人間みたいね 動物園には馴染みがない。
だからこうして動物園の入口にいるだけでもなんだか不思議な気分になる。月面着陸ってほどじゃないけど、俺ってこんなところにいるんだな、みたいな。
存在を知っていて、イメージは掴んでいて、現実感はない。記憶にないだけかもしれないが、行ったことがないんだから仕方がない。正直、自分が動物園に行くって発想が全くなかったんだから、どうしようもない。
だから知り合いが動物園にいるのを見て、たったそれだけの当たり前の光景に驚いてしまった。夕方のバラエティに出演したHigh×Jokerはいろんな動物を見て、その動物にちなんだクイズに答えていく。ずっと楽しそうにしていた隼人さんは檻の中のライオンを見たときだけ、「檻がなかったらすごく怖いんだろうな」って言っていた。「かわいい」とも、「かわいそう」とも言わなかった。
それをずっと見ていた俺の顔はわからないが、円城寺さんから見たら動物園に行きたいように見えたんだと思う。俺にそんな気はなかったし、そもそも自分が動物園に行くという発想すらなかったから、円城寺さんの「今度一緒に行くか」という提案に少しだけポカンとしてしまった。
俺が返事をしなかったからだろう、円城寺さんが提案を取り下げようとしたから俺は慌てて「行きたい」と伝えた。円城寺さんの好意を無碍にできないという気持ちはあったが、それよりも、動物園というのは自分が立ち入る可能性がある場所なのだと気がついたら、途端に行きたくなってしまったのだ。
円城寺さんはアイツとプロデューサーも呼ぼうと言って、デスクで仕事をしているプロデューサーに予定を聞きに行った。
俺はソファに座りながらぼんやりと、動物園で退屈そうに檻の中を見つめるアイツについてを考えていた。
***
「道流さんと漣さんは遅れるそうです」
通話を切って困ったようにプロデューサーが笑う。俺たちと一緒に開園を待っていた人たちはもう全員入場した後だった。
「道流さんが起こしたみたいなんですけどね。お弁当を詰めてる間に二度寝したみたいで」
「アイツ……弁当が食いたいから行くって言ったくせに」
電話をくれた円城寺さんは律儀にメッセージまで送ってきてくれた。メッセージにはアイツがどんなワガママを言ったかはひとつも書かれていなかったが、聞かなくてもわかる。どうせ起こされたら文句を言い、円城寺さんが弁当を作ってくれている間に二度寝して、今だってぐだぐだとめんどくせーだなんだとごねているに違いない。つまり、いつも通りの自分勝手だ。
アイツは良くも悪くも自由だ。いや、悪いんだけど、そこが仕事でウケてる以上、悪いだけではないってのが事実だから腹立たしい。
『昼までには必ず行く。それまで二人で先に見ていてくれ』
円城寺さんからメッセージが届いた。追加で『弁当は無事だ』とも。
「では、先に入っていましょうか」
プロデューサーの言葉に頷く。想像よりもずっと入園料は安かった。
もともと快晴ではなかったけれど、動物園に入った瞬間に曇りだした。なんとなく陽が遮られていると感じる日はよくあるけど、ここまでどんよりしているのも珍しい。
まぁあんまり暑いと動物も辛いだろうし、別に寒いと感じるような気温でもないから問題ない。遊園地とか動物園って眩しいほどの太陽が似合うけれど、体調とかを考えたらこのくらいがちょうどいいのかも。ようは雨さえ降らなければいい。
人は思ったよりも少なかった。近いところから順番に見てもいいけれど、それは円城寺さんと合流してからにしようという話になったので、適当に行き先を決めるために地図を広げて覗き込む。俺は虎かライオンが見たいと言ったら、プロデューサーが「私もです」と言った。ライオンのほうが近かったので、ライオンの檻に向かって歩いて行く。
