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    mp111555

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    mp111555

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    続きました。(前の話:https://poipiku.com/7155077/8279500.html
    中華街で仕事を引き受けたら事件に巻き込まれた話の続きです。霊幻は保護者としてモブを守りたいし、モブは事件を解決したい。

    ##霊とか相談所

    チャイナタウン事件簿② 働くことになったものの、初日は軽い研修を行うだけで良いと言われた。レジの使い方や接客の基本的な方法を博文から教えてもらう。開店は十一時からというのに、その一時間前からどんどんと店の前には人の姿が集まっているのが見えた。開店前から店を覗く人が出て来るあたり、本当に繁盛しているのだというのが伺える。
     接客業経験者である霊幻はすぐに要領を覚えて解放されたが、熱心にメモを取ってもすぐに応用の出来ない芹沢と、接客業はほとんど経験させて来なかった茂夫は、見かねた博文の母親が参戦してマンツーマンで教えられるようになっていた。
     彼らの邪魔にならないように、霊幻は外に出た。隣にあるお堂は横浜媽祖廟と呼ばれる、道教の神を祀る廟だ。ネットの写真よりも小さく見えるものの、日本の寺と違って豪奢な装飾はいかにも中華らしく見えた。こちらにも観光客がひっきりなしに訪れていて、料理屋は恵まれた立地条件だと思った。エクボまんが流行った理由のひとつも、観光地が隣にあるからなのだろう。
     高架のある幹線道路側を見ると、ひっそりと門が立っていた。朱雀門である。来るときに潜ってきたそれは、相変わらず閑散としていた。朱雀門から南北に走る、南門シルクロードと呼ばれる道路を北上すると、中華街大通りに繋がる道へと出るのだが、合流地点にある朝陽門は溢れるほど人が多いから、その対比が少し寂しくも見える。平日ということもあって、大通りのような中心地以外は観光客はまばらに散らばっているから、休日はもっと賑わうのだろう。学生の頃には見なかった店も増えていて、時代の移り変わりを感じてしまう。
     十分ほど軽く周辺をぐるりと回って戻ってくると、店の前には行列が出来ていた。時計を見るとまだ開店まで三十分はある。霊幻たちに泣きついてきた状況を目の当たりにすると、無碍に断るのは確かに可哀想に思えた。少なくとも霊幻だけで店を手伝っても焼け石に水だろう。
     霊幻が店に戻ってくると、二人の表情は冴えないものだった。
    「どうだ、調子は」
    「何とか……帰って練習しようと思います」
    「僕も頑張ります」
     二人の覚悟に何も言えずにいると、店の前で使う蒸篭を蒸す機械を準備し始めていた博文が霊幻に振り返った。
    「そろそろ開店準備を始めないと間に合わないので、また明日、午前中に来てもらえますか? ああ、あと宿ですけど僕が案内できるのは夕方からになるんですが……」
    「大丈夫ですよ、その間に荷物を取りに一旦戻ろうと思います。忙しいところ申し訳ない。芹沢、お前も泊まれるか?」
    「あ、はい。俺も手ぶらなので一緒に帰れるとありがたいですけど」
     霊幻と芹沢がやりとりをしているのを、期待に満ちた眼差しの茂夫が見ているのには気づいていた。だから、言うのは気が進まなかったが仕方ない。
    「師匠、僕も荷物取ってきますね」
    「モブは駄目だ、外泊許可ももらってないだろう」
    「じゃあちゃんと貰ってきます」
    「だーめーだ。俺が後日菓子折り持っていかなきゃならねぇんだよ」
    「そうだぞシゲオ、宿がどれだけの広さか知らねぇが芹沢と霊幻と三人じゃむさくるしいだろ。それに四六時中霊幻に無茶振りされるんだぞ、やめとけやめとけ」
     エクボに諭されて考え始める姿には少しだけ傷つくが、考え直すならそれに越したことはない。
     やりとりを見ていた博文も苦笑していた。霊幻は咳払いをして誤魔化す。
    「それじゃあまた夕方に伺いますので」
     外に出ると行列は先ほど見たときよりも伸びていて、芹沢も茂夫も驚いていた。
    「今日から手伝った方がよかったんじゃ……」と不安そうに芹沢が言う。
    「いや、いきなり働いても逆に手間を増やすだけだろう。そうだ、お前に接客を叩き込むいい機会だし、宿で特訓してやるからな」
    「ええ……」
     若干芹沢の返事が嫌そうに聞こえたがあえて無視して、茂夫に向き直った。
    「あと、モブはそのままでいい。むしろ使えないフリをしてくれ」
    「どうしてですか、師匠」
    「使い物にならない方が仕事を手伝わなくていいだろう。本当の目的は操っていた道術師を探すことなんだからな。エクボと一緒に行動して、危険があったらすぐに逃げるんだぞ」
    「なるほど……わかりました。それと別にうちの親に気を使わなくても大丈夫です」
