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    12/17発行の芹霊新刊の一話目になります。

    通販は👇
    https://ecs.toranoana.jp/joshi/ec/item/040031123679

    #芹霊
    Serirei

    ふつうの生活 一話目 1

     依頼人の女性は、芹沢が持ってきたお茶に手をつけようとはしなかった。
     霊とか相談所に来る相談は霊幻が数年前にテレビ出演で起こした騒動を経てから、七割は肉体的な不調によるもので、三割は本物の心霊相談になっていた。
     今回の相談は三割のうちに入るものだと、霊幻は感じていた。根拠はないが、この仕事を長くやっているので大体当たる。
     湯呑みからは淹れたばかりのお茶の湯気が浮かび上がる。女性の膝の上に揃えられた手に皺は少なく、ベージュに塗られた爪はきれいに整えられている。落ち着いた焦茶の髪色と地味な化粧に、パンツスーツ姿が、女性の周りに流されない意思の強さと有能さを教えていた。
     先に書いてもらったアンケート用紙には名前と電話番号、自由記入欄に年齢と職業と住所、そして相談事があるが、彼女——宝城まり子はすべてを埋めていた。四十三歳、金融業。住所は調味市内になっている。相談事は霊障に丸がついていた。
     几帳面そうな、ともすれば神経質そうな人間の大多数は幽霊や超常現象を気のせいと片付けるのだが、実害があるのだろう。固い表情はそれだけ切羽詰まっているということだ。
    「今年の初めから変なことが起こるんです。インターホンが鳴って出ても誰もいなかったり、視界の端に人の姿が見えているのにその方向を見たら無人だったり」
     今は十月だ。開口一番に流暢に相談内容を語るところからして、頭の中で何度かシミュレーションしていたのだろう。
    「それは大変でしたね。何か心当たりはありますか?」
     お決まりの質問に、女性が唇を結ぶ。悲壮な色が目に浮かび、それを見せまいと伏せられた。
    「去年、婚約者が亡くなりました」
     死因は交通事故だったらしい。男性は部下の富田洋介、年齢は三十五歳。両親に挨拶は済ませていたものの、婚約は会社には伏せていたので、通夜だけ出席して葬式には出なかったと言う。
     最初は何事もなかったが、四十九日が明けてから身の回りに異変が起き始めた。
     宝城よりも両親の方が婚約者が亡くなったことにショックを受けていて、親しい友人も非科学的なものに対しては否定的、冷笑的な見方の人間が多く、相談できる相手がいなかった。このままだとノイローゼになると思い、カウンセリングに行ったことで心に余裕ができて、ここに行き着いたのだという。
    「もしかしたら死んだ自覚がなく、あなたのもとに訪れていると言う可能性はありますね。霊の姿は……」
     言いながら芹沢に目配せをする。首を横に振られて、「今はいないようですが」と続ける。
    「実は死ぬ前の日に彼と喧嘩したんです」
     霊幻が繭を持ち上げる。宝城は言葉を続けた。
    「洋介は海外転勤に行くことに決まったんです。うちの業界では出世コースなので転勤が終われば昇進するはずでした。結婚式を済ませてから行くか、転勤を終えてから結婚をするかで揉めました。もし転勤の前に結婚するとなったら私は会社を辞めて彼について行くという話になるので、私にとっては大ごとだったんです」
     今抱えている仕事もあるし、すぐには返事ができない。あなたのことは愛しているし、結婚したいと思っているけど今すぐにあなたの都合で決めてしまうのは納得できない。
     宝城に対して、結婚したいと富田は引かなかった。転勤期間は平均で一年から二年だが、もし大きなプロジェクトが入れば数年戻れない可能性だってある。言っていることは立場や価値観の違いから来る衝突だから、どちらが悪いと言う話ではない。埒が開かなかったのでお互いに冷静になるために、彼は家に帰った。
