真島吾朗誕2023 2本目「あぁん?」
真島吾朗が事務所に入ると誰も居なかった。西田を始めとする組員達が一斉に「おはようございます!」と野太い声を発する瞬間なのに。
「おい! おーい!」
全員揃ってバックれるなどフルボッコの刑だ。真島は自身の部屋に入ろうとドアを開けた。
パーン、と乾いた音が響く。銃声か、と思う間もなく、野郎共の野太い声が飛んできた。
「誕生日おめでとうございます、親父ぃー!」
「……お前ら……」
組長部屋はバルーンで彩られ、HAPPY BIRTHDAYとデカデカとデコられている。強面の組員達がパーティー帽子や髭付き眼鏡を掛けてクラッカーをパンパン鳴らす光景は何とも異様で、そしてあまりにもバカみたいだ。
「親父、忘れてたでしょ? 毎年そうですもんね。プレゼントはまた後でお渡しします」
「ワシの誕生日? あ、ああー……」
西田に言われて合点がいく。己の生まれた日に何の執着もない真島は毎年忘れては、こうして誰かに言われて思い出すのを繰り返していた。
「あ、歌も用意したんすよ! 親父へのプレゼント第一弾です!」
「アホかお前らあああ! クラッカーパンパン鳴らすな! 通報されるやろが!」
「えええ!? お祝いですよぉ!」
「カタギさんに迷惑掛けるなて言うとるやろが! だいたいお前ら歌が上手いと思うとるのか!?」
「防音しっかりしてますから聞こえませんて! あと練習したんで大丈夫です! 行くぞ、せーの!」
「やめいー!」
◇◇◇◇◇
「ぐへ……」
ノリッノリで歌う野郎共の歌を立て続けに三曲お見舞いされた真島はゲッソリしながら街を歩いていた。
「アイツら、自分らが音痴なん分からせんとアカンな……毎年やられてたら身が持たん」
「おう、兄弟」
「おん?」
振り返ると冴島大河と、そして。
「兄弟? それに……桐生ちゃんも一緒でどないした?」
「アンタを捜していたんだ」
桐生一馬はスマホを取り出した。
「電話掛けても繋がらねぇし」
「あっ……充電切れてたわ、すまん」
冴島が「ほらな。そんなことやと思っとったわ」と桐生に言う。
「ほんで、二人して俺を捜して何の用や?」
「飯食いに行こう」
「飯? 桐生ちゃん、それだけのために?」
「今日はアンタの誕生日だろ。冴島と話したんだ、飯食って、バッセン行って、他色々と……アンタが望むことをやろうって」
「桐生ちゃん……兄弟……」
誕生日なんでどうでもいいと思っていた。自分を産んだ母親の顔も、居たかどうかも記憶に無い父親の顔ももう思い出せないほど薄れているし、何の想いもない。
だが、組員に、そして兄弟と、桐生に、こうして祝ってもらえるきっかけになるなら、誕生日というものも悪くはない。
「んふふ」
「どうした兄さん?」
「変な顔しとるぞ兄弟」
真島は冴島と桐生の間に入り、二人の肩にそれぞれ手を掛けた。
「お前らの奢りやな! 今日は十軒ハシゴするで!」
「十軒は無理だろ!」
「コイツは言い出したら本気やぞ、腹括れや桐生」
五月十四日、この日の神室町はどこかしらで真島のご機嫌な鼻歌が響いていた。