     まだ泊まれないことに未練を持っているのがありありと分かるが、霊幻が首を縦に振ることはなかった。
    「大人は気を遣いあってちょうどなんだよ。だからお前や夜になったらちゃんと帰る、朝にこっちに来る、高校で遠いところに通うことになった時の訓練と思え。春休みが終わったら受験生だろ?」
    「高校は近くに通うつもりですけど……」
    「ふーん、どこかもう決めてるのか? ラーメン食いながら話そうぜ、腹減ったしな」
     話を逸らすことに成功すると間髪入れずに話題を切り替えた。
     食事の後に芹沢と霊幻は茂夫と別れて電車に乗り込んだ。人の少ない平日昼下がりの電車は、眠気が来るくらいに長閑だった。
    「霊幻さんは茂夫くんを危ないことに巻き込みたくないんですね。だから宿に泊まらせたくないんだ」
     電車の中で芹沢が切り出した。先ほど霊幻が頑なに拒んでいたことへの答え合わせだと分かって、霊幻は重たい瞼をこじ開けながら欠伸を漏らす。
    「それもあるが、人間は俺が担当だからな。目的と理由を聞き出して平和的な解決を試みるチャンスもあるだろ。まあ、もし無理だったらお前に手伝ってもらうことになるだろうが……」
    「そっちは俺のほうが慣れてるので任せてください」
     芹沢の顔を見ると、特になんでもないことのような表情で言うから、彼がそれまで所属していた組織のことを思い出す。
    「ギリギリまで控えてていいからな。暴力は使わないに越したことはない」
     ふと覚える危うさに、霊幻が伝えると芹沢は素直に頷いた。
     携帯を開いて、以前に撮っていた模様の写真をメールに添付して文章を打ち込んでいく。使うつもりのなかった保険を使わざるを得ないのが気が重かった。

     霊幻が調味市に戻っている間、茂夫は中華街の中心地を歩いていた。昼食のラーメンは普段霊幻と食べているようなにんにくの効いたこってりとしたものではなく、麺が細くてあっさりとしたもので、スープまで飲み干してしまったから、少しだけ体が重い。
    「しっかし、なーんか過ごしやすいんだよな。普通は居心地が悪くなるもんなんだが」
     茂夫の隣を浮遊するエクボが呟く。
    「過ごしやすいって?」
    「お前らと一緒にくるときに門があっただろ? ああいう門は結界になってるから悪い物を寄せ付けないんだよ。俺様は力があるから結界があっても弾かれることはないが、中は浄化されてる状態だから居心地はあんまり良くねぇのが普通なんだ」
    「へえ、言われてみたら浮遊霊も結構いるな」
     大通りの人混みの中には普段は茂夫が無視するような黒い影が見えた。良くないと感じるものは、エクボが何気なくそれを摘んで食べていた。店の前で買い食いしている人たちのようだと思う。
    「結界がちゃんと働いてないのも今回のことと関係あるのかな……でも、人を操ることと関係なさそうだし」
    「いいや、操るのは人間だけに限らねぇからな。前に魔津尾って言う悪霊使いがいただろ? 道術は式神を使うんだが、その式神の元になるものがいいものとは限らない」
    「エクボ詳しいんだね」
    「昔戦ったことがあるんだよ……思い出したくもねぇ」
     ぶるぶると体を震わせて、人間だと首を振るような仕草をするエクボにそれ以上問いかけるのは憚られた。
     仮にエクボの言うように、良くないものを呼び寄せているのが、人を操ったり力を使っている人と同一人物だとしたら、それは悪い奴だ。良くないものによって人に迷惑を掛けるのも、人を利用するのも傷つけるのも厭わないと言うなら、止める必要がある。
     茂夫がぼんやりと歩いていると、中華街らしい街並みが遠ざかって、学校のグラウンドが見えた。最初に来たときに通った門のある場所に来たのだと気づく。このままだと駅に行ってしまうと気付いたときには遅かった。門を通り過ぎてしまい、茂夫は引き返した。覚える違和感に辺りを見回す。誰もいない。そして、先ほどまで聞こえていた車の音が聞こえない。一切の音が消えていた。白昼夢のような景色に立ち止まる。
    「エクボ」
     異様な状況に対して、普段なら一番に騒ぐはずのエクボの名前を呼んで気付いた。彼の姿も気配も感じない。ここはどこなのだろう。
    「シゲオ、どうした?」
     一瞬の出来事だった。それまで覆っていた膜を潜ったように、声が降ってきた。次に車の走行音が聞こえる。隣を通り過ぎる人がいて、先ほど見た景色とは寸分違わない筈なのに、自分のいる世界に戻ってきたような感覚に振り返る。ただの門だった。何も感じなかった筈なのに。
    「……やっぱり変だよ、エクボ」
     得体の知れない感覚に、茂夫の腹の底がざわついた。

     しかし、また同じ場所に行こうと先ほどのように門の中に入っても同じことは起こらなかった。力を極力消しても、逆に意識して放出しても変化はない。
    「気のせいじゃねぇのか?」
     何度繰り返しても納得しない茂夫に、エクボが訝しそうに聞き返す。だが、茂夫は気のせいではないと断言できる。
