恋人らしいこと「君、やたら僕に何かくれるよね」
隆俊が持ってきてくれた焼き菓子の箱を開きながらキッチンに立つ彼のことをちらりと伺った。
紅茶……は無いからコーヒーだな。いや、夜も深いしカフェインは……と躊躇った言葉に夜はこれからだと言ったからコーヒー。二人分のマグカップを取り出す手つきは慣れたもので、僕の部屋はすっかり彼のテリトリーだ。
「気を悪くしたか?」
「貰ってばかりだから」
特に使い道はないから後で捨てると分かっていても、包装紙からシールを剥がして角を揃えて折り畳む。誠意というよりは、そうしたいと思った。
僕は少しも恋人らしいことというものを知らない。彼は多分、知っている。これもその一部であり、僕が他にもっと喜ぶことがあると分かっていても、ちょっとした話題と二人で過ごす時間のために彼はこれを選んできた。
「週替わりの出店、福利厚生だっけ?」
「大企業のコロニーともなると、すごいな」
どうしても欲しければ時間はかかるが地上から取り寄せも可能だ。だが、そこまでするほどでもない、けれども娯楽は乏しい宇宙生活のニーズに応えて、嗜好品の売店がやってくる。ちょうど彼の職場と僕の部屋の通り道にあるからというのがいつもの理由だった。
彼も僕も特別甘いものが好きというわけでもない。嗜好品なら何かをしながらスナック菓子に気兼ねなく手を伸ばすのが合っている方だ。
だけど恋人とならたまに、こうして過ごすのも悪くない。
口に出したことはない共通見解。
コーヒーをテーブルに置いて、隣に座った隆俊の袖を引く。
疑問符を浮かべる大きな手を取って、ゆっくりと撫でる。
個包装なのに箱を開けただけで僅かに感じる甘い焼き菓子の香りと、淹れたてのコーヒーの温かい匂い。
「いつもありがとう」
君がくれるもの以上に僕は何をしてあげられるだろうか。
まだ、子供染みたことしか思いつかない。
手の甲と指の形を確かめて、小指だけを少し持ち上げる。そこへ、手の中に隠した花をひとつ。菓子の包み紙についていた装飾だ。短いワイヤーを広げて、沿わせる程度に指へ巻きつけた。
「ツカサ、これは」
「可愛い君へのプレゼント」
「……。俺を可愛いなどと言うのはお前くらいだ」
「その特等席、誰にも譲る気はないな」
隣の指はまだ早いと思ったから、これはただ僕の約束だ。
僕は君の可愛い恋人で、こうして一緒にいる時間を楽しんでいる。手探りで愛情を伝える方法を探している。
「それ、今日はつけておいてね」
「な、これをか……? うむ……」
隆俊は困って、とりあえず緩すぎて外れそうなワイヤーを整え始めた。
2024.02.12