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    きろう

    @k_kirou13

    ⑬きへ~二次創作
    だいたい暗い。たまに明るい。
    絵文字嬉しいです。ありがとうございます。
    まとめ倉庫 http://nanos.jp/kirou311/novel/23/

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    きろう

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    隆ツ。お疲れの隆俊さん。

    心労と鼓動仕事上のちょっとしたトラブルも重なれば大きな疲労となる。
    今日の出来事を同僚に伝えるなら「散々だった」と比治山は語るだろう。
    最初は誰もが起こし得るような部下の小さなミスだった。それが同時多発的に起きたために収拾と指導にコロニー内を東奔西走、途中で敷島社員に呼び止められて設備不良の処置に出たが、作業中にいわれのないクレームに捕まり長話を受け止めていると迷子が飛び込んできて宥めすかして一旦事務所に連れて行くと今にも口論を始めそうな同僚たちを目撃して仲裁して、ようやくデスクに腰を落ち着けると今度は仕事上の人生相談に呼び出され、何とも難しくままならない気になったところで自分の事務仕事の詰まらなくも修正が面倒なミスを発見して今日作成すべき大量の報告書を片手に頭を抱えた。
    何より残業により恋人の沖野と夕食を摂る約束を反故にしてしまった。
    仕事だから仕方がないとはいえ、それが一番辛い。

    ようやく全ての業務を終えた頃には通常の勤務時間も、もちろん一般的な食事の時間も過ぎ去っていた。せめて顔を見に部屋に行っていいかと連絡して快諾を得られたことは幸いだ。

    「すまん、ツカサ。遅くなった」
    「ああ。隆俊。いいよ、別に怒ってない――いや、ちょっと、大丈夫?」

    小言のひとつでも言われるかと覚悟していたが、どうやらよほど疲れた姿をしていたようだ。不機嫌を貼り付けて出迎えた沖野の顔は比治山を見てすぐに呆れた、というか面白がる気配すらある表情に変わってしまった。

    「とりあえず部屋に入りなよ。ご飯まだでしょ?」



    沖野から食事の提供を受けた後、帰ろうとした比治山は引き留められて半ば強制的にソファに着席させられた。

    「体力的にはそんなにハードじゃなかったってことは、気疲れってやつだよね。ストレスとも言うかな」

    隣に座った沖野はモニタを出し、比治山のスケジュールを確認する。隣にはバイタルデータも表示させている。歩数と活動量は週間平均からやや上振れしているものの誤差の範囲だ。

    「ああ、まぁ確かにそういった部類だが」
    「僕との約束を破ったからそれも気にしてる」
    「悪かった」
    「ほら、まただ。ただの食事だよ。別に記念日とか祝い事ってわけじゃない。それとも君はこのコロニーで一番のレストランでも予約してくれてたのかい?」
    「いや……。だが、お前と食堂街を歩いて、気に入ったものを食えればいいと……」
    「いつでも出来るじゃないか」

    沖野はハンドジェスチャーで全てのモニタを消し去り、自分の胸を叩いた。

    「おいで」

    その表情はどこか楽しげに口角を上げて、自信に満ち活き活きとしている。今の比治山とは正反対だ。

    「ツ、ツカサ……気持ちは有難いが、その、」

    約束の埋め合わせに来たのに食事を出された上にこんな気遣いをされては一回りも年上のパートナーとして居た堪れない。

    「僕はこういう時どうしたらいいか知らないけど、隆俊がこうしてくれたんだ。きっとそれは君がされて嬉しかったことだろ?」
    「……いや。こんなことをされたのは……もう、」
    「子供の頃かい? 君は僕を子供扱いするからなぁ。これでも大人なんだ」

    いつまでも動こうとしない比治山に焦れたのか、後頭部に手をかけられ胸元までぐいと引き寄せられる。不安定な体勢に止む無く頭を委ねるしかない。

    「君を温めて、心臓の音を聞かせてあげる。君がそうしてくれたように」

    薄いシャツ越しに愛しい人の体温がある。耳を寄せれば落ち着いた鼓動の音がする。
    誰にも言ったことはないが、比治山はこの音が好きだ。いつからそうだったのかは思い出せない。経験と訓練で己を律することを覚えたとはいえ、本質的には感情的で、衝動や焦燥感に駆られやすい性質の自分が真に落ち着けるのはこういった他者の存在だというどうしようもない自覚だけはある。
    気疲れと沖野が言う通り、確かに今日は多くのことに気を揉み過ぎた。どれも自分の思いや能力ひとつではままならない出来事ばかりで、上官の一喝で片付いた海兵隊時代が懐かしく思えたくらいだ。あの頃は命令に従っていればよく、理不尽に耐えさえすれば何も考える必要が無かった。民間企業で働く苦労というものが身に染みる。
    だが、その結果彼と出会えたのだから後悔は少しもない。

    「ツカサ……」

    次第に比治山の体重に負けた沖野の身体がソファへ横倒しに沈んでいく。
    支えてやらねばならないと思う反面、このまま彼に溺れてしまいたい。
    布が擦れ、クッションが小さな音を立てて形を変えていく。
    ついに沖野の背が座面へ触れ、止まった。
    それでも身を起こす気にはなれず、沖野の手がまだ頭を抱え込んでいるのをいいことに彼の優しさを享受する。

    「うん、お疲れ。隆俊」

    鼓動は少しだけ速くなりつつあった。


    2024.04.08
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