締めてしめして:司レオ「ごめんってスオ〜‼︎」
平身低頭、手と手を合わせて合掌しながら、おれは必死に頭を下げる。今回ばかりは何の弁明もしようがないし、開き直ることもできない。過失割合で言うなら百・零。心からの謝罪だった。
スオ~はソファの隅で、ひじ掛けを背に体操座りをしている。スリッパをきちんと脱いでいる辺り、変なところでお行儀が良い。
おれの謝る姿を視界に収めながらも、決して正面から見ようとはしない。それでも、無視はしていませんよ、と表明するかのように、じとりとした視線だけはこちらに注いでいた。
今日という日に同業の――作曲業界関係のパーティが入っていたことを思い出したのは、つい数日前のことだった。
おれとスオ~は付き合っていて、互いの予定が共有できるカレンダーアプリによって、アイドル関係以外の仕事や用事もできる限り共有するようにしている。どちらも多忙の身だし、その方が恋人として共に過ごす予定が立てやすいからだ。
しかし今回、おれはうっかり、共有カレンダーにそのパーティの予定を入れ忘れてしまった。それはよりにもよって、オフが重なったから一緒にゆっくり過ごそうか、なんて二人で約束していた日だった。
すでに出発の時間は迫っていて、もうスーツの上着を羽織るのみという状態だ。業界の大御所も来るとかで、カジュアルとは言いにくい場だった。髪もできるだけまとめて、そして、あまり好まないけれど、ネクタイも締めている。少し前にスオ~がプレゼントしてくれた、鮮やかなビリジアンの結構高級なやつだ。
「……司はこの一週間、あなたと一緒に過ごすこのOffの一日を心の支えとして頑張ってきました。悪天候の撮影に雰囲気が最悪の会議……それぞれ相応にきついものでしたが、それでもこの今日という一日があるのだから、と」
「ううっ、ほんとうにごめんな~っ⁈」
やっと口を開いてくれたと思ったら、つらつらと恨み言が続いて、申し訳ないと思う気持ちが上乗せされる。そして、申し訳ないついでに、そんな恋人のことを心底可愛いと思ってしまったのも本音だった。
スオ~は出会ったばかりの学生の頃からずっと、大人びた態度を取ることを常としていた。弱みや甘えを、あまり人には見せようとしない奴だった。
それでも、実際に大人になって、背伸びをする必要がなくなったからだろうか。こんな風に、むっつりと頬を膨らませて「拗ねている」ということを露骨にアピールしたりだとか、子どもっぽいところも隠さず見せてくれるようになってきたのはつい最近のことだ。
「……ほんとにごめんな? すぐ帰るから」
わしゃわしゃと髪をかき混ぜるように頭を撫でると、不意にその手をぎゅっと掴まれる。
「……お?」
スオ~はそのまま立ち上がると、おれの手をついと引いた。
「す、スオ~さん……?」
連れていかれたのは寝室のクローゼットの前で、スオ~は自分の礼服用の真紅のネクタイを取り出す。
「……せめて、こちらのネクタイにしてください」
そうして有無を言わさずに、すでに結んであった首元のネクタイを、綺麗な指でシュル、と解いた。
その仕草と衣擦れの音、そして間近で目を伏せた真剣な表情に、思わず心臓がぎくりと音を立てる。
ライブ衣装にしても、普段着にしても、こうしてスオ~にネクタイを結んでもらうことは、これまでもたびたびあった。
付き合う前からも、おれに発揮される世話焼きの延長で、「どうして私がこんなことを!」とか「ご自分でなさってください!」とか叱りながら、きっと他人のネクタイなんて結んだことがなかったのだろう、背後から背中越しに結んでくれたのだった。こうして向かい合わせでも器用に結べるようになったのは、果たしていつからだったっけ。
「……できましたよ。よろしいですか?」
最後に軽く結び目を整えると、スオ~は体を離して姿見を示した。誰かさんを示すような上品で真っ赤なネクタイ。ああ、やっぱり今日のこいつはちょっと可愛い!
「時間ですか?」
「うん、行ってくるな!」
そうして部屋を出ようとした瞬間、ネクタイの結び目に指を差し入れて、くいと引かれた。
「えっ」
気づけば真っ赤な髪が目の前にあって、唇を奪われる。
「早く帰ってきてくださいね?」
【終】