ、掃除しなきゃ。でも、どうやって?生ゴミでいいのかなぁ。人を殺したのなんて…初めて、だから…分からない。助けて、誰か…!
    全身、嫌な汗をかいて、びしょびしょだった。まだ、動悸がおさまらない。別に、あの屑は、殺して正解だった。はずなのに、俺はどきどきしていた。俺は、悪くない、悪くない…!でも、こんな言い分、誰が聞いてくれる?警察の人は、間違いなく俺を捕まえるだろう。周りの大人は?ダメだ、大人は信用できない。弟になんて、話せない。母さんになんて、もっと無理だ…!
    そのとき、ハッと思いついたのは、かつて親に暴力を受けたという親友、ケイタだった。
    家の電話を使って、俺を咎める人間は、もう居ない。ならば、ならば…!
    かさかさと、鞄を漁る。確か、筆箱の中に、入っているはず。筆箱を開けると、予想通りにケイタの電話番号が書いてある紙を見つけた。そこに書いてある番号を、押していく。プルルルルルルル…カチャ、と音が鳴って、その後に聞こえたのは、あの頃から少しも変わって居ない、友の声だった。
    […もしもし]
    「もしもし…ケイタ、久しぶり…」
    [ああ、ヨウジさん!お久しぶりです!…ところで、浮かないご様子ですけど、どうかされました?]
    「え、あぁ、えぇと…」
    あの頃と変わらない声なのに、話し方はまるっきり違った。その落差に戸惑った。それに、ここに来て急に、話してはいけないような気がしてきて、怖くなった。
    「あ、ケイタ、ごめん、何でもな…」
    […ヨウジさん、単刀直入に聞きますね。………人を、殺めましたか]
    「!?」
    なんで、分かったんだ。そう訊くと、ケイタは苦笑いをしながら、
    [だって、そんなに切羽詰まってるヨウジさん、見たことないんだもの]
    と答えた。
    [ヨウジさん、この事をほかに知っている人は?]
    「…居ない」
    [そうですか…では、ちょっと、そのままそこに居てください…念のため聞きますが、現在地はお家の中、ですよね?]
    「おう…」
    [そうですか。では、また後ほど]
    ツー、ツーと電話が切れる。俺は、糸が切れたようにその場に座り込んで、動けなかった。


    ピーンポーン、と場違いに明るい音と共に、よーじさーん、と自分を呼ぶ友人の声。それにハッとして、玄関の方へ駆けて行った。ドアを開けると、そこには相変わらずちっちゃくて、変わらないケイタの姿があった。見慣れないのは、スーツに身を包み、貼り付けたように笑っているところだった。
    「お久しぶりです、ヨウジさん。早速ですけど、お部屋、見させて頂いても?」
    「え?あぁ…」
    「じゃあ失礼しますね」
    そういって、押し切られるような形でケイタを家に招いた。相変わらず玄関には買ってきた物が散乱していたけれど、そんなことは気にしていられなかった。

    「わぁ、派手にやりましたねぇ…」
    そういうなり、ケイタは死体のそばに座って、観察を始めた。
    「け、ケイタ…?」
    「首…手首…みぞおち…人間の急所を正確に狙えていますね!お怪我ありませんか?」
    「な、ない…」
    「やっぱり。ヨウジさん、殺しの才能あるかもですよ」
    「い、いらない…」
    まるで、今日のお夕飯の話をするように、ケイタは言った。その気にも留めない振る舞いに若干寒気を覚えつつも、自分の行為を受け入れてもらえたようで、救われた。
    「あぁ、そうだ。お掃除の人呼んだので、もうすぐ着くはずです。それに、弟くんの治療もしたいので、お医者様も」
    「え、いつ呼んだんだよ…?」
    「今です。LI○Eで連絡取ったので…あ、お掃除の人来ましたよ」
    そう言うや否やケイタは玄関に向かって歩いて行った。戻ってきたと思えば、防護服?作業着?みたいなものを着た人を数人連れて戻って来た。
    「さ、お掃除が始まりますから、場所を移しましょう。ヨウジさん、弟さんを」
    俺はケイタに言われるがまま、いくまさを抱き抱え、寝室へと移った。



