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    5月インテ大阪の利土(土利)の原稿進捗。
    たぶん全年齢コピー本になるはず。
    間に合えば出ます。
    文はまだまだ推敲します。捏造がいっぱい。

    #利土井
    ridoi
    #利土
    #利土利
    #土利

    山田家の猫「ふむ、だいぶ良くなったようだな。もう起き出しても良いだろう」
     それから山田殿は「今朝から一緒に食事を摂ろう」と続けた。今日までの食事は薄粥が主で、私が休んでいるこの室で摂っていた。
     あの日から半月以上も経った朝のことだった。
     あの日というのは、私が瀕死の重傷を負った日だ。
     抜け忍となった私は、かつて仲間だった男に追われ、猛撃から逃れようと崖から足を滑らせた。そこへたまたま野遊山に来ていた一家に出くわしたのだ。彼らが同業であったのは、奇跡のようなめぐりあわせだったと言うほかないだろう。
     山田殿と奥方は私の厳しい立場を一目で見抜き、追手を殺さず退けてくださっただけでなく、怪我の手当のために家に運び込んでくださった。
     数日間、高熱にうなされ、三途の川の此岸で右往左往はしたものの、どうにかして一命を取り留めた。六文銭を持っていなかったからではない。ひとえに山田家の親子の手厚い介抱のおかげだ。
     親子と言った。そう、この家には、子どもが一人いる――。
    「『一緒に』と言いますと……。奥さまと……」
    「ああ、利吉も一緒だが。それがどうかしたか?」
    「いえ……」
     意識を取り戻してから、気が付いたことがある。私はどうやら、この家の子どもに歓迎されていない。年の頃十一から十二歳ほどの利発そうな子どもは、山田殿の一人息子で、名前を利吉というらしかった。
     断っておくと、私は彼に大いに感謝しなければならない立場ではある。というのも彼は、包帯を取り換え、薬を塗布する手当をしてくれたばかりか、奥方ができない世話――下の世話、全身の清拭までもやってくれているからだ。
     けれどもそれは人の倫(みち)にもとづく動機から、というわけではなさそうで、不承不承だ、しぶしぶなのだという空気を隠さなかった。ただの一度もにこりともしない。
     飽くまで、言いつけられたから、そうするだけです。鋭い眼はあからさまにそう語っていた。
     この部屋に入ってくる時には、いつも唇をきゅっと引き結んで、まるで、悪党には心をゆるさないぞとでも言うような表情だ。
     情けないことに私は、いくらも年下のこの少年のことを、苦手に思い始めていた。
    ――まぁ、悪党には相違ないかな……。
     初めて一家に出会った日のことが思い出される。あの時、子どもは何となじったのだったか。
     たしか、目に涙をたたえ、「おじゃん」だとか言っていた。きっとよほど楽しみにしていただろうに、私は家族団欒の機会を台無しにしてしまったのだ。
     彼には確かに私を極悪人扱いする権利がある。そんなことはわかっている。わかっているから、顔を合わせるような機会が増えるのは、気まずい。
     胃痛の予感を覚えつつ、起き出して居間に入る。山田殿は竈に立ち、奥方は囲炉裏に鍋をかけていた。
     問題の子どもは配膳を手伝っている。その足元には猫が一匹まとわりついていて、私は驚いた。猫を飼っていたとは知らなかった。感染症を防ぐためか、怪我人のいる部屋に、近づけまいとされていたのだろうか。
     と、子どもが、私の姿を認めて驚いた。
     すぐに微妙な面になる。誤って獣の糞でも踏んでしまったような顔。
     緊張の一瞬が流れたが、ちょうど奥方がこちらを向いたため、私たちは何も言わずに済んだ。
    「あなた、もう大丈夫なの?」
     奥方が立ち上がり、前掛けで手をぬぐいながら近づいてくる。私は深々と頭を下げた。
    「はい、おかげさまで、すっかり良くなりました」
    「それは良かった。一時はかなり危なかったんですよ」
    「本当にお世話になりました。奥様にも、山田殿にも……利吉くんにも」
     横目に、子どもがついと目を逸らすのが見えた。胃が竦む。消え入ってしまいたい。
    「あの、私に何かできることは、あるでしょうか」
     おずおずと申し出る私を、奥方がおかしそうに見る。
    「まぁ、何を言うの。病み上がりの方にできることなど、この家にはありませんよ」
