晴れてどうにか交際関係になった僕たちはようやく親密な距離で隣にいるということに慣れてきた。その先の色々はまだだけど、今はこれぐらいで良いと感じる。
自然に腕や肩に触れたり、たまに手を繋いだり、何でもないことで同じ画面を覗き込んだり、それに比治山くんがいちいち狼狽しなくなっただけでも僕にとっては大進歩だ。
だからーー
「あ、」
僕はつい、近くにあった比治山くんの唇に唇を触れ合わせていた。俗に言う、キスに相違ない。
何が起きたかお互いに理解するまで数秒、理解した比治山くんの顔は温度で分かるくらい赤くなった。
多分、僕も似たような状態にある。
「まっ、待って間違えた! 今の無し!」
「ななな、無しとは何だ!」
僕は未だかつてここまで慌てたことがあっただろうか。
飛び出した素っ頓狂な声に比治山くんの裏返った返事を必死で理解してどうにかしようと回らない頭を回転させる。
「あの、ほら、家族! 家族にされたことがあって、それで!」
「き、貴様は家族と接吻したことがあるのか!」
「せっ……! 幼児の頃に頬にされてたんだ! 口にしたのは猫だけだ!」
「猫! 猫を飼っていたのか!」
「飼っていた!」
「そうか!!」
気がつけば意味もなく怒鳴りあって肩で息をしていた。
「……ごめん、その、つい」
比治山くんはいよいよ真っ赤になった顔を手で覆って表情を隠してしまった。僕も多分見せられない顔をしているから俯く。
こういうのはもっと、段階を踏んで、いや僕たちは十分な段階を踏んでいるはずだから、初々しく場所とか雰囲気とかを気にかけて、きっと比治山くんの方から切り出してくるのを待っているつもりで、また五年も待つつもりはないからじれったいようなら僕から強請るのだってやぶさかではなかったのを……。
……僕だって男だ。キスをしたいと思って、キスが出来る関係の相手がそこにいて、何も思わないことなんかない。されたいんじゃなく、させてあげようと思っていたのを比治山くんがいつまでも何もしてこないから、いや、これは八つ当たりで言い訳だ。比治山くんから、キスされるのを待っていた。そこに間違いはない。
「お、沖野……」
「比治山くん。仕切り直しだ」
こうなれば一回も二回も同時に済ませてしまえば何も問題はない。比治山隆俊はここで退く男じゃない。かつての彼はそうだったかもしれないが、既に彼は僕から逃げないことを誓っている。
固く目を閉じ、比治山くんへ顔を向けた。
顔から火が出そうだ。
生唾を飲んだのは僕か比治山くんかはっきりと知れない。何しろ僕には彼が見えていない。自分のことで精一杯なんだから早くしてくれ。心臓がどうにかなりそうな速度で内側から胸を叩いている。
……本当にするのか? 僕は、いや、さっきしたが、あんなのは有耶無耶に偶然当たっただけだと主張して逃れてしまえばよかったのではないか。現に僕は何も覚えていない。そんなものはカウント外にしていいはずで、とするとこれが所謂ファーストキスということになって、僕は今何をしている?
「待っ、」
目を開けた時には電光石火、頬に添えられた手が僅かに顎を持ち上げて再び唇と唇が触れ合っていた。
これは間違いなくキスだ。
離れないまま何度か確かめるように押しつけられる柔らかいものは確かに唇だと、ほとんど零距離になった比治山くんの顔面の近さが告げている。
僕は手探りで彼の服を握った。
2023.06.04