リュカの花 馴染みの客はいつも大体、恰幅がよく人相も悪い『いかにも』な連中だ。
ここはそういう連中しか来ない。なんたって、人間やら亜人やらを売買する店なのだから。
腐敗都市リュカの、スラムじみた荒れた路地に立ち並ぶ店の数々。多くは盗品などの取引をする店で、俺がいるこの店も奴隷売買という碌でもない商売をしている。
店の中は案外整っていて、人糞やゴミが散乱する表の通りと比べると雲泥の差だ。窓からの視界を遮るために張られた、分厚いカーテンには成金趣味な金色の房飾りがついている。入口から敷かれた真っ赤な絨毯も手入れをされて、ふかふかと歩くたびに音を立てそうなほどだ。
高い天井には水晶ガラスでできたシャンデリアがぶら下がっており、カスのような店に似つかわしくない上品な明かりをキラキラと反射している。
そんなお上品な店の内装に反して、店番の俺の人相はたいしていいとは言えない。どこにでもいるチンピラよりはマシか。その程度だ。
店のオーナー曰く、今日はいつもの常連とは違う、特別な客が来るとかで、朝から掃除だの茶の用意だので忙しかった。オーナーは身内にはそこそこ評判がいい金払いの良い旦那、というか、商売の目がしっかりしているのか、金を使うタイミングを把握しているようで、いうなれば抜け目ない初老の小太りな男だ。そのオーナーが店の戸を開けて入ってきた。後ろにはオーナーの言っていた『特別な客』とやららしい男がついてきていた。
黒いつば広帽を目深に被ったその男は、帽子で顔はよく見えなかったが、手入れの行き届いた長い金の髪を靡かせていて、身にまとった黒い外套こそ使い古しているものの、うちの店によく来るクソ成金どもなどとは全く異質の、洗練された印象を与える男だった。
とはいえ、こんな店に来るということは、この男も碌でもない男なのだろう。オーナーに言われるまま男に茶を出したが、男は一切口をつけずにオーナーと商談をしているようだった。いけ好かない野郎だ。
「それじゃ、頼んだぜ旦那。アンタの知人のイチオシだって聞いてきてるから、頼りにしてるよ」
商談が済んだらしく、男が立ち上がって言った。帽子の影に見える口は薄ら笑んでいて、愛想は悪くないようだった。オーナーはうんうんと何度も頷いて、「きっとご期待に添えますよ」とニンマリ笑っていた。
男が帰ったあと、オーナーにそれとなく男の素性を聞いてみた。なんとなく、妙に記憶に残る男だったのが気にかかるのだ。
「ああ、彼か。彼は俺の知人のお得意様らしくてな。俺達と同じ奴隷商人だよ。奴隷を連れて各地へ届ける仕事をしているとかなんとか言ってたかな」
「へえ、そりゃけったいなこって。そんなので採算取れるのかね」
「実入りはいいんじゃないかね。さもなきゃ続けられんよこんな仕事。……さ、そんなことより次の仕事だ!」
オーナーに急かされて、その日の記憶は段々と仕事の波に飲まれて消えていった。そんな些細な記憶だった、のだが。
賄いをいただいて、家に帰ってぼんやりと酒を飲んでいたとき。あの帽子の男の薄ら笑んだ顔を思い出した。やはり妙に気にかかる男だ。奴隷商人らしくないし、リュカにいていい人間でないような気がする。