    「他の場所でも同じことが起きるのか試してみよう」
     中華街には門が至る所に点在している。
     代表的なのは茂夫が通った延平門を含めた、朱雀、玄武、朝陽と名付けられた東西南北に置かれた門だ。エクボによると、朱雀と玄武は中国の霊獣なのだという。他の二つはおそらく延平門は白虎で朝陽門は青龍を指しているのだろうということだった。名前が変えられた理由については分からないと言われて終わりだった。
     それらに加えて、延平門のある西門通りと玄武門のある北門通りと中華大通りの三叉路に建つ善隣門。関帝廟通りを挟む天長門と地久門、最後に中華大通りと関帝廟通りを繋ぐ市場通りの前門と後門である市場通り門の、合計九門。
     同じことを試してみたが、いずれも結果は同じだった。何も変わらない。エクボの言うように、気のせいだったのだろうかと落ち込んでしまう。
     最後に試した朝陽門近くのコーヒーショップで休憩していると、携帯の着信に気づいた。この番号を知っているのは一人だけだ。
    「どこにいるんだ? もう帰ったのか?」と出て早々に霊幻に聞かれて、時間を見るととっくに昼食を終えて三時間経っていたことに驚く。
     三月は夕方の四時を過ぎても外がまだ明るい。昼間よりも少し影が伸びている程度にしか思わなかったのだ。慌てて茂夫は店に戻る。
     店の前にはキャリーケースを携えた霊幻と芹沢と、博文が店の前にいた。店の看板はクローズドになっていて、中の様子も伺えなかった。
    「すみません、調べてたら遅くなっちゃって」
    「そうか、今から宿に行くぞ。今日は場所を教えたら駅まで送って行くからな」
     いつも通りの霊幻と、「お疲れ様」という芹沢の労いに茂夫は安堵する。
     案内役の博文に先導されて門を出たところにある幹線道路を渡ると、景色ががらりと変わった。石畳のおしゃれな街並みは、茂夫が普段メディアで見るおしゃれなシウマイ市のイメージと相違ないものだった。
     そこから駅へと向かう道を歩き、駅が見える前に筋を曲がって、小さな住宅地にあるマンションの前で博文が立ち止まった。先ほどまで歩いてきた石畳の通りのような落ち着いた壁の色の低層マンションだ。
    「ホテルではないんですか?」と霊幻が聞いた。
    「はい、友人が民泊をやっていて、そこを借りました。霊幻さんも芹沢さんも、それぞれ寝室があるので自分の家だと思って使ってください」
     マンションの電子錠の番号を教えてもらい、建物の中に入る。マンションは階段しかないが、霊幻たちが泊まるのは一階だったから、電子錠の扉の真横にある黒い扉を博文が鍵を差し込んで開ける。
     第一印象はドラマで見るような家だった。リビングダイニングになった部屋は、手前がリビングで薄型のテレビの前には焦茶色のL字型のソファが置かれていて、その奥にはダイニングテーブルとカウンターキッチンがあった。壁にはパステルカラーの抽象画が飾られて、カーテンの色はクリーム色で、全体的に暖かみのある配色になっている。よく言えばお洒落で、悪く言えば無個性とも言えた。
    「俺の家より広いな……」
     霊幻が呟くのを聞きながら、茂夫は民泊自体が初めてなので思わず見回す。知らない人の家に入ったような落ち着かなさがあった。芹沢も茂夫と同じように、辺りをキョロキョロと見回して、「ドラマみたいな家ですねぇ」と茂夫と同じ感想を言った。
    「生活に必要な家具の他に電子レンジと炊飯器が付いてて、キッチンはIHになります。あと、洗濯機の場所と退去前に溜まったゴミを出す場所を教えておきますね」
     他の場所に向かうため部屋を出る三人とエクボを見送って、茂夫はソファに腰を下ろした。エクボは完全に野次馬だと思ったが、止める間もなかった。
     一人になってほっとすると喉の渇きに気づく。横着して超能力で水を入れようかと思うが、家と勝手の違う間取りでうまく出来る自信はなかった。諦めて立ち上がり、キッチンに向かう。この家に連れてきてもらえたということは、ここに立ち寄ることは許されたということだ。次に来るときは牛乳を買って持って来ようと決めた。
     キッチンで水を飲んでいると、霊幻たちが戻ってきた。明朝の時間を確認してから博文が帰っていく。
     三人とエクボだけになってからソファに移動した。茂夫はL字ソファの短い棒側に腰を下ろして、二人はその斜向かいに座る。
    「それで何か気づいたこととかあったか?」
    「はい、気づいたというか、変なことがありました」
     茂夫は先ほど遭遇した一瞬の出来事を伝える。
     霊幻は考え込むような仕草をしていて、芹沢も興味深そうに耳を傾けてくれた。
    「ネットで異世界に行った奴の体験談に似てるな」と、話を聞き終えた霊幻が言う。
    「あ、そんな感じです。別の世界みたいだった」
    「別の世界か……あ、もしかして空間を作ることの出来る超能力者ってことはないのかな?」
     芹沢の感想は、まったく別の角度と視点の内容だった。霊幻が顔を顰めた。
    「道術師の他にも超能力者がいるってことか? まあ、仲間がいるって可能性は捨てきれないが」
