Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    mp111555

    @mp111555

    感想いただけると喜びます💌→https://wavebox.me/wave/6o67ketss5o8evtr/

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 18

    mp111555

    ☆quiet follow

    「百聞は一味にしかず」の律視点のお話です

    #律霊
    ruling
    ##律霊

    見ることは信じること チョコレート作りにはテンパリングという作業がある。
     テンパリングとはチョコレートに含まれているカカオバターを分解して細かい粒子に結晶させて融点を同じにするための温度調整のことだ。これが一番重要な工程で、味を決める大事な作業である。温度計と睨めっこしながら混ぜ合わせる。失敗したら口当たりが悪くなるから気を使うし、集中力が必要になる。
     こうした工程に向き合う度に、菓子作りは実験に似ていると律は思う。レシピ通りに作ればおいしいチョコレートができると仮定して、再現出来るまで何度も作るからだ。
     先人の残したレシピは再現性のあるものなので、同じ通りに作れば理論上同じものが出来上がる。だが、言語化されていない部分でもテクニックを要するものなので、一年ぶりに作ると毎回微妙な味に仕上がって、二回目、三回目と繰り返すうちにだんだん食べられるものになっていく。
     センター試験の結果を得て入試の出願も済ませ、本番の国立大学の入試までの貴重な時間を、律はチョコレート作りに費やしていた。
     家族は律の行動に対して心配していない。どちらかというと風邪とか事故に巻き込まれないかとか、そういった外的要因に心を砕いていた。長年の信頼の賜物である。
     今年作るチョコレートはボンボンショコラに決めていた。ボンボンショコラは、中に詰め物をした一口サイズのチョコレートのことだ。
     詰め物は去年たくさん作った経験のあるガナッシュにする。ガナッシュにテンパリングを終えた液状のチョコレートをコーティングさせて、冷やして固めればボンボンショコラは出来上がる。たったそれだけのことだが、作るには冷やして固める作業がガナッシュとボンボンショコラの二回必要になるし、テンパリングという作業も加わって、とにかく時間が掛かる。
     だが律には時間が掛かっても難易度を上げていかないといけない事情があった。正気に戻ったら気が狂いそうだったからだ。

     律はこの愚かな行為を十四歳のときから続けていた。毎年二月に、十四日間掛けて一番良いもの作って好きな人に渡す。初恋だった。認めたくないが、認めなければこの行動の理由を見出せない。
     きっかけは忘れもしない中学一年の冬休み、霊幻が仕事終わりに律と兄をファミレスに連れて行ったときのことだ。
    「好きなもん頼んでいいぞ、モブ」と、律がいるにも関わらず真っ先に兄を優先する霊幻を見て、初めて兄に嫉妬した。律の世界に兄以外の存在が突如として出現した瞬間、世界が終わったような気持ちになった。間違っていると思っても、簡単に消せるはずもなかった。
     しかし、霊幻の世界には律はいないのだ。自分はこんなにこっちを見て欲しいと願っても、同じように見てくれない。当然だと思った。年齢が倍以上離れている人間を恋愛対象として見れるわけがない。律だって小学一年生と対等に恋愛をしろと言われても不可能だ。
     つまり、律の負け戦は好きになった時点で確定していた。事実上不戦敗である。だからと言って、はいそうですかと諦められるほど物分かりの良い性格をしていなかった。
     自分の気持ちを受け入れることにした律は、進級して受験生になった兄に代わり、なるべく彼を手伝った。少しでも彼に必要な存在だと思って欲しかったからだ。その頃には芹沢という従業員と、兄と同じ受験生なのに暇そうにしている花沢が一緒になることが多く、重要性はアピールできなかったが、たまに霊幻と二人で仕事することもできた。
     律にはひとつ弱点があった。兄のように素直になれないことだ。
     浮き立つ心を抑えようとすると辛辣な言葉が出てしまう。霊幻には腫れ物扱いされて、話し掛けないように気遣われていた。嫌っていると勘違いされていることにも気が付いていたし、それは完全に律の落ち度だった。意地悪をしたい訳ではなかった。傷つけたい訳でもない。ただ大事にしてされて、霊幻の世界に自分が存在して欲しかっただけだ。
     思い悩んで一年が過ぎ、バレンタインが近付いてきた。その頃になると決まって甘いものが食べたいとアピールしていた霊幻に、前は馬鹿馬鹿しいと一蹴していたが、片思いを一年拗らせていた律は「これだ」と飛び付いた。
     バレンタインは親しい人や好きな人にチョコレートを渡すという行事だ。つまりただ渡すだけで、これまでの嫌っているという誤解は解けて、なおかつ気持ちを伝えることができて、言葉にしないから振られないで済む。律の需要を完全に満たしていた。完璧だと思った。
     律が人生で初めて作ったお菓子であるチョコレートクッキーを渡したとき、青天の霹靂といった驚きを霊幻は露わにして、けれど断ることはなく受け取った。
     それから、毎年バレンタインになると律はチョコレート菓子を作って霊幻に渡してきた。霊幻はもう律の気持ちを知っているだろうけど何も言わなかった。ただ律からお菓子を受け取って、次の月のホワイトデーには市販の菓子を手渡される。それ以上はなかった。
     ただの親しい人に渡すという誤解があるのか悩んで、本気を伝えるために趣向を凝らして本格的なものを作っても、霊幻の態度は変わらなかった。
     結局、律は十三歳から十八歳までの間、他に好きな人が出来るでもなく丸々霊幻に青春を捧げることになった。