     そうして囲炉裏のもとへ座らされてしまった私の目の前に、山田殿がすかさず飯を盛った茶椀を置く。奥方が味噌汁を汁椀に注ぐ。
     炊き立ての飯と湯気の立つ味噌汁の匂いが鼻腔に届くと、胃腸は噓を吐けないもので、たちまち飢えを思い出した。盛大に腹の虫が鳴いて、お二人が笑った。
    「腹が減るのは、身体が回復した証だ。たんと食べなさい、お若いの」
     粥ではない久々の食事は、温かさが臓腑にしみわたっていくようだった。
     ふっくら炊き上がった白飯は、そうだ、こんな風に甘かった。出汁の香る味噌汁なんて、いつぶりか。
     ああ、帰って来たのだなと実感する。今度も私は、生の此岸に帰って来てしまった……。
     子どもがいきなり口を開いたのは、そんな感慨に浸っていた時だった。
    「父上。この方は、もうすっかり良いのでしょうか」
     声音には反抗的な響きがあり、私は身構えた。山田殿は白飯をたくあんとともに掻き込んで、うなずいた。
    「うむ、まだ全快とは到底いかんが、傷はほぼ塞がった。治ったと言っていいだろう」
     子どもは箸を椀の上に揃えて置き、「では」と慇懃にかしこまった。
    「私はお世話係を返上しとうございます」
     山田殿はぎょっとして箸を止めた。
    「こらこら、なぜそんな薄情なことを言う」
     子どもはむっと唇を尖らせる。
    「利吉は薄情ではありません。ただ、もう治ったのなら、元のとおりになりたいです」
    「元のとおりとは一体なんのことだ」
    「父上は忘れてしまわれたのですか?」
     山田殿は首を傾げたが、何を言わんとしているか、私にはわかる気がした。
     胃が、しくしく泣き始める。子どもは顎を反らして続ける。
    「野遊山がおじゃんになった日、父上は言われましたね。しばらく辛抱して、この方が治るまで面倒を看てさしあげなさいと。利吉は言われた通りにしましたよ。看病してさしあげて、この方は元気になりました」
    「そうだな、お前はよくやってくれていた」
    「ですが、私は元々この方が好きではありません」
    「好っ?!な、……なに?」
    「だから元どおり、嫌いになりたいのです」
     なんとも珍妙な理屈だったが、少年の面は真剣そのものだ。それに、ついに言ってやったという達成感も表れていた。その頭に父親のゲンコツが落とされた。
    「いてっ!何をするのですか、父上!」
    「何もどうもあるか!なんという言いざまだ!そんな狭量な子に育てた覚えはないぞ!」
     見上げたことに、子どもは怯まなかった。それどころかフン、と鼻を鳴らして父親に立てついた。
    「それはおかしいです、父上。近頃私を育てているのはほとんど母上ですよ」
    「なんだと?」
    「父上があまり家に帰ってきてくださらないのが悪いのです」
    「だから今年は、こうして帰って来ているではないか……!」
    「でも結局、利吉と遊んでくださらなかったではありませんか」
    「それは仕方ないだろう。お前はいったいいくつになった?聞き分けなさい、利吉!」
     とうとう私は箸を置いた。いたたまれない。あまりにもいたたまれなかった。
     縮こまって腹をさすり始めると、背中を温かい掌が撫でた。
    「どうか気になさらないで。喧嘩はこの家ではいつものことですから」
     奥方はやさしく微笑んでくださったが、私の気は休まるどころではなかった。
    「しかし私のせいで……私がみなさんに迷惑をかけてしまっていますよね、すみません」
    「迷惑だと思うなら初めから関わったりしません。こちらこそ利吉が生意気を言って申し訳ないわ」
    「ですが……お子さんの手もわずらわせてしまって……」
     言葉をとぎらせると、奥方が噛み含めるように言った。
    「利吉はこんな山中に一人っ子でしょう?きょうだいも友達もいないんです」
    「はぁ……」
    「だからこの家ではいつだって自分をいちばんにされてきたの。他の人を優先されるのに慣れていないから、拗ねているだけよ」
     奥方は私を安心させるようにと、黒々とした美しい目を細めた。
    「利吉を甘やかし過ぎたのは私と主人の落ち度であって、あなたのせいではないのよ。むしろあなたが来てくれて、私はありがたく思っています。きっとあの子にもいい経験になるだろうから」
    (続く)
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