     言い争いの翌日、出社して来ない彼を気にして連絡を入れても、電話が繋がらなかった。その日の夕方に、彼の家族から連絡が入って訃報を聞かされたのだという。出社しようとして家を出たときに居眠り運転のトラックに突っ込まれて即死だった。
     説明を終え肩を丸めた姿は、先ほどまでの張り詰めた空気が抜けて萎んでしまったかのように、一回り小さく見えた。手を組み、少し前のめりの姿勢で聞いていた霊幻が背筋を伸ばして胸を叩く。不確実なものを対処するときに、一番いいのは自信を見せることだ。
    「この霊幻新隆にお任せください」
     顔を上げた宝城の目に、かすかな希望が浮かんだように見えた。
     ひとまず異変が起きたら連絡を入れてもらって家に伺うということで、相談料だけもらって宝城は帰って行った。
     二人だけになってから、沈黙が落ちる。
     元々そこまで雑談はしない方だ。トメがいるときは彼女から話を振られることで会話をするが、四六時中一緒にいると言うのもあって、そもそも話題がないのだ。
     普段なら特に気にならないが、今日は妙に重たく感じられる。霊幻はデスクに戻ってパソコンを睨んでいるが、特に仕事もしていなかった。メールの画面を開いてマウスをぐるぐる動かし、クリックの動作でそれらしく見せていた。
    「……さっきの人」
     芹沢が受付のデスクで、広げた宿題から顔を上げずに口を開く。来た、と霊幻は身構える。
    「霊幻さんに似てましたね」
    「言うな、それは俺も思ったけど」
     そう、芹沢と霊幻で、数日前に似たような喧嘩をしたばかりだった。

    「司法試験を受ける?」
    「司法試験の前に予備試験っていうのを受ける必要がありますけど、将来的に受けたいと思ってます」
     事の発端は、本格的に肌寒くなり始めて、エアコンをいつ頃付けるかを検討し始めた午後のことだった。換気のために芹沢が開けた窓から冷たい空気が入り込み、晴れた日差しで温まった部屋の空気が入れ替わっていく。
     外からは車が走る音とどこかで工事をしてる音、それに人の話し声が聞こえる、いつもの午後だった。
     芹沢は定時制の中学を卒業し、定時制の高校に進学して二年目が過ぎていた。
     もう一人の従業員である影山茂夫ことモブは、隣県の大学に進学してキャンパスライフを謳歌し、弟の律は国立大学に進むために予備校に通っていた。
     霊とか相談所は開業して十年が過ぎ、モブが就職するまでは芹沢とエクボと四人体制で続けていくものだと、漠然と思っていた。
     それがどうした。司法試験ってなんだ。彼との今までの会話を思い出しても、予兆となるものはなかった筈だ。固まる霊幻をよそに、芹沢は面映そうに頬を掻きながら会話を続ける。
    「前に霊幻さんが訴えられそうになったときあったじゃないですか。あの弁護士さんから、法律家に向いてるんじゃないかって勧められて」
    「あいつと連絡取ってたのか?」
     さらに衝撃の事実を知らされて、今度は露骨に表情に出ていたのだろう。言葉を選ぶように間があって、順を追って芹沢が説明し始めた。
    「えーと、一週間くらい前だったかな。霊幻さんがシゲオ君と日帰りの除霊に行ってたときに相談所に来て、俺が依頼を受けたんです」
    「聞いてねぇぞ!?」
     思わず霊幻が語気を強めると、芹沢は戸惑ったような表情を浮かべた。あ、これは言ったんだな、と認識を改めて、頭の中で記憶を引き出そうとする。
    「霊幻さんが戻ったときに依頼があったんで、報告もしたし受け取った代金も渡しましたよ」
    「誰からのとか聞いてないんだけど?」
    「そのときは来たのが常連か聞かれたので、そうじゃないって答えましたけど、誰かとかは特に聞かれなかったので……一応アンケート用紙は書いてもらって机の上に置いておきました」