    「同一人物だったら厄介ですよね、ますます捕まえにくくなる」
     全員で頭を突き合わせて考える。茂夫もあの時の感覚を思い出そうとするが、なにしろ一瞬のことだった。印象だけが残っていて、他の感覚はすでに曖昧になり始めていた。
    「短過ぎてよく分からなかったけど……でも、あのとき身体が飛ばされた感覚はなかった」
    「俺様はずっと隣にいたから断言するが、シゲオが消えなかった瞬間はなかったぜ」
    「肉体はそのままあったってことは、強制的な幽体離脱が発生したってことか? それが本当ならやばいな」
    「一応、他の門でも試してみたけど同じようなことは起きませんでした」
    「じゃあ、発動条件が何かあるってことだな。……理屈が分からん以上こねくり回しても意味がないか。モブは次にあったら気をつけろよ、長居せずにすぐに戻ってこい」
     いつになく真剣な霊幻に、先程の出来事がどれだけ危うかったのか、ようやく実感が湧いてくる。
     人の精神を無理やり引き剥がすことが出来るのなら、それこそ操ることのできる人形を道術師が手に入れられると言うことになる。
     仮に別の超能力者の特殊能力だったとしても、脅威であることには変わりなかった。精神世界での戦いは、過去に一度だけ経験済みだ。想像力の強さで勝敗が決まる。だけど、今回のケースはアレではないと自分に言い聞かせた。第一、こんなのは彼らしくない。
    「霊幻の言う通りだ。精神と肉体の時間は違うからな、長居するとまずいことになりやすい」
     エクボも同じことを思い出しているのだと確信した。悪霊になった霊能力者、最上啓示。彼との対決で、精神攻撃の恐ろしさは身に染みて知っている。
     芹沢も霊幻も、エクボの言葉を笑い飛ばしたりはしなかった。

     翌日の朝、茂夫が店に向かうと、すでに霊幻と芹沢が開店の準備をしていた。
    「どうしたんですかその格好」
    「どうだ、似合ってるだろう?」
     入って目に入ってきた姿に茂夫は驚いた。二人ともいつものスーツ姿ではなかったからだ。霊幻が得意げな顔をして色付きのサングラスのブリッジを指で押し上げる姿に、何とも言えなくなる。黒地に金の龍の刺繍が施されたチャイナ服は、決して似合っていないわけではない。むしろ似合っているのだが。
    「その格好、ますます胡散臭くなってるぜ」
     率直なエクボの感想がしっくりきてしまった。
    「霊幻さんが中華街っぽい格好をさせてくれないかって、博文さんに頼んだんだよ。俺のはここの制服なんだけどね」
    「芹沢さん、格好いい」
     白いチャイナ服は芹沢の体格を一層よく見せていた。と言うよりも、普段はスーツだから分かりにくいが、元々鍛えているのだろう。茂夫が憧れる肉体美に目が輝く。
     芹沢は照れくさそうに笑って、「そうかなあ」と満更そうでもない呟きを漏らしていた。
    「胡散臭いのは霊幻だけだな」
     辛辣なエクボの発言に、霊幻がじとりと睨みつけた。
    「何度も言うなっての。俺はテレビにも出た有名人だからな、ちょっとした変装が必要なんだよ。分かるだろう?」
    「確かに、スーツ姿じゃないと師匠って分かりませんもんね」
    「そう言うことだ。あと美友さんがモブにも服を用意してくれてるぞ」
    「僕に?」
     茂夫が驚いていると、「シゲオ」と霊幻が美友と呼んだ店主の奥さんに呼ばれて振り返る。笑顔で腕を引かれて、この間行った倉庫まで連れて行かれた。霊幻と同じ黒いチャイナ服とズボン、そして上着として淡い水色のジャケットを渡された。
     促されるまま部屋に入って服を着替えても、鏡がないので自分の格好は分からない。
     それでも部屋を出て、外で待っている美友に「似合ってる、すごく」と手放しに褒められて、気持ちが上向きになる。
    「へへ、嬉しいです」
    「それ息子が小さい頃に着てたやつだからね、シゲオにあげるよ」
    「えっ、あ、ありがとうございます!!」
     慌てて礼を重ねて言うと、笑われて顔が熱くなった。
    「おお、モブ。俺とお揃いの服か。よく似合ってるじゃないか」
    「上の明るい色のジャケットもいいね」
     階段を降りて戻ってくると、芹沢と霊幻にも服を褒められた。律や家族以外に服装について褒められるのは久しぶりで、面映さよりも自信が湧いてくる。
    「まあ悪くねぇな」と、普段は辛口のエクボにも言われたから、服を選んでくれた彼女への感謝の念も一層深くなった。
    「俺ら二人で仕事するってことになったから、お前はエクボと一緒に行動してくれ。エクボ、頼むぞ」
    「当然だ」
     こうして茂夫の二日目の調査が始まった。
     茂夫とエクボは開店の前に店を出る。外は雲ひとつない晴天だった。店の前は相変わらず行列が出来ていた。あと二、三日は高気圧が居座って晴れ間が続くと朝のニュースで言っていたのを思い出す。
     昨日は何も成果は得られずに落ち込んだが、家に帰って一晩寝るとだいぶマシになっていた。
     中華街に来て気づいたことだ。相変わらずの霊幻の的確な助言に感心する。それに加えて服を褒められたことで、茂夫の機嫌もすっかり上向きになっていた。
    「それで今日はどこから調査するんだ?」
    「うーん……ところでなんでエクボも変装してるの?」
    「そりゃあ、俺様は有名人になっちまったからな」
     辮髪に髭を付けたエクボの姿は、霊幻と同じくらいに怪しく見えた。変装と言っても形と色でバレてしまうのでは……と思ったものの、茂夫は言えなかった。客引きの占い師も、エクボのことを見ている人もいた。霊視を謳っている場所でも、本物の霊能力を持っている人がいるんだな、と思う。
     調査を本格的に始める前に、露店で苺飴を買った。串に突き刺して飾られた苺の飾りが至る所にあって、昨日からずっと気になっていたのだ。
    「これ、ずっと食べてみたかったんだ」
    「まあ、腹が減っては戦は出来ねぇからなぁ」
     うまく話を逸らせてほっとする。実際に出された苺飴は、店の前に飾られたサンプルよりも苺の量が少なく、正直に言えば物足りない。ただ、一つ齧ると薄くコーティングされた飴の甘さと、瑞々しい苺が口に広がっていく味わいに目を見張らせた。
    「おいしい……」
    「お前さん、初めて食ったのか?」
    「うん、お祭りのりんご飴よりおいしいや。お母さんたちにも教えてあげよう」
     あっという間に一つ、また一つと食べてしまい、串を片手におろおろしていると、店主が笑って手を差し出してくれた。昨日中華街を歩いて気付いたことだが街中にはゴミ箱がなかった。店の前で買い食いしている人たちは、店に食べ終えたゴミを渡すためだと納得する。
     中華街に行っていることは、当然家族には話していた。両親は家族でまた中華街に行こうという話で盛り上がったし、春分にお祭りがあると伝えたら、ちょうどいいと俄然行く気になっていた。
     一方で律は、茂夫がしていることを全て知った上で心配していた。付いて行きたそうにしていたし、霊幻と同じく危険には近付かないように言っていた。
     一度大きな暴走をして以降、力はだいぶコントロールが出来るようになった。とはいえ、家族に危害が加えられたらまた我を忘れてしまうこともあり得る。自分に対する脅威は立ち向かえるようになったが、周囲の人々が傷付けられたときも平静でいられるかというと、そちらの自信はまだなかった。
     だから家族が来て無事に楽しめるように、中華街の脅威をなんとしてでも取り除きたい。
     腹ごなしを終えて、茂夫は中華街の玄関口である朝陽門へと向かった。今度は逆回りで調査しようと決めていた。
    「超能力者でも道術師でも、自分の念を込めた道具かその場にいる必要がある。一日歩いて妙な奴に会わなかったことを考えると、道具を使った可能性が高いだろうな」
    「うん、そうだね。道具探しと……あの妙な場所の気配も探ってみる。結界の中に入ったら手がかりを見つけられるかもしれない」
    「霊幻がやめとけっつってたのに……頑固さが年々酷くなってるな」
     エクボの飽きれた声にも茂夫は耳を貸さなかった。
     門の近くにある道路標識や、説明書きなどに妙な術が仕掛けられていないかを調べる。往来が激しいこともあって茂夫たちの姿を不審がる人はいなかった。誰もが門にスマホを翳して写真を撮るのに夢中だったし、それを終えたらすぐに通り抜けていく。
     ひと通り探しても目ぼしいものもなく、朝陽門の隣にあるゲームセンターの駐車場を通り過ぎようとして、ふと違和感を覚えた。
    「どうしたシゲオ」
    「……あの駐車場、おかしい気がする。妙に静かだし、気配がない」
    「言われてみりゃあ確かに。変な気配じゃなくて、気配がないな」
     ゲームセンターの入り口は人の出入りが見えるだけに、異様さが際立っていた。茂夫が足を進めると、エクボも後ろを付いてくる。
     中に入った瞬間から、外の景色は無人に変わっていた。絶えず車が走り抜けていた大きな道路も、車一台走っていない。
    「エクボ、いる?」
    「おう……本当に別の世界みてぇだな。何も感じないのが薄気味悪いぜ」
     今回はどうやら二人であの場所に来ることが出来た。建物に反響する、ガンッと金属に何かがぶつかる大きな音が響き、動物の悲鳴が重なった。エクボと茂夫が顔を見合わせる。
     タワー式の立体駐車場は4番まで番号を振られた車を入れる車庫が並んでいた。手前のプレートは4で、音のしたほうは奥側だった。走って向かうと、1と書かれた車庫の中に倒れた小動物が目に入った。
    「……うっぜえな、早く死ねよ」
     蹴り飛ばしたのは黒いパーカーを羽織った青年だった。身長は霊幻と同じくらいで、筋肉はあまりついてないのは服の布の余り具合で分かる。細い体躯に反して、力強い足取りで倒れた小動物のほうに近付いていく背中が見える。足を引き、蹴り上げようとする様子に、反射的に小動物を超能力で持ち上げた。空振りする足にも身体はよろける様子を見せていない。
    「やめなよ、いじめるなんて可哀想だ」
    「は?」
     茂夫が背中に向けて言い放つと、すぐさま振り返った青年と目が合った。あからさまに不機嫌そうな声は低く掠れて、車庫の中で反響する。
    「んだよテメェ、なんで低級霊と人間がここにいる?」
    「ああん? 低級じゃねぇぞ舐めてんのかコラ」
    「あんたがこの空間の主か。なんで中華街でこんな空間を作ってるんだ?」
     不揃いに切られた黒髪からギラついた目に睨み付けられる。
     彼の向こうにいる小動物が意識を取り戻したように、宙を足で掻いている。一見すると猫のようにも犬のようにも見えるが、何かは分からない。彼の意識がこちらを向いているうちに降ろしている間に、青年が一気に距離を縮めてきた。
    「俺が聞いてんだよ、質問に答えろや!」
     一息に縮まる距離とともに、エネルギーの塊を纏ったパンチが飛んでくる。エネルギーの塊のほうを弾くと、拳の動きも止まった。驚いたように青年の一重の目が大きく見開かれる。
    「何者だ? 先生の敵か?」
     明らかに警戒したように身を引いて、睨み合う。踏み込まれる間合いを空けるように茂夫も後ろに下がった。
    「先生って道術を使う人?」
     茂夫が聞くと、今度はエネルギーを纏わない拳を顔面にぶつけられて身体が吹っ飛んだ、
    「はっ、やっぱり力が使える奴はコレが一番効くんだよなぁ」
    「おい、大丈夫か!?」
     鼻の奥から喉にかけて流れ込んでくる不快な感触に顔を顰めた。濡れた感触が唇まで滴って、指で拭うと赤かった。鼻血を自覚した途端に、殴られた顔の痛みが広がって涙が滲んでしまう。
     起き上がる前に脇腹目掛けて蹴りが飛んでくる。腕で咄嗟にガードすると、重みの乗った蹴りで指先まで痺れた。身体を丸めて防御姿勢を取って、超能力で身体を覆うと走る衝撃と痛みを和らげられた。だが反撃の隙を与えないように蹴られ続けると必要以上の攻撃を与えるしか選択肢がなくなってしまい、身動きが取れなくなる。
    「なあ、お前どこの奴だよ。っつーか先生が言ってた奴か? ほら、答えろよ、なあ」
     蹴りを入れられ続けて答えられる訳がなかった。笑うような声に変わっていくのを聞きながら、無意識に彼を吹き飛ばそうとするエネルギーを反射的に抑え込もうとしてしまう。
     ——抑え込むな、自分の身を守るために使えばいい。
     唇を噛み締めると、頭の中で叱咤する声が聞こえた。
     そうだ、もう自分は傷つける以外に色々な能力の使い方を知っているのだ。
     身体を超能力で支えて起こし、同時に蹴ろうとした足を持ち上げるようにして力を当てた。吹き飛ばす程ではないが練ったエネルギーの密度は蹴り上げられず、足を取られた青年が体勢を崩して手を付いた。
    「今のうちに逃げるのです、少年!」
     手に反動を付けて立ち上がろうとする青年ともエクボとも違う誰かの声が聞こえて驚いた。
    「お二方とも脱出しますよ! 緑のお方は私に触れていてください!」
     声はするのに見えない。辺りを見回していると靴に何かが当たる感触がした。先ほど助けた小動物が靴を噛んで引っ張る動きに合わせて、視界が流れていく。
    「うわわ」
     慣れない感覚に茂夫が声を上げる。
     視界がぐるりと反転して、六角形の天井と、見慣れない欄干が見えた。
     身体を起こして辺りを見回す。人の往来と、その手前のベンチに座っている人々が背もたれになる柵の向こうに見える。
    「ここは……」
    「山下公園です。ここなら関帝様も見張っておられるので、ここは大丈夫ですよ」
    「マジかよ、居心地悪過ぎるぜ。おいシゲオ、俺は料理屋行ってるぞ」
     エクボが飛んで行ってしまい、残されたのは茂夫と小動物だけだった。改めて日の下で見ると、奇妙な形をしている生き物だった。大きな口、垂れた耳に短い尻尾。ふわふわの毛は白に近い金色で、見た目は犬のようでもあり猫のようでもある。というよりもどこかで見たことのある形に首を捻る。
    「君は誰?」
    「私は媽祖様をお守りする石獅でございます。本来であればタテガミも立派な獅子の姿をしておりますが、今は残念ながら力が足りずこのような身しか取ることが出来ません。それもこれも、先ほどの子どもと道術師のせい」
     くう、と悔しそうに顔を隠す仕草は、猫の毛繕いにどこか似ていた。迫力よりも可愛らしさが際立って、可哀想だと茂夫は思わず同情した。
    「大変なんだね……媽祖様って、媽祖廟に祀られている神様?」
     小獅子の言葉に、店の隣にある媽祖廟を思い出す。その中にある石獅と言われて納得がいった。見たことがあるわけだ。
    「その通り。ですが今はこの中華街を守る朱雀様、玄武様、白虎様、青龍様が力を封じられ、媽祖様のおわす廟も彼らの手に落ちてしまいました。辛うじて逃げられたのは私一匹だけ。何とか彼らを倒そうとしたのですが……返り討ちに遭っていたところを助けていただき、誠にありがとうございました。お名前を教えていただけますか?」
    「僕は影山茂夫。君を助けられて良かったよ。ところでその話、もっと聞きたいんだけどいいかな。あと、他にも聞かせたい人がいるんだ」
    「おお、お仲間の方々もおられるのですね。勿論、お話を聞いていただけると嬉しい。そして、助けてくださったあなたに更なるお願いをしたいと思っているのです。どうか、媽祖様を、そして中華街を助けていただけないでしょうか。封じられた力を取り戻したいのです」
     頭を下げる小獅子に、茂夫は笑いかける。頭を撫でると、ふわふわとした柔らかさと陽だまりのような暖かさが伝わってきた。
    「いいよ、僕たちの目的も同じなんだ。君に協力するよ」

     夕方になって店が閉じられて、ディナータイムに向けての仕込みが始まる。
     霊幻と芹沢は店を出てマンションへと戻った。幸い、ディナータイムはエクボまんの販売がないからかバイトは免除されていた。
    「つ、疲れた……」
     一日でへとへとになった芹沢の身体は斜めになっていた。接客業に慣れてきたとはいえ、飲食店はまた別の大変さがあるから仕方ない。
    「今日と明日が土日だしあと一日頑張らないとな」
    「明日もあるんだ……お客さんいっぱいいるところって大変なんですね。霊幻さんの相談所に戻りたいです」
    「そりゃ嫌味か?」
    「ち、ちちち違います! すみません!」
     慌てる芹沢を笑い飛ばして、到着した玄関の電子錠を開ける。内側の鍵を開けようとポストの中を探ると鍵がなかった。
    「やっと戻ってきたな、中でシゲオが待ってるぜ」
     扉をすり抜けて来たエクボの姿にほっとする。一日目で空き巣に入られるのはハードモード過ぎる。そんなことを考えるのも映画の見過ぎだろうか。
    「何かあったのか?」
    「色々とな。詳しい話は後だ」
     どうやら玄関先で立ち話して終われような内容ではないらしい。芹沢を促して内側の鍵を開けさせた。
     中に入るとソファに座っていた茂夫が立ち上がるのが見えた。それと同時に腕に抱えられた生き物に視線が向く。
    「お前、どうしたんだよその猫」
    「猫ですか?」
    「猫じゃねぇんだが、霊幻にはそう見えるのか」
     じゃあお前らにはなにに見えているんだと背中に汗が伝う。
    「なんだろう、犬のような猫のような……」
     芹沢にも別の生き物に見えるというから、普通の動物ではないのは明らかだった。
    「獅子です」
    「うわ、喋った」
     霊幻にも聞こえた声は、茂夫の腕の中の猫から発せられたものだと分かった。
     獅子と言われても、霊幻には黄金色の長毛種の猫にしか見えない。耳も三角だし、尻尾も見るからにふさふさとしている。触り心地の良さそうな毛並みに視線が自然と釘付けになった。
    「彼らが茂夫様の同胞なのですね。特に右のお方は随分と強い力を持っておられる。あなたが茂夫様のお師匠様ですか?」
     自称獅子の猫に聞かれた芹沢は、「あ、え、いや、」と言葉に詰まりながら霊幻を見ていた。
    「モブの師匠は俺だ。……ところでミルクは飲むか?」
     芹沢からのサインを受け取った霊幻が事もなげに言う。猫は目を丸くしていた。「それ、僕が買ってきた牛乳ですよね」という弟子の言葉は聞かない振りをした。
    「……という訳でして、封じられた力を取り戻すと茂夫様が引き受けてくださいました」
     茂夫と出会ったときの流れを説明する猫が、牛乳のついた口元を舐めて満足そうに顔を洗っていた。
     昨日と同じく二人掛けのソファに芹沢と霊幻が座り、その斜向かいにいる茂夫と、その膝の上で座る姿はますます猫にしか見えない。
    「モブは引き受けたらしいが、保護者は俺だ。決定権はこちらにある」
     霊幻がはっきりと言い切ると、猫の耳が下がった。罪悪感が刺激されるものの、霊幻も譲れなかった。
    「引き受けていただけないのですか?」
    「それはこっちの質問の答えを聞いてからだ。俺たちの目的と共通するところはあるが、違うところもあるからな。その結界を復活させるメリットは? 道術師の目的は知ってるのか? お前らを襲った子どもはどんな能力を持っている? あと、その異変っていうのはいつから始まったんだ?」
    「結界を復活させれば、私も本来の力を取り戻し、道術師たちを追い出すのをお手伝いすることが出来ます。今は道術師の術によって中華街に悪い気が入りこみ、良い気が減っている状態です。放置すればますますここの気の流れは悪くなるでしょう」
     真剣な表情の猫に、霊幻はポーカーフェイスを崩さずに続きを促した。
    「それで?」
    「道術師の目的は、媽祖祭に合わせて何かをするつもりです。何をするのかは分かりませんが……媽祖様の本体は空間に閉じ込められていて、今の媽祖廟は空っぽなのです。我らの聖域を悪行をなすためでしょう。私はそれが悔しくて堪らないのです」
     くしゃっとした顔になった猫に、思わず同情の気持ちが湧いてしまう。
    「空間っていうのはなんだ?」
    「子どもの能力でございます。彼は自分の周囲に空間を作ることが出来るのです。空間は常世と隠り世の間のようなもの。その中に入れば外部から気配を察することは難しく、彼の力は芹沢様に引けを取りません」
