Your dress up doll「次は、こちらを」
そう言ったテーラーの方を見るのももううんざりだ。
「好きにせぇ」
真島吾朗はむすっとした声でそう答える。
東城会本部の一室、鏡の前にずっと立たされた真島は、それはそれはご機嫌斜めであった。
「そういうわけには参りません。きちんと真島様のご意見も取り入れるように、と四代目から仰せつかっております」
「俺の意見なんかどうでもええやろ。アンタが見立ててくれれば」
「では、次はこちらを」
テーラーから受け取ったスーツ一式を、手慣れた二人の組員が真島に装着していく。
濃い青のスリーピーススーツに、黒のシャツ、青地に白のストライプ入りのネクタイ--真島は棒立ちでされるがままになっていた。
「真島様は本当に、何でもお似合いになりますね」
「褒めても俺は何も言わんで、どれでもええて。もう面倒や。何着ても一緒やで」
あれこれ着せられた数はもう五着は超えただろう。真島はうんざりしていた。
この、やり手のテーラーは本当に真島が自らの意見を言わない限りは本気で十着くらいは余裕で着せてくる。
「貴方様がより一層美しく輝くように仕立てませんと、私が四代目に怒鳴られます」
「俺が美しくなるかいな」
そう真島は言うが、実際彼は何を身に纏っても様になっている。
個性的な髪形と眼帯が障害になるどころか、逆に彼の色気を引き立てるアイテムになるのだから、テーラーにとって真島吾朗を飾り立てることは大変腕の鳴る仕事なのである。
テーラーはこの日のために最高の品を揃えてすべてを真島のサイズに仕立てから持参する。
彼はいつも面倒そうに渋々と付き合うが、結果としていつもこちらの期待を裏切らない答えを返してくれるのだ。
「このスーツええな。差し色入れようや、ここに」
「流石真島様。センスが光っておられる。ではこちら、シルクのハンカチを入れましょう」
鏡の中の真島を見るテーラーの顔はいかにも満足、といった様子だ。
これでようやく解放される。真島は「はあー」とため息をついた。
その姿で真島は会長室へ向かった。ノックをして数秒待ち、ドアを開けて室内へ入る。
正面のデスクには、桐生一馬が座っていた。
「よぉ。どうだった?」
「これで満足でっか、四代目ぇ」
「何で俺が満足するんだ?」
「俺に着せたいんはお前やろうが。まるで四代目の着せ替え人形や」
桐生は椅子から立ち、真島の元へ近づいた。
濃い青のスーツは、彼にとてもよく似合っている。
真島自身は自分の魅力に気づいていないし、本人にどれだけ言っても受け入れないが、彼は何を着ても本当に絵になる男だ。
テーラーは真島をいつも褒め称えている。着こなす身体も、持ち前のセンスもどれもが素晴らしい、と。
「アンタが俺の着せ替え人形、か……良いな。めちゃくちゃ燃える」
「何でや」
「俺のモノ、って感じがする」
「俺はお前のモンやろが」
「言葉にすると一層グッとくる」
「はいはい。ほんで、今回のこれはどうなんや。満足したんか?」
桐生は真島の引き締まった腰に腕を巻き付け、彼をグッと抱き寄せた。
「あのテーラーには報酬を弾まねぇとな」
「ヒヒッ、そら良かった。会食は面倒やけどなあ」
「こんなに綺麗なアンタを誰にも見せたくねぇ」
「アカンでぇ、ワガママ言うたら。大事な会食や」
「分かっているけどよ」
「俺はあくまでも四代目の護衛やさかい、お前が気張らんと」
「行きたくねぇ」
「コラ、シャキッとせぇ」
「褒美くれるか?」
「東城会会長のセリフとは思えんな」
真島は笑うと、桐生に軽いキスをした。
「ちゃあんと仕事したら、このカッコの俺を好きにしてええで」
「本当か?」
「テーラーに悪いから破るのは無しやぞ」
「……多分無理だ。我慢出来ねぇ」
「お前、ホンマ野獣やな」
獣の喉を真島の手袋がするりと撫でる。
「まあええわ。また仕立てて貰えばええしな。四代目が喜ぶなら俺はいくらでも着せ替え人形になったる」
その言葉に桐生はニヤリと口角を上げて笑み、真島の顎を掬い取って唇を重ねた。