夜の声ベッドに入って十分経過。推測値だが、おそらく大きく外れてはいない。
眠るという方法をすっかり忘れてしまったように、目を閉じても思考が落ち着かず眠れない。
隣の彼はどうだろう、と薄目を開けるか迷う。そんなことをすれば余計に睡眠が遠のくに違いなく、それだけが僕を押し留める意志だった。
しかし、
「ツカサ」
布地の擦れる、身動ぎの音。いつもより潜めた低い声。
顔を天井に向けたまま、そっと目を開ける。
「そんなに緊張していては眠るものも眠れないだろう」
「別に……緊張、なんか」
初めての親しい間柄――恋人である隆俊に部屋に泊まっていかないかと誘ったのは僕だ。
再生した映画が予想より長かったからいつもより遅くなって、普段ならもう寝ている時間だと隆俊が言うから、それなら僕の部屋で眠ればいいと提案した。
……僕は恋人という関係で共寝して何をするか確かに認識してるが、隆俊とまだそういったことはない。誘ったのは他意無く、夜中に部屋まで戻るのが面倒だろうという効率から出た言葉だ。
新品の歯ブラシを渡して寝支度を整えて同じベッドに入るまで、少しの非日常を面白がりはしても、これが特別な事に極めて近いとは全く意識していなかった。親しい仲ではそうするような気がする、その程度の親切。
隆俊だってそれを分かっているから思わせぶりなことは何もしないんだろうけど、僕は隣でどうしていいか分からない。
ソファでは肩を寄せ合って座っていた。今はそれより遠いのに、横たわっただけで変わってしまった視界から逃れたくて早々に電灯を消したらもっと分からなくなった。眠っている間に身体が触れ合ったら、どうしたらいいんだ。
眠れるわけない。隆俊はどうなんだ。人の隣で眠るなんて普通のことか。
「ツカサ、」
名前を呼ばれて顔を向けると、隆俊の腕が布団の中で動いてゆっくりと近付いてくる。
逃げるための時間を十分に残して肩に触れて、僕の身体を簡単に横向きに転がす。
「な、に」
胸元へ緩く寄せられて、少し浮いた首の下へもう一方の腕が入る。
抱擁は、したことがある。好きだ。温かくて気持ちよくて、安心する。
隆俊に包まれて否応なく身体に入った力が抜けていく。
「これ以上は何もしない」
「……何も」
色々、言いたいことや言うべきことは浮かんだ。
だけどすぐに眠りに誘われて解けていく。
背に添えられた手のひら、少し重さを感じる腕。自分のものではない体温が混ざる、ひとつ寝床の中。
「おやすみ、ツカサ」
ベッドに入る前にも聞いた言葉が甘さを伴う。
目を閉じて全てを委ねる。
「……おやすみ、隆俊」
僕はこれが欲しくて、自分の気持ちが恋だと知ったんだ。
2023.10.01