     芹沢の顔つきも真剣なものになる。敵はかなりの強者ということだ。
    「僕も……彼と戦って、道術師とも戦うのは出来なくはないけどしんどそうだなと思います」と茂夫も頷いた。霊幻が口元に指を置いて考える。
    「それは厄介だな。もし門の結界を復活させれば媽祖祭で起こすことを止められるのか?」
    「媽祖様が力を取り戻せたら空間から抜け出すことも出来るので、媽祖様の前では道術師も思うように力が振るえない筈です。目的は阻止できるでしょう」
     言い方に引っかかったが、そこはあえて突っ込まないことにした。筈、というのは期待も込めて五割から七割くらいということだ。それよりも、思った以上に時間がないのが気にかかる。
    「媽祖祭ってもう三日後だろ。媽祖廟になにか仕掛けられているんだよな? それを解除するのは出来ないのか?」
     今日は十八日。媽祖祭は二十一日だ。猫が力無く首を振る。尻尾も微動だにしておらず、心がぐらついた。動物が悲しんでいる姿というのはエクボが悲しむ姿よりも心が刺激されるとつくづく思う。
    「私のような存在は入ろうとしても弾かれてしまうのです。能力を持たないものだけが入れるように術を掛けられているのでしょう」
    「じゃあ俺たちも入れないのかな。入らなかったから分からなかったけど」
     芹沢の独り言を聞きながら、霊幻は自分だったら入れるだろうと考える。ただ、自分だけが入れても、仕掛けられたものの解除は出来ない。門の結界を復活させるほうが遠回りではあるが確実のように感じられた。
    「その道術師について知ってることはないか?」
    「女性である、ということだけです。そして道術にとても精通していることは確かです。見た目は芹沢様ぐらいの歳の頃でしょうか。ですが道術は仙道でもあるので、術を自身に掛けていれば容貌は如何様にも変えることが出来ます。強い力の持ち主なので、彼女の結界封じがどこにあるのかも、今の私には分からないのです」
    「それで、モブがそれを見つけて壊して欲しいって言うんだな」
     ようやく最初の話に着地して、ふうと霊幻が息を吐いた。
     三日以内に道術師の結界封じを壊すというのは、茂夫と芹沢とエクボがいれば出来なくはないだろうと思う。だが、それもすぐに見つかって妨害されるだろう。力が未知数の道術師と、芹沢と同じくらい強い子どもによって。普通の霊能者だったり超能力者ならまず太刀打ちできない。そう、普通であれば。
    「師匠、手伝えないですか?」
     ダメ押しするように茂夫が言う。
     ここには例外的な力を持つ超能力者がいるから、妨害されてもなんとかなる可能性はある。脳裏に意識を失った茂夫の暴走が頭を過ぎる。瞑目して覚悟を決めると、霊幻は猫に向き直った。
    「……危険だと思ったら俺たちはすぐに手を引くぞ。手伝うが、解決する責任は負えない」
    「ありがとうございます!」
     猫の耳がぴんと立ち、興奮に広がった瞳孔がはっきり見えた。不安はあるが、闇雲に道術師を探して倒すよりは勝算はある。それに、今逃げてもまた連れ戻されるだろうという予感はしていた。それならば自分がいる場所で最善を尽くして後は逃げるほうが危険は少ない。後手に回らない、という意味では。
     上機嫌に喉を鳴らす猫を抱き締める茂夫を見て、霊幻も一度触らせてくれないか聞こうとして、やめた。
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    mp111555

    DONE続きました。(前の話:https://poipiku.com/7155077/8279500.html)
    中華街で仕事を引き受けたら事件に巻き込まれた話の続きです。霊幻は保護者としてモブを守りたいし、モブは事件を解決したい。
    チャイナタウン事件簿② 働くことになったものの、初日は軽い研修を行うだけで良いと言われた。レジの使い方や接客の基本的な方法を博文から教えてもらう。開店は十一時からというのに、その一時間前からどんどんと店の前には人の姿が集まっているのが見えた。開店前から店を覗く人が出て来るあたり、本当に繁盛しているのだというのが伺える。
     接客業経験者である霊幻はすぐに要領を覚えて解放されたが、熱心にメモを取ってもすぐに応用の出来ない芹沢と、接客業はほとんど経験させて来なかった茂夫は、見かねた博文の母親が参戦してマンツーマンで教えられるようになっていた。
     彼らの邪魔にならないように、霊幻は外に出た。隣にあるお堂は横浜媽祖廟と呼ばれる、道教の神を祀る廟だ。ネットの写真よりも小さく見えるものの、日本の寺と違って豪奢な装飾はいかにも中華らしく見えた。こちらにも観光客がひっきりなしに訪れていて、料理屋は恵まれた立地条件だと思った。エクボまんが流行った理由のひとつも、観光地が隣にあるからなのだろう。
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