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    御旅屋 司企

    @Noatym_11

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    御旅屋 司企

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    けむらべ小話🧹
    他の社員さん達に相談する話。

    愛物の扱い方 前編「最近、悩んでることがあるんですよ」

    得物からパッと手を離し、そのまま額へと手の甲を当てる。じわりと滲むような感覚。ポツポツと、玉のように浮かんでいた汗を拭いながら、背後に立つ彼へ向け声を投げかけた。

    カララン。地面を打ち、薄暗い路地に響く軽い金属音。この手から開放された得物が奏でた音色だ。しかし、空に反響するその音色が止んでも、問いかけに対する返事はない。よもや、くたばってなどいないだろうに。

    息を整えながら振り返ってみれば、そこには私と似たような色を纏った男の姿。同じく肩を上下に揺らしながら、大きく息を繰り返している。なんだ、やっぱり生きているじゃないか。

    「……喰笑、それ、今じゃなきゃ駄目か……?」

    普段なら柔和な優男が見られるはずが、こちらに向けられた今の顔はそれとは程遠いもので。その顔は、明らかに不満の色で染められている。わざわざ確かめるまでもない、見事なまでの典型的な不満顔だ。ある意味珍しいものを見られているのかもしれないが、生憎、相棒と呼ばれる仲の者の珍しい顔にさほど興味はない。

    「そうですねぇ……今じゃなくてもいいですが、ずっと気にかかっているので、そろそろ業務に支障が出るかもしれませんね。先程も、つい考えながら清掃をー……」

    「ちょっと待て。考えながら……?少しのミスが命取りに繋がるのに、他の事を考えながらやっていた、って……?」

    「あっ」

    選ぶ言葉を間違えた。そう気づいた時には、既に手遅れなことが殆どだ。男の……百々新の、左右で色の異なる目が吊り上がっている。あぁ、まずいまずい。

    「いやいや、まさか。清掃中も考えてしまうかもー、ということですよ。そう、喩え。喩えです」

    明後日の方向へ視線を逸らしながら、何とか誤魔化せないものかと言葉を連ねてみる。心にもない空っぽな言の葉。そんな空虚なものに、あまり期待はできないがー……。

    と思いきや、普段であれば飛んでくるはずの有難い「命大事に説法」が、いつまで経っても聞こえない。これはおかしい、異常事態だ。明日は槍でも降るかもしれない。別に怒らせたいわけでもなければ、言うほど珍しいわけでもないが。

    「はぁーー……っ」

    新へと視線を戻すと、彼は呆れたのか疲れに潰されたのか、地に突き立てた彼の得物に両腕を預けた状態で項垂れていた。どうやら今回の仕事はだいぶ身体に堪えたらしい。確かに、言われてみればいつもより身体が怠い気がする。なるほど、彼の言う通り、流石に問いかけのタイミングが悪すぎたのかもしれない。

    今の話はなかったことに、そう告げようとした。先程も口にした通り、何も急ぎの用ではないのだから。しかし、告げようと"した"ということはつまり、叶わなかったということで。

    「それで?」

    先を越され、言葉を奪われる。新の目はもう吊り上がってはいない。どうやら本当に説法を回避したようだ。なんという幸運。今この瞬間だけは、ここまで我が相棒に疲れを蓄積してくれた愛しきビットの野郎に感謝せねば。無論、そんな気はサラサラない。

    「おや、続けて良いと?」

    「引き伸ばされる方が面倒だからな。喰笑から相談というのも、まぁ珍しいし」

    私から相談することは珍しい。その意見については同意せざるを得ない。自ら人に弱みを見せるなど、恐ろしいにも程がある。

    ただ今回の事に関しては、1人では解決の糸が見えそうにない。他の誰かに頼らざるを得ない状況。故に、ノーカウント。

    とにかく、せっかく許可が下りたのだから、撤回される前にさっさと要件を話してしまうとしよう。

    「相談、という程のことでもありませんが。あの子……冬峰先輩のことで少し」

    そこで一旦言葉を区切る。この先をどう話すべきか、あまり考えていなかった。どうも何も、ありのままを話すだけなのだが……この手の話は変に拗れると面倒だと、どこかで聞いたような気がする。面倒事は避けたい、それは誰しもが願うことだろう。
    だが、己の準備不足で言葉を区切ったものの、今回は違う方面でその区切りが役に立つこととなった。

