クワイアその場所なら子供の頃に行ったことがあるような気がする。
だけど記憶が不確かだ。
隆俊の昔話を聞いて浮上した思い出――否、履歴を確かめるために自分の個人情報にアクセスした。
「これは、写真アルバムか?」
「うん。大したものはないけど」
僕のIDに紐づいているそれらは僕の意志に反して他人が僕を写したものだ。
……これは誤解を生む表現だな。
子供時代、僕は里親や養護施設の管理下にあった。彼らはごく一般的な習慣として、折々に記念写真を撮った。僕は写真を撮られることが好きではなかったが、集合写真から逃げ出すほど嫌っていたわけではないし、わざわざ削除もしなかった。
だからデータが手元にある。
一生見ることは無いと思っていたけれど、隆俊の思い出話につられて検索する機会が訪れたわけだ。
「ええと、何区だっけ。あのあたりなら中央区かな」
「どうだったか。確か文化財に指定されていたはずだ」
いくつかの検索ワードで目当ての写真が出てきた。
「やっぱり。僕も行ったことがあるよ」
大きな画面に表示して隆俊を振り返る。
彼は目を見開いてすっかり動きを止めていた。
「……隆俊?」
「あ、あぁ、すまん」
「そんなに驚くような写真じゃないと思うけれど……」
隆俊が話してくれた場所、学生時代のアルバイト先へ行く途中にあった古い教会。周辺のビルやマンションとは全く雰囲気が違っていて、中を見てみたかったが信仰のない自分が興味本位で見学するのは憚られた――そんな話だった。
そして僕はその教会に行ったことがある気がして、不確かな記憶通りにその写真を探し当てた。
クリスマス会、みたいな名目で参加した……させられた時の写真だ。
教会のパイプオルガンを背景に撮られた十数名の少年合唱団の集合写真。僕もその中の一人だった。
「いや、その、すまん……。美しい、と思ってつい」
「まぁそれなりに綺麗なところだったかな。手入れがよく行き届いてて、写ってないけど天井画は見る価値があった」
写真を見ると記憶も蘇るものだ。忘れていた建物の名前も思い出せた。
それで検索すればより多くの情報が手に入るだろう。
しかし隆俊は額に手をやりながら首を振るといった不可解な動きをした。
「俺を誹るなら誹ってくれ……」
「隆俊? 意味が分からないんだけど」
「決して変な意味ではないんだ」
「……もしかして隆俊、僕を見てたの?」
彼は無言で頷いた。
「え。どこ」
子供の顔なんて全部同じに見える。
自分がどこに写っていたかなんて探さないと分からない。
隆俊は黙って一人の少年を指差した。うん、僕だな。五歳か六歳くらいの。合唱用の白いスモックと帽子を身に着けて、詰まらなさそうな顔をしている。
「君、一目で見つけたのかい」
隆俊は再び頷いた。
「見つけようと思ったわけではないが、目に留まったというかだな、その……天使のようだと……」
彼にここまで幼い頃の写真を見せたのは初めてだ。流石にちょっと引く。しかも美しいとか言ってなかったか。可愛いじゃなくて? 子供に使う言葉じゃないだろ。
でも、許してあげよう。
「隆俊……本当に僕が好きなんだね」
きっと僕の親でもこんなに早く見つけることは出来ないだろう。まぁ親なんかいないけど。当時の保護者だって、いや、だからこそ、だ。
隆俊は誰よりも僕を愛している。
あの写真に今の僕の面影があっただろうか。自分では分からない。
隆俊の小さい頃の写真を見て、僕は彼のように見つけられるだろうか。
隆俊の、僕よりもしっかりとした大人の輪郭へ指を滑らせる。顎の骨はしっかりとしていて丸みなんてどこにもない。目元にはよく見ると皺が刻まれていて、彼がちゃんとした大人だと示している。
「ねぇ、今度君の写真も見せてよ」
「……見つかれば、な。自分では持ってないんだ」
「そうなんだ。じゃあ親御さんに送ってもらわなきゃね」
無いなんてことは無いだろうから。
きちんと髭の剃られた口元へ息を吹きかけると、ああ、誤魔化すみたいに黙らされた。
2025.07.21