クラフトコーラの香る夜 クラフトコーラを作ってみたい。
熱心にねだったのは僕だけど、初めにクラフトコーラに興味を持ったのはえーしんくんだ。
きっかけはえーしんくんが読んでいた小説にクラフトコーラが出てきたからで、僕はえーしんくんが映画がきっかけじゃなくて小説から興味を持つこともあるんだなぁってなんだか感心したことを覚えてる。ちなみにえーしんくんが映画をきっかけにいろんなものが気になってしまうことはたくさんあって、それはきっとしゅーくんが言っていた『聖地巡礼』みたいなものだろう。
僕たちは通販でクラフトコーラのキットを買った。スパイスを追加してもおいしいらしいから、少しオシャレな店に買い物に行って唯一知っているスパイスであるシナモンを買い足した。一緒にずっしりと重たい砂糖を買って、これを半分近くも使うのかと驚いたりしたっけ。
クラフトコーラを作ったのは翌日に学校も仕事もない日の夜だった。晩御飯もお風呂も終わった僕らはパジャマで台所に立って小さな鍋を見つめる。レモンを切る。スパイスを割ったりほぐしたりして、砂糖を大まかに半分くらい入れる。
「なんだかおかしいね」
「なにがだ?」
砂糖の甘い香りと、どれがどれだかわからないスパイスの香り。名前は説明書に載っていたけれど、初めて見るものばっかりだったから香りと名前が一致しない。
「僕ら全然自炊しないじゃん。……冷蔵庫なんてからっぽなのに、コーラ作ってる」
「それは……確かに少し妙だな」
「でしょ?」
僕が笑ったらえーしんくんは少し微笑んだ。つられるように、夜が砂糖の甘さに溶けていく。
「百々人はなにかやってみたいことはないのか?」
「僕? んー、いまはないかな」
幸せだから。そう答えればえーしんくんは「もっと望んでいい」と言う。
「あ、でもね」
僕の言葉にえーしんくんはキョトンとした。この善良な人は勘違いしているけど、僕は結構強欲だ。
「キミとずっと、したいことを探してたいな」
「したいこと?」
「うん。キミとずっと……ねぇ、キミの未来を僕にちょうだい?」
そういえばシナモンを入れるのを忘れていたけど、これは砕いていれるんだろうか。とりあえず力を入れたら粉々になったから、そのままパラパラと鍋に入れる。
「映画を観ようよ。気になるものがあるかも。食べ物とか、場所とか……お酒とかもいいかもね」
「酒はいいな。楽しみが増える」
えーしんくんが笑う。火を止めて、シロップが冷めるのをゆっくりと待つ。
「……たくさん映画を観よう。たくさん一緒にいて、同じものを分かち合おう」
火を止めてしまったらもうやることがない。僕らはなにもせず、のんびり、抱き合うこともせずに並んで夜を過ごす。
「ねぇ、このコーラを飲みながら映画を観ようよ」
「ああ。……楽しみだ」
夜がぼやりと明かりに溶けていく。緑色の宝石みたいな瞳に映り込んで溶けていく。
ゆっくり、それを見ていた。沈黙が甘い香りに侵されていった。