    新の、様子がおかしい。

    先程まで先輩面をして……実際先輩なのだが……その両目をこちらに向けていたはずが、こちらの目線と絶妙に噛み合っていない。明後日の方向を見ているというよりは、こちらに目線は向けているものの、思考は別の方向へ向いている……といったところか。まだ本題どころかテーマ発表をしただけだというのに、何をそれほど考えることがあるのだろう。

    「……あの、聞いてます?」

    あくまで笑顔は絶やさずに、ただし声のトーンは落として一言。彼の意識を引っ張り戻すにはこれで充分だ。

    「え、あぁうん、聞いてるよ。うん、聞いてる聞いてる」

    「まるで、何も聞いていなかった人のような反応ですが……」

    僅かに目を細め、そう返す。聞いていなそうな顔で「聞いてる」を連呼する人は、大抵聞いていないものだろう。

    だが、今回に至ってはその例に当てはまらなかったらしい。新は弁解するようにゆったりと片手を揺らし、その頬を緩めた。

    「いや聞いてはいたって。ただあまりにも意外過ぎたというか、喰笑の口からそんな話題が出るとは思わないだろ?」

    「失礼な。ほら見てくださいよ。実にそういった話題を口にしそうな風貌でしょう?」

    「鏡いる?」

    「生憎間に合ってまして」

    戯れあいはこの程度にしておかなくては、いつまで経っても話が進まない。すぐ横にそびえ立つ壁に背を預け、両腕を組む。生気の無い腕に、もう片方の腕が触れる。ひんやりとした、生物のものではない感覚。ここも随分冷えてきた。日が傾き出すまでそれほど猶予は無い。

    「それで、話を戻しても?」

    「どうぞ。冬峰くんが何だって?」

    「えぇと、……最近、少々接し方を改めるべきかと思い始めまして」

    接し方。どういうことかと言われても、読んで字のごとくである。

    冬峰放という女性がいる。私よりも数年早く現職、オクタヴィア社に入社したという先輩社員。そこまでは、相談役として耳を傾けながら目の前で何とも言えない顔をしている新と変わらない。

    では何が異なるのか。端的に言ってしまえば、その冬峰放という先輩社員とは世間の言う、恋人という関係値である、ということだ。出会いはいつだとか、告白はどちらからだとか、野暮な話は今はお預けだ。

    「接し方?……一応確認するけど、それは社員同士として、ではなく」

    「ではないですね」

    「うーーん」

    新が言葉にならない声を漏らしながら、片手を自身の頭部に添えた。相談内容に呆れているのか、はたまた難題に脳を締め付けられているのか。最終的に良さげな案を出してくれるなら、どちらであろうと構わない。求めているのは過程ではなく、結果なのだから。

    「どうです?何か名案は浮かびそうですか?」

    殆ど同じ高さにある両目を眺める。しかし、その表情は芳しくない。同性の私が言うのもなんだが、新は整った顔立ちをしている。性格もそう悪くはないだろう。歳だっていい頃合いだ。一度くらい、そういった経験をしているものだと考えていたのだが。

    「いや、そうだな……うーん、そうかそういう方面の相談かぁ……」

    先程頭部に添えた片手を前後に擦る。同時に、柔らかそうな茶色の髪がわさわさ揺れる。ここまで悩ませる気はなかったのだが……仕事終わりで疲れもあるだろうに、悪いことをしてしまったかもしれない。こうして新の頭を悩ませることと、清掃中に考えごとをし注意散漫になること、どちらがマシかは考えないでおこう。

    「無理に答えなくてもいいですよ。また思いついた時にでも案を頂ければ、それで」

    「待て待て。それは何というか、負けた気がするから今出すよ。別に何にも負けていないけど。あー……あっ、そうだ」

    「はい、どうぞ」

    「何か、普段しないことをするのは?」

    普段しないこと。それが新の答えらしい。普段しないこと……なるほど。脳内で何度も何度も繰り返し、言葉をじっくりと噛み締める。具体的な内容のない、ざっくりな案。だが、案外一理あるかもしれない。つまるところ、特別感を出せば良いということだろう。

    「なるほど。普段しないこと、ですか。なるほど……」

    「言い出しておいてなんだけど、普段しないことと変なことはイコールじゃないからな?」

    「えぇ、えぇ、わかっていますとも」

    「本当にわかってるのか……?」

    訝しげな声色。一体、この男は私をなんだと思っているのだろう。確かに平々凡々な時を過ごしてきたとは言い難いが、一般常識くらいは持ち合わせている。私にとっての一般常識を。

    まぁ良い。せっかく疲れた頭に鞭打って捻り出してくれた案だ、有難く今後の参考にさせてもらおう。
    とは言いつつも、「普段しないこと」の一言だけでは流石に幅が広すぎる。普段しないことの中から、もう少し対象範囲を狭めたいところだ。これ以上負荷をかけるのも忍びないし、もう1人くらい、他者の意見を聞いてみた方がいいかもしれない。

    「ありがとうございます。おかげで悩み事が解消されました」

    「割合的にはどのくらい?」

    「3割程でしょうか」

    「評価厳しいな」

    「現状の評価ですので。今後の伸びに期待ですね」

    聞きたいことは聞けた、そろそろ帰るとしよう。帰ると言っても自宅などではなく、悲しいかなその行先は会社のオフィス。この仕事は、現場で清掃だけしてはい終わり、などという簡単な職ではない。ビットに関する、または関しない雑用諸々が帰りを待っている。待ち構えている、の方が表現としては正確だろうか。何もそれは私だけではなく、新も同じだろうし、礼がてら帰り道で何か間食でも奢っ……。

    「喰笑、何か礼をしたいなら提案があるんだけど」

    「前世はエスパーか何かですか?」

    思考を読まれたかのような見事なタイミング。わかりやすい思考をしていたのかもしれないが、ここまでピッタリ当ててくるとは。これぞ相棒のなせる技、というものなのだろうか。それとも単に、人をよく見ている新だからこそ成し得ることなのか。

    「君も大概真面目だからな。図星なら何より。……俺さ、今日直帰したいんだよね。でもまだ片付けたい書類が残っていて」

    「そうですか。ではさっさと会社に戻りましょう。あ、清掃道具持ちます?」

    「清々しいほどの拒否だな。って、まさか、それでチャラにしようだなんて思ってないよな……」

    「はははー。まぁ、手伝いくらいはしますよ」

    余計な雑談に付き合わせて、何も礼を尽くさないほど非情ではない。全てまるっと引き受けるのは遠慮するが、多少手伝うくらいはしてしかるべきというもの。会社に戻れば他の社員にも相談できる可能性があることを踏まえれば、新の手伝いがてら、社内でこの手の相談に強そうな社員を探すのも悪くない択だろう。

    地面に置きっぱなしになっていた得物を手に取った。湿った先端が、傾き始めた陽の光を鈍く反射する。所々に錆色が見える、大抵の者が一度は目にしたことがあるだろう得物。勿論、このような路地裏などではなく、台所だとか食卓だとか、そういった場所で。この得物に斬れ味などという概念はないが、買い替えの頻度が高いのも気が引ける。もう少し手入れを心掛けるべきか。……トングに手入れ方法などあるのだろうか。

    「どうした?また悩み事でも生えてきたのかー?ここから先は延長料金がかかるぞ」

    数歩先を行く新が振り返る。余計なことを考えていたせいで、無意識に歩幅が狭まっていたようだ。

    「いえ、何でもありませんよ」

    口角を上げ、言葉を返す。これ以上の雑談は不要だ。

    歩幅を広げ、タンタンと軽く地面を蹴った。あっという間に、前にいた新が真横になる。そうした2人横に並んでは、今か今かと帰りを待ち侘びている書類達に会いに清掃現場を後にした。
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