─明け方、シラツユ領地境界某所。
日も登らないヒトっ子ひとりいないこんな時間、見張りが“居眠り”してしまうほどだったので、男は容易にそこへ訪れることができた。
こんなリスクを犯してまで向かったのは理由があった。
「…ほんとに来てくれたんだ。」
荷物を抱え、黄色いゲソを緩く纏めた少女が、暗闇の中でも驚いた顔をしていることがわかる。
「こんな時間に“相棒”から信号を送られ続けたら迷惑だからね。子供はまだ寝る時間だよ?」
簡単に説明すると、男…ジルコがかつて愛用していたブキのクーゲルシュライバー・ヒューにも小型の改造ビーコンが内蔵され、ジルコの持つ親機に信号を送受信できるのだ。
「キッカ…アタシね、ずっとこれ渡したいと思ってたの。でもね…勝負、だよ!」
キッカは大きな荷物をふたつ、地面に置きそのひとつを取り出した。それは少しだけ使われたことが分かるドライブワイパーデコ。……以前、ジルコがキッカの代わりに購入したものだ。
「キッカが勝ったら、アイボー返すのとシラツユに帰ってきてもらうよ。最初は色々あると思うけどゼッタイヒトリにさせない。」
キッカはワイパーを構え、ニッと笑みを浮かべる。
まだ無駄や隙の多いその構えに見覚えがあったので、すかさずジルコも身構えた。
「そっちが勝ってもアイボーは置いてあるから持って行っていいよ。そしてアタシはここでの出来事を誰にも言わない。…どう?」
キッカはミニスカートに縫われたムレマークを見せつけ、ジルコに問いかけた。
その様子にジルコは はあ、とため息をついてしっかりと現在のブキ…デュアルスイーパーカスタムを握りしめた。
「…セピアの“戦士”として提案してくるのであれば、ボクはその勝負に乗るとしよう。そちらから来るといい。」
「…えへへー。行くよ、ジル!」
キッカはワイパーを振り上げ、ジルコの方へまっすぐとインクを塗り進んで行く。
それに対してジルコはこちらへ進ませんとキッカの作り上げるインクの道を塗り返していった。
「えへ、そうカンタンにはいかないよねー」
「そりゃあ…ね!話す余裕なんてキミに無いだろう!?」
インクに足をとられたキッカに1発、2発当たる。そこからジルコは追いうちはせず距離をとった。
「むーーっ手加減しないでよー!!」
「…今にわかるよ」
ぷりぷりと怒るキッカに対して冷たくジルコは言い放った。
半刻がすぎ、ようやく勝負の終わりが見えていた。
ジルコはダメージこそ与えていたが、トドメをささずキッカを嬲るように、じわじわと追い詰めていたのだ。
インク塗れになり息絶えだえのキッカと、キッカの猛攻を受けてもダメージを負わず息一つ乱さないジルコ。
「少しらしくないことをしてしまったが…もう終わりだね。…キッカ。」
「……そう、だね。キッカ、の負け。」
負けたにも関わらずニヤリと笑みを浮かべるキッカに、ジルコの顔が歪む。
「キミを殺そうとしたヒトによくそんな…」
ジルコはぼそりと呟いたがキッカには聞こえていたようだ。
「……?キッカは、生きてる、けど…」
「なんでもないよ。ところで、キミは黒インクのことは嫌いか?」
「!…キライ。街に行けないから。」
少し息を整えたキッカはまたブキを振り上げようとしたが、先にデュアルスイーパーの銃口がキッカへと向けられた。
そしてその先にはゲソが真っ黒に染まったヒトがキッカを見つめていた。
「じゃあ……ボクのことも一緒に嫌いになってくれ。」
「え、
ズドン。
静寂を取り戻した荒地にジルコとクーゲルシュライバーだけが残された。
どうやらスポナーを自分の家に置いてきたらしい。
「はは……、久しぶりに胸のすく思いだよ。」
ジルコはかつての相棒と共に、足早にスーパージャンプを駆使して立ち去った。
まだ、夜が明ける気配は無い。