     二週間掛けてテンパリングはだいぶ仕上がったものになった。プロには笑われるだろうが、素人にしては上出来といったレベルのものだ。まあいいだろう。
     最初は良かった。渡して誤解が解けるだけで十分だった。二回目も渡すだけで満足した。気持ちが伝わっていることも確信した。けれど、何回も渡すうちに律がどれだけ本気で菓子作りをしても、霊幻から同じものが返ってくることはないという事実から目を背けることが難しくなってきた。
     虚しい。その気持ちが渡すたびに増えていった。律もこの時期、好意の証として様々な人からチョコレートをもらってきたが、大体は一回か二回きりで終わっていた。三年以上同じ人にもらったことは一度もない。返ってこないものに対して執着し続けるのはとても難しいのだ。
     ふと正気に戻ったときに、もう終わりにしてもいいんじゃないかと冷静な自分が囁いてくる。嫌だとその度に抗ってきたが、抗うたびに自分がすり減っていくのが分かった。
     霊幻の世界にはもう律はいるだろう。だがそこには兄もいるし、他にも沢山いる。
     律の世界は六年経っても二人だけしかいなくて、どちらも同じくらい特別だった。同じように特別になりたい、そう思いながら作ったチョコレートは、霊幻にはただのお菓子として消費されていく。超能力じゃなくて、魔法が使えれば良かったなんて、らしくない願望を抱いてしまう。
     朝の支度を終えて、夜のうちに冷やして固めていたボンボンショコラをひとつ摘んで味見する。中のガナッシュの柔らかさとコーティングしたチョコの固さが口の中で一体になって甘く溶けていく。
     おいしいと自分でも思うくらいのものが作れて、律は満足した。これまでの努力がひとつ完成した瞬間だった。もう十分だろう。渡して終わりにしようと思った。

     自由登校になった今も、律は図書室を使いに学校に通い続けていた。
     チョコレートをボックスに詰めて鞄に入れる。早朝の六時、玄関扉を開けて見えた姿に、驚きに口が半開きになった。
    「れ、霊幻さん?」
    「おはよう」
     まだ薄暗い外は、街灯がついていた。街灯に照らされる霊幻は、ダウンジャケットを着込み帽子を被ってマフラーをしていた。重装備なところを見ると、長時間待っていたことが窺えた。
    「どうしたんですか。不審者扱いされませんでした?」
     玄関を出て、剥き出しの肌に冷気が突き刺さる。白い息を吐きながら近付くと、ポケットから手袋をした手が出て、手首のところには紙袋がぶら下がっていた。
    「さっき来たところだよ。いや、まあほら、今日も今年のアレだろ。だからお前の真似をしてみたんだが」
    「アレって、バレンタインですか」
     心臓がどきりと跳ね上がる。期待しては駄目だと頭では分かっていても心が期待してしまう。
     ずるいと思った。なにを今更と喚きたくなる。
    「うん。……県外の大学受けるんだろ。頑張れよ」
     優しい声音と共に差し出された紙袋は、高校生の律にも一目で上等なものと分かった。
     スーパーやコンビニのどこにでもあるものじゃない。どこかの聞いたことのない店の、特別なチョコレート。
     紙袋を受け取らずに律は霊幻の手首を掴んだ。驚いて腕を引こうとしても全力で抵抗する。
    「おま、離せって」
    「もし県外の大学に受かっても、来月は絶対、絶対に会いに来ますから。十四日、絶対に空けておいてくださいよ」
     しつこく言い募るうちに、顔が抑えきれない感情で熱くなるのが分かった。見つめる霊幻の顔が赤くなるのが間近で見えて、心が歓喜に震える。
     やっと、自分はこの男の特別になれたのだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖🙏🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    mp111555

    DONE続きました。(前の話:https://poipiku.com/7155077/8279500.html)
    中華街で仕事を引き受けたら事件に巻き込まれた話の続きです。霊幻は保護者としてモブを守りたいし、モブは事件を解決したい。
    チャイナタウン事件簿② 働くことになったものの、初日は軽い研修を行うだけで良いと言われた。レジの使い方や接客の基本的な方法を博文から教えてもらう。開店は十一時からというのに、その一時間前からどんどんと店の前には人の姿が集まっているのが見えた。開店前から店を覗く人が出て来るあたり、本当に繁盛しているのだというのが伺える。
     接客業経験者である霊幻はすぐに要領を覚えて解放されたが、熱心にメモを取ってもすぐに応用の出来ない芹沢と、接客業はほとんど経験させて来なかった茂夫は、見かねた博文の母親が参戦してマンツーマンで教えられるようになっていた。
     彼らの邪魔にならないように、霊幻は外に出た。隣にあるお堂は横浜媽祖廟と呼ばれる、道教の神を祀る廟だ。ネットの写真よりも小さく見えるものの、日本の寺と違って豪奢な装飾はいかにも中華らしく見えた。こちらにも観光客がひっきりなしに訪れていて、料理屋は恵まれた立地条件だと思った。エクボまんが流行った理由のひとつも、観光地が隣にあるからなのだろう。
    15422

    related works

    recommended works