ライオンがいる檻の前には先客が5人いた。3人組の家族と、老夫婦が2人。彼らに倣って俺も檻を覗き込む。檻の中に、妙なものを見た。
アイツが檻の中にいた。
夢でも見てるんだろうか。夢なのかもしれない。朝、待ち合わせしている時点で夢だったのかもしれないし、ついさっきチケットを買った瞬間に俺の頭に隕石が降ってきて気絶したのかも。
何度見たってアイツがいた。ライオンがいるはずの檻の中で、どうでもよさそうに目を閉じて寝転んでいる。
近くにあった……看板というのか、パネルというのか、ライオンを紹介するそれには『牙崎漣』だなんて書かれてない。当たり前だけどいるはずがないんだ。それなのに、いる。一度だけアイツの目が開いて、蜂蜜色が一瞬だけ見えて、また見えなくなった。
「……プロデューサー、あれ」
俺はアイツを指差す。
「はい、かわいいですね」
寝てる、とプロデューサーは嬉しそうに言った。なんだか俺が間違っているような気がして俺は黙って檻の中のアイツを見る。透けるような、と褒められる白い肌は曇天に沈み込んでいた。
「おい」
呼んだ、というには曖昧な声を出した。でもアイツならこれで振り向くはずだ。
「……おい!」
なんだか無性にイラついた。アイツは俺を無視できない、そのはずのなのに。
「起きてほしいですけどね。眠っていますし、あまり呼ぶのはやめてあげましょう」
困ったようにプロデューサーがやんわりと俺を止めてくる。プロデューサーは俺のことを子供扱いしないってわかってるのに、なんだか俺が手に負えない子供になったみたいだ。
「……死んでるみたいだ」
そんなことないのに、そんなことを言ってしまった。うっすらと腹と肩が上下していて、こんな無機質な檻の中に入っていても強かな生命力を感じる存在に、そんなことを言った。
「大丈夫ですよ」
プロデューサーが言った。何が大丈夫なのか俺は聞けなかった。「次は何が見たいですか?」と聞かれた。「適当に歩こう」と俺は言った。
一番近いところにいたのはフラミンゴの群れと、アイツだった。
フラミンゴ達はぽっかりと空いたスペースでのんびりと佇んでいる。その中でアイツは水辺に腰掛けて、退屈そうに足で水面を蹴っていた。
さっきも思ったけれどアイツはいつだって自由だ。こんなに生き物が周りにいるのに平気で孤独を選んでマイペースにちゃぷちゃぷやっている。
「プロデューサー、あそこ……」
「ええ、みんなきれいですね。紅生姜みたい」
「べにしょ……そ、そうか」
プロデューサーがなんだか変なことを言っているのはさておいて、やっぱりプロデューサーにはアイツがいることはわからないみたいだ。周りにいる人も騒いでないし、やっぱりこれって俺の夢なのかもしれない。なら、こんな夢を見ている意味ってなんだろう。
「……逃げちまえばいいのに」
フラミンゴには逃げられない理由があるってテレビでやっていたけれど、オマエはフラミンゴじゃないんだから逃げられるだろ。届くはずもないのに呟いた言葉はプロデューサーに拾われた。
「ああ。フラミンゴはこの広さだと逃げられないんですよ」
「……テレビで見た。助走距離が足りない……んだよな?」
「そうです。この広さだと檻がなくても飛んでいけないんですよね」
こんなに自由に見えるのに不自由なのだと、悲しみも呆れもせずにプロデューサーは言った。俺の夢の中のプロデューサーなんだから、ちょっとくらい辛そうな顔をすればいいのに。
「こんなに自由そうに見えても閉じ込められているんです」
プロデューサーは呑気にフラミンゴの群れを眺めている。フラミンゴも明らかに鳥じゃないやつが紛れ込んでるんだから騒げばいいのに、ずっとぼんやりしてる。アイツはアイツで水辺に飽きて、目を離した隙にたい焼きを取り出して食べていた。どっから出てきたのか全然分からないけれど、夢なんだから、どうでもいい。