     霊幻がデスクの引き出しを開けようと手をかける前に、芹沢が先に超能力で開けた。ひとりでに開いたそこから、依頼人のアンケート用紙をまとめたファイルが宙に浮かび上がり、デスクに降ろされる。特定のアンケート用紙の場所を開いて見せられると、霊幻が覗き込んで眉を顰めた。
    「あの弁護士の名前なんて知るかよ……」
     思わず小声で一人ごちる。
     小森信男という名前と、相談事の部分で霊障に丸をつけられただけで他は一切書かれていない。飛び込み客だとよくあることだ。そして心霊関係だった場合リピーターになることはないので、覚えておく必要がないと判断したのだろう。入所して五年目になる芹沢はマッサージも除霊もどちらも難なく対応できるようになっていた。
    「……それで、どうしてお前が司法試験を受けるって話になったんだ?」
    「高校を卒業してからの進路が決まってないことを相談したんです」
     芹沢は時々、こうした距離感のなさを発揮する。依頼者にそんな相談をするか普通。だが生い立ち自体が普通ではない彼の中の普通は、霊幻とは違う。良い意味でも悪い意味でも空気を読まないのだ。それも個性だと納得しているし、悪いとは思っていない。モブも似たようなタイプなので霊幻も慣れていた。
     それよりも。
    「卒業したらウチで働くんだろ?」
    「はい。あと、大学に行くっていうのもいいなと思ってたんですよ。同じ定時制でも大学は普通に通いたいって受験希望の人が結構いて、勉強会とかも開いてるんです。でもここで仕事をするのにどんなことを学べばいいのか分からなかったから聞いてみました」
     色々と言いたいことはあったが我慢して、「それで?」と霊幻が続きを促す。
    「今は弁護士も、色んな資格を取って専門分野に特化してるから、俺の強みを活かして心霊現象に対応できる弁護士を目指してみるのも良いかもしれないって言われました」
     なるほど、と納得してしまった。さすが弁護士と言うべきか、口が上手い。そして自分の土俵でしか語らない浅はかさに霊幻は嫌悪感を露わにする。
     それにも気がついていない芹沢は喋り続ける。もう彼の中ではその気になっているのだ。傍目から見ても分かるほどに。
    「弁護士になるには二つ方法があって、大学院まで行って司法試験を受けるっていうのと、予備試験を受けて司法試験を受けるっていうのがあって。さすがに大学に六年いるのはお金がきついと思ったので予備試験を受けることにしました」
    「ふうん」
     芹沢の話を聞きながら、霊幻はブラウザを立ち上げて、サーチエンジンの検索バーに「弁護士 予備試験」と入力した。
     正式名称は司法試験予備試験という。独学がサジェストに出てくるのを見るに、芹沢のような大学進学を経済的な理由で断念したり、事情のある人間のための救済措置なのだろう。合格率は3.6%。非常に狭き門というのがその合格率だけで分かる。
     霊幻がパソコンから顔を上げると、いつの間にか芹沢が目の前に立っていた。
    「俺、ずっと考えてたんです。新隆さんの隣にいるのにふさわしい男になるにはどうすればいいかって」
     二人でいるときの呼び方に、霊幻の心臓が跳ねる。
     芹沢と交際し、恋人関係になってからそれなりの年数は経っているが、彼の深く優しい声で名前を呼ばれるのにはいつまで経っても慣れなかった。芹沢はモブと似て、呆れるほど素直なところがある。世間擦れした霊幻からすると眩しくなる。
    「これからもここで働きたいので、独り立ちしたいんです」
     その言葉に、霊幻は素直に頷けなかった。
     それから霊幻は畳み掛けるように、仕事の厳しさを語った。いいか芹沢、弁護士っていうのは人の人生を背負う責任があるんだ。捕まった人間の弁護をして、ミスをすればその人が罪を犯していないのに刑務所に入ることになる。人生を背負う責任と覚悟を身に付けられるのか?