    「ヨウジさん、こちらがお医者さんです」
    「どうも!わたし、かぐらっていいます!」
    「カグラさんはちっちゃいですけどちゃんとお医者さんですから安心して下さいね!」
    「わたしちゃんとおいしゃさんです!どれどれ…」
    カグラ、そう呼ばれた女児(医者…?)はいくまさの近くに屈んで、診察(?)を始めた。
    「ほねがおれてます!だぼくもしてます!ほうたいと、ぎぷすと、それから…」
    どうやら、医者というのは本当らしい。テキパキと慣れた手つきで治療をしていく。
    「できました!ぜんち、よんかげつです…そのあいだは、あんせいにしててくださいね!それと、おふろにはいるときは、ぬれないように、びにーるをかぶせるといいですよ!」
    「あ、ありがとう…」
    「ふふん、わたしはおいしゃさんですからね、とうぜんのことをしたまでですよ!」
    「カグラさんは、うちの組でもなかなかいない、優秀なお医者さんですものね」
    「そうです!」
    「今日はありがとうございました。帰りにコンビニ寄って、アイス買ってあげますからね!」
    「わーい!けいたさんだいすきです!」
    ケイタはカグラの頭を撫でると、こちらに向き直って、真面目な顔をした。
    「ヨウジさん、あなたは、人を殺めました。これから、どうなさるおつもりですか」
    「ど、どうって…?」
    「例えばですけど、警察に行くとか」
    「…!!」
    「あはは…まぁ、冗談ですけれど。そのことに関して、私に提案があります。
    …ヨウジさん、突然ですが、私はマフィアです。このことを揉み消そうと思ったら揉み消せるし、大ごとにしようと思えば、できます。あぁ、脅すつもりでは無いんですが…先程、あなたの殺した死体を見て、確信しました。あなたには、向いている、とね」
    ケイタが、まるで天使みたいに優しく微笑んで、言った。その言葉の真相なんて、分かりきっていた。なのに、頭では分かっていても、心が追いつかなかった。
    「向いているって、何が…」
    「…殺しが、って言ったら?」
    「だからって、どうしろと…」
    分かってる。次にケイタはこう言うだろう、決まってるじゃ無いですか…と。
    「決まってるじゃ無いですか。私の組に、来てくれないかなぁ、って」
    あぁ、やっぱり、そうだった。頭がクラクラする。俺は、あの屑を殺して、でも、他の人に手を上げるつもりは無くて…でもこのままだと…駄目だ、頭回んねぇ…
    「ヨウジさん、あなたのお父様以外にもね、この世にクズはいっぱい居ます。だから、私、それをお掃除してるんです。世の為、人の為にです。もちろん、一般の人とか、何も罪を犯していない人は殺しません。なんてったって私、『不良警察』ですから!どうです?ヨウジさん、あなたとおんなじ、罪無き人々を救うための組織です。どうか、一緒に来てくれませんか?」

    ……………………………………俺は、なんて答えるのが正解だったんだろう。
    もしかしたら、これで良いのかもしれない。でも、言ってしまえば、俺は、変わってしまうのかな。親父みたいに、力で捩じ伏せるようになってしまうのかな。そんな考えを見透かしたように、ケイタが言った。
    「力で何でもできることを知っている貴方ならば、正しく力を使えると、私は思いますよ」
    正しい力の使い方。それは、誰かを守るために使う力だと、思っていた。でも、その大切な人やものを守るために、誰かを傷つけてしまったら?俺と、同じ思いをさせてしまったら?
    果たして、正しい力の使い方とは、何なんだ。
    そう問うと、ケイタは相変わらず、優しく微笑んで、
    「それは、これから歩んでいく途中で学んでいけば良いのです。大丈夫、まだ時間はたっぷりありますから。ヨウジさんも、私も、まだまだ中学生。大人になるまでにはまだ時間が有り余っていますから。これから歩んでいく道の途中で、学んでいけばいいのですよ。それに、貴方は優しいです。自分の守りたいもののことだけで無く、周りのことも考えられる優しさを持っています。そしてね、ヨウジさん。もしも自分が下した判断のせいで周りが迷惑しそうだと思ったならば、そうさせないくらい強くなれば良いんです。あれもこれも救いたいというのであれば、それ相応に強くなればいい。結局、全てを叶えられるのは、力を持った人間だけなのです。貴方が私についてきてくれるというならば、力を与えましょう。鍛錬の方法も、力を持つための方法も、惜しみなく与えます」
    万が一、力を持った貴方が道を違えそうになったときは、引っ叩いてでも引き戻すから、安心してね。ケイタは呟くようにそう言って、やっぱり笑った。この友達は、なんだか不思議だ。ケイタの言うことは、間違ったことなんか一つもないような、そんな気がしてならない。微笑むケイタのおかげで、少し、心が落ち着いた。
    「ケイタ、俺…」

    その後、俺が下した決断は、きっと正しかった。そう、思いたい。









    「ヨウジって優しいよね」
    時は経ち、高校。新しくできた友人、ソラと話しているとき、不意にそう言われた。
    「何でだよ?」
    「この間の運動会、転んじゃった子のこと背負って保健室まで連れてってたでしょ?その後にヨウジ出なきゃいけない競技あったのに。それで間に合うかな、ってハラハラしてたら、無事に間に合わせて参加してたんだもん。なんか、強くて優しいなぁ〜って!かっこよかったよ!」
    そう褒められて、少し照れくさかった。それと同時に、ケイタに言われたことを思い出す。

    『もしも自分が下した判断のせいで周りが迷惑しそうだと思ったならば、そうさせないくらい強くなれば良いんです。』

    その通りだな、心の中で返事をした。
    「まぁ、当然のことしただけだがな!」
    「うわぁ〜イケメンムーブかますのやめてよ!僕ヨウジのキラキラに呑まれて死んじゃいそう」
    「何じゃそりゃ」
    あはは、とソラが楽しそうに笑う。今日も楽しい。この幸せが壊れないように、この幸せを守れるように、俺はもっと強くなる。

    今日も俺は誰かを守る。いつか命尽きて地の獄に落ちるその日まで。
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