どうでもいい、はずなのに、この夢は胸がざわざわする。
「……アイツにも、檻とかあんのかな」
「アイツに檻?」
「あ、いや。……なんつーか、不自由、みたいな……」
「ありますよ」
「え?」
半分くらい独り言みたいなものだったし、こんな言葉に明確な答えなんて返ってこないと思ってた。だから、プロデューサーが俺を見て、ハッキリと返してきたのが怖かった。こんなの俺の夢のはずなのに、夢なのに、怖かった。
「だって実際に、あんなに不自由そうじゃないですか」
俺はプロデューサーから視線を外してフラミンゴの群れに目を向ける。アイツと一度だけ目があったけど、アイツはしれっと背中を向けてそばにいたフラミンゴをぺちぺちと叩いていた。
なにやってんだよアイツ。そんなくだらないことをそんなにつまらなさそうにするくらいなら、とっととこんなところ出ていけばいいんだ。オマエはフラミンゴじゃなくて、人間なんだから。
「言ってはいけないこととか、やってはいけないこととか」
「……なんの話だ?」
「檻の話です。鉛色をしていなくても人を縛るものはたくさんある」
プロデューサーに向き直ったが、プロデューサーはもう俺を見ていなかった。なんだか愛しむように、フラミンゴ達を──もしくは、アイツを見ている。
「そして、そこでしか得られないものがある」
無形の檻です、とプロデューサーはしみじみ呟いて自分の爪を見た。なんだかひどく、冷たい目をしている。
「……アイツにとって、檻って」
「別の動物を見に行きましょうか」
「え、」
「実はパンダを見たことないんです。タケルさんは見たことありますか?」
「あ、いや。俺もない」
「なら、パンダを見ましょうよ」
プロデューサーは屈託なく笑った。優しい、いつもと同じ穏やかな笑顔だった。
パンダを見にいくまでに通り過ぎた檻の中には必ずアイツが入っていた。全員が全員暇そうで、のんびりとしていて、つまらなさそうで、自由だった。
看板にパンダと書かれた展示の中にもやっぱりアイツがいた。プロデューサーが「白黒でかわいい」と笑うので俺はなにも言わなかった。夢なら醒めるし、夢でないならこれが全てだ。アイツについてを道理で考えるのはとうの昔にやめている。
パンダ──俺から見たらアイツだが、とにかく檻の中身も見飽きて当て所もなく彷徨いていたら家のようなものが見えた。展示だろうと踏み入れた先は大きなガラスで区切られていて、木が無動作に置かれている。
その木に、まるでおとぎ話のチェシャ猫みたいにアイツがぶら下がっていた。
アイツは俺だけをじっと見ていた。まるで俺がここに来るのを待っていたみたいに、横にいるプロデューサーなんて気にもかけず、ただ、真っ直ぐに俺だけを見ていた。
俺は宝石のこと全然わからないからうまく喩えられないんだけど、コイツの瞳は宝石の名前で呼んでもいいくらいキレイだ。見るものを絡めとるようなハチミツ色が猫のように、蛇のように、爛々と輝いていた。その目が俺だけを見ている。
無骨な木に添えられた指先は白くて人工的な蛍光灯によく映えた。たまにカリカリと爪で木を引っ掻きながら、それでもコイツは俺から目を逸らさない。
丸呑みにされそうな気迫だった。それでも、このガラス板が邪魔をしてコイツは俺に飛びかかれない。似合わないと思うのに、そういうものだと言われれば納得してしまうような、そういう不自由を目の前に突きつけられたみたいだった。
「……アイツ、なんでアイドルやってんだろうな」
寝たいだけ寝るとか、好きな時間に好きな場所にいるとか、やりたいことをやりたいようにやるとか。そういうのを投げ出して、アイツがアイドルをやってるのってなんでなんだろう。
アイツからしたら、アイドルなんて檻みたいなもんなのに。
「タケルさんがわからないなら、私にもわかりません」
「そうだよな……」