     それに対する芹沢の反論はこうだ。相談所に来る人はみんな人生の中で大変な出来事があって、それを自分で解決できなかったから頼りにきてるんですよね。悪霊だったら取り憑かれた人の命を取る危険もあるし、失敗したら命に関わるって普段から言ってるじゃないですか。弁護士って仕事も、霊幻さんや俺やシゲオ君がやってることとあまり変わらないんじゃないですか? それに、悪霊が原因だと思ってたらストーカー被害だったりいじめによる不登校だったりしたことだって何回かあったし、そういうときは警察に頼ってたけど法律の相談ができたら仕事もやりやすくなると思います。
     五年も霊幻のやり方を見てきたからだろう。芹沢の言葉には説得力があったし筋は通っていた。そして何より正しかった。周りに流されるのではなく、自分で考えて導き出した答えだ。霊幻も自分の発言が感情から来る否定だというのを自覚しながら、欺瞞で押し通そうしたが、そうはいかなかった。
    「……好きにしろよ。それだけ弁が立つようになってるなら大丈夫だろ」
     負けの気配を察して、霊幻は話し合いを放棄した。
     わかりやすい当て擦りに対して芹沢は何か言うことはなかったが、その日から仕事が終わっても二人で食事に行ったり、芹沢が霊幻の家に泊まることがなくなった。

     冷戦状態は今も続いている。とはいえ、諦念を受け入れられるぐらいには霊幻の中での変化は起きていた。
     時間薬とはよく言ったもので、三日も経てば自分の怒りを客観的に見られるようになっていた。相談所で二人でいるときのよそよそしさを察したエクボが首を突っ込んできて、芹沢が弁護士になるとか言いやがって、社会復帰して五年しか経ってねぇのにできると思うか? と愚痴を吐いたら、「成長しねえなぁ」という先制パンチの後に、「お前さん、シゲオの時もそうやっていじけてただろ。いいじゃねぇか、芹沢もやっと自分の人生を考えられるぐらいになってきたってことなんだしよ」とぐうの音のも出ないほどの正論を返されたのも効いている。
     これはモブに友人ができて相談所のバイトを休みたいと言ったときの再演だ。
     芹沢は、あのときのモブと違って、霊幻の隣にいるために自分を変えようとしていた。モブがツボミちゃんに振り向いてもらうためのいじらしい努力を、芹沢は霊幻に向けて行なっている。
     問題は霊幻がそれを素直に受け入れられないということだった。
     応援したい気持ちはある。嬉しい気持ちも。社会復帰して短期的な目標だけではなく、長期的な目標を持てるようになったこと自体は喜ばしい。
     なにより自分のためにしてくれていることだし、実際に芹沢が法律の知識を身につければ、霊とか相談所も訴訟の心配を抱えずに済む。
     一方で、このまま変わらずずっと一緒にいられるだけで満足していたのに、今更変えようとしなくても良いじゃないかという気持ちもあった。口先だけでどうにかできない問題には、三十四歳になった今でも向き合うだけの意気地がない。
     喧嘩をしても仕事はしなければならない。辛うじて最低限の会話を交わし、仕事自体も支障なくやれている。それは本質的な問題にお互い蓋をして切り替えているからで、いずれは向き合わないといけないことは知っていた。
     週末に話し合おう。宝城の件で決めたと思われるのは癪だが、二割ぐらいはそうだ。変わる側を受け入れられなければあとは心が離れて行くだけだ。心が離れるよりも先に宝城の恋人は死んでしまった。後回しにして一生後悔するのは嫌だった。
     日が暮れ始めて、相談所の電気を点灯した頃、電話がかかってきた。
    「はい、霊とか相談所です」
     電話を取ったのは芹沢だった。霊幻が椅子から立ち上がって伸び上がり、ストレッチをしていると、芹沢の表情がだんだんと険しいものに変わっていく。
    「……ええ、ではすぐに所長と伺います」
     電話を切った芹沢が険しい表情を霊幻に向ける。
    「宝城さんです、今さっき家で霊が出たとパニックになっていました」
     霊幻が頷く。自分たちの問題は後で解決するとして、今は依頼人の問題をなんとかしなければいけない。

     彼女の家は、調味市内にある単身者用のマンションだった。
     近くには商店街があり、スーパーもコンビニも揃っていて充実している。立地の良さからして家賃もそれなりだろうと思っていたら、案の定だった。オートロックで一階に警備室があって、警備員がガラスの自動ドア越しに霊幻と芹沢が不審者ではないか気にするように観察している。
     インターホンを鳴らすとしばらくして、「どうぞ」と短く押し殺したような声が聞こえて自動ドアが開いた。警備室にはあえて視線を向けずにエレベーターに急ぐ。
     六階に到着しても、外からはなんの音もしなかった。
    「何か感じるか?」
    「今は分かりません」
     年季の入った幽霊屋敷や悪霊のいる家に入る前だと、気をつけろと一言言われるがそれもない。今のところ変哲もないと言うことは悪霊ではないと言うことだ。突き当たりの部屋のインターホンを鳴らすと扉を開けられた。来たときと同じ格好で、表情だけがさらに憔悴したものに変わっている。たった二、三時間でこうなるものかと不思議に思っていたが、中に通されて芹沢が眉間を寄せた表情になった。
    「芹沢?」
    「霊幻さん、富田さんはここにいるんですけど、その……」
    「洋介!? 私が悪かったの、もう許して!」
    「落ち着いてください、宝城さん」
     芹沢の声に半狂乱になった宝城の声が被さる。芹沢の肩越しになにかを見ながら宝城が崩れ落ちそうになり、咄嗟に隣から体を支えて霊幻が宥めたが、効果は感じられない。
     芹沢がなにかを訴えるように見つめてくることや、積極的に除霊をしようとしない様子に、当たりをつけて対応することにした。
    「宝城さん、洋介さんはあなたを罰したいわけじゃない。伝えたいことがあるようです。だから落ち着いて聞いてくれませんか?」
     芹沢の頷きを確認して、彼女の見ている方向に顔を向ける。芹沢と宝城が見えているものは、霊幻には見ることはできない。
    「富田さんは、死んでしまってごめん、と言ってます。付き合ったのもプロポーズも自分からだったけど、まり子さんが自分のことを愛していることは十分伝わっているし、返事に後悔していることも理解してます」
     宝城の目から涙がこぼれ落ちる。霊幻はさりげなく辺りを見回してティッシュを探した。1LDKの広々としたリビングは片付いているが家具が統一されていて、すぐにティッシュと分かるものが見当たらなかったので、止むを得ずハンカチをポケットから取り出して準備する。
    「だから、自分を責めずに生きて欲しいそうです。死のうと考えずに、これからも仕事を頑張る元のまり子さんでいて欲しいって言ってます」
    「洋介、ごめんなさい、ごめんなさい……」
     身体を支えていた腕にさらに身体を寄り掛かられて、支える動きからそっと降ろす手伝いに切り替える。
     その場で丸くなり、子どものようにわんわんと泣きながら謝る姿に、霊幻は背中をさすることしかできなかった。
     芹沢は宙を見上げて、何かに応じるように頷く仕草を見せてから、ふっと空中に息を吹き掛けているのが見えた。

     宝城はしばらくは放心状態だったが、一旦外に出て自販機で買ってきた暖かいお茶を渡すと、だんだんと落ち着きを取り戻していった。
     もう幽霊は出ないことを伝えると、頭を深々と下げられて、感謝を伝えられた。お礼は後日という話になり、霊幻たちは外へと出た。
     すっかり外は真っ暗になっていて、スーツ姿で出てきたことを後悔するくらいに気温も下がっていた。
    「大丈夫ですか?」
    「おう、俺の分も買っておけば良かった」
     芹沢が寄り添ってくるのに甘んじて。霊幻からも距離を縮める。よそよそしかった空気も有耶無耶になって、芹沢の体温を久しぶりに感じられたことに、問題は解決してなくても喜ぶ自分がいた。
    「あれ、本当のところはどうだったんだ?」
     マンションから出て、芹沢に改めて尋ねる。
    「富田さんが彼女に取り付いてたんじゃなくて、宝城さん自身が引き留めてたんです。無自覚に力がある人がやっちゃいがちなんですけど、強い未練があると成仏を引き止めることがあるんですよ」
     なるほど、と納得した。それは言いにくいし、言ったとしても納得もされないだろう。
    「お前が伝えてたことは?」
    「富田さんも困ってたみたいなんで、成仏できないからなんとかしてくれって頼まれたので、彼の言ったとおり伝えました。悪霊にもなってなかったですし」
    「ふうん、愛されてたんだな、宝城さん」
    「結婚したいくらい好きな相手を見つけたのに、その矢先に死んじゃうなんて可哀想だなって思いましたよ」
     同感しかなかった。死はある筈だった未来を根こそぎ奪う。もちろん、喧嘩が原因で結婚しないという可能性だってあった訳だが、その可能性すら消えてしまうのだ。それが死ぬということだが、理不尽だなと思う。
     昔、モブが言っていた言葉が頭に蘇る。相談所では色々な人の話が聞ける。霊障と一口に言っても、中には人生を垣間見せられることもある。人の死が関わることなのだから、当然と言えば当然なのだろう。
    「この間は悪かったな、お前の進路にケチつけて」
    「別に、霊幻さんのことだから心配して止めてくるだろうなっていうのは予想してたので、時間をかけて説得するつもりでしたから」
     なんでもない顔で言われて、あ、そう。としか言えなかった。思い悩んでいたのが一瞬でバカらしくなるが、芹沢は常人よりも遥かにタフで、優しい。自分の器の小ささを思い知らされるが、彼が超能力で暴走した過去も見ていて、あれを乗り越えて手に入れたものだと知っているから、卑屈にはならない。霊幻も芹沢が望むのと同じように、隣に立っていて恥ずかしくない男でいたいという意地からだ。
    「お前が弁護士になったらこき使ってやるから覚悟しとけよ」
     視線を向けると、芹沢からも視線が戻ってくる。隣を歩きながらさり気なくを意識して霊幻が、頭の中で何度も考えたパターンのいずれでもない言葉を伝えた。もっと上手い言い方はあったと思うが、仰々しいのも違う気がするし、応援するのも気恥ずかしい。
    「……はい!」
     少し驚いた顔をして、芹沢の表情が解けたような笑みに変わる。さり気なく腕を取って進路を変えさせる。
    「寒いし、そこの商店街でラーメン食って帰ろうぜ」
    「いいですよ。でも霊幻さん、食べれる量で頼んでくださいよ、もう俺あんまり食えないです」
     芹沢の余計な一言に、「お前なぁ」と眉を寄せるが、最終的に頼んだ分の残りは食べてくれると知っている。だから気にすることなく、霊幻はラーメン屋に入って早々、ラーメンの大盛りを頼むのだった。
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    mp111555

    DONE続きました。(前の話:https://poipiku.com/7155077/8279500.html)
    中華街で仕事を引き受けたら事件に巻き込まれた話の続きです。霊幻は保護者としてモブを守りたいし、モブは事件を解決したい。
    チャイナタウン事件簿② 働くことになったものの、初日は軽い研修を行うだけで良いと言われた。レジの使い方や接客の基本的な方法を博文から教えてもらう。開店は十一時からというのに、その一時間前からどんどんと店の前には人の姿が集まっているのが見えた。開店前から店を覗く人が出て来るあたり、本当に繁盛しているのだというのが伺える。
     接客業経験者である霊幻はすぐに要領を覚えて解放されたが、熱心にメモを取ってもすぐに応用の出来ない芹沢と、接客業はほとんど経験させて来なかった茂夫は、見かねた博文の母親が参戦してマンツーマンで教えられるようになっていた。
     彼らの邪魔にならないように、霊幻は外に出た。隣にあるお堂は横浜媽祖廟と呼ばれる、道教の神を祀る廟だ。ネットの写真よりも小さく見えるものの、日本の寺と違って豪奢な装飾はいかにも中華らしく見えた。こちらにも観光客がひっきりなしに訪れていて、料理屋は恵まれた立地条件だと思った。エクボまんが流行った理由のひとつも、観光地が隣にあるからなのだろう。
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