アンタは俺の夢だもんな。
なんとなく、そろそろ夢は醒めるとわかる。思った矢先にスマホが鳴った。
「円城寺さんか……はい、もしもし」
『おお、タケルか! もうすぐ園の入口につく』
「なら俺もそっちに行く。入場してすぐの売店で待ち合わせよう」
『わかった。遅くなってごめんな』
「アイツのせいなんだから謝らないでくれ……ああ、じゃあ後で」
通話を切ってプロデューサーを見る。プロデューサーは檻の中のアイツを見ながらニコニコとしていた。
「行こう、プロデューサー」
「はい」
俺は真っ直ぐに入口に向かって歩く。たくさんの檻の前を通り過ぎる。
いくつもの蜂蜜色の視線が突き刺さるようだった。
「おーい! タケル! 師匠!」
「道流さーん。漣さんも!」
「遅れてすまない」と円城寺さんが申し訳なさそうに頭を軽く下げる。当の元凶はといえば、円城寺さんの斜め後ろで不貞腐れていた。
「円城寺さんが謝ることじゃない。……おい、オマエは謝れ」
「ハァ? オレ様が来てやったんだからチビが泣いて感謝しやがれ」
円城寺さんと合流できた。コイツが来るかは半々ってところだったが、しれっと来ているしなんだか偉そうにしている。なんというか、全部が牙崎漣だった。
「師匠たちはもう結構見て回った感じっスか?」
「えっと……」
どう説明したらいいかわからずに俺はプロデューサーを見た。コイツと合流した瞬間に根拠もなく夢は終わったと思ったけれど、夢が終わっていようが続いてようが話せることが何もない。困った時はプロデューサーを頼るに限る。
「売店でお土産を見ていたんですよ。それと、マップをもらって大体の位置を調べてたらお二人がいらして、」
たいして待っていないとプロデューサーは言った。どんよりと曇っているせいでよくわからなかったが、時計を見たら全然時間は経っていない。ってことは体感よりもずっと早くコイツは駄々を引っ込めてここまできたってことか。
「なぁ、せっかく入口で落ち合ったんだ。順番に見ていかないか?」
「うるせー。指図すんじゃねぇよ」
「オマエには言ってない。円城寺さん、プロデューサー、どうだ?」
コイツはぎゃーぎゃーうるさかったが、円城寺さんとプロデューサーが俺の案に頷いたから一番近い動物の檻に向けて俺たちは歩き出した。なんとなしに、大丈夫だという確信があった。
動物の檻の中には動物しかいない。当たり前の光景に拍子抜けして、当たり前な夢を見ているのかと不安にすらなる。どう考えてもおかしければ夢だとわかるけれど、普通なことばかりの夢は現実とどう見分けたらいいんだろう。
コイツは檻の中のライオンをじっと見ていた。ライオンもコイツを見つめているもんだから、神速一魂がやるようなメンチの切り合いみたいだ。それか、お見合いか。
集中していて俺の声が聞こえないならそれでいい。俺はその背中に向けて呟く。
「……どうだ?」
「なにが?」
独り言は会話になった。
「動物園。楽しいか?」
「動物見てなにが楽しいんだよ」
「……いま思いっきり見てただろ」
「ハァ? チビ、もしかしてオレ様のこと見てたのか?」
「は?」
「アァ?」
「え? なんで二人が睨み合ってるんですか?」
俺たちに気がついたプロデューサー、に気がついた円城寺さんがスッと俺たちの間に挟まって肩をぽんぽんと叩いてくる。どうどう、といういつもの声に流されてコイツの感想は聞けなかったけど、まぁ大人しくしていたし嫌ではなかったんだろう。それか、なにか思うところがあったか。
「次は……パンダがあっちにいるみたいっスね」
プロデューサーがわぁ、と嬉しそうに笑った。瞬間、コイツは俺の肩を小突いて走り出す。
「チビ! パンダのとこまで競争だ!」
「バカ! 動物園で走るな!」
バカが走るからそれを止めるために俺まで走る羽目になる。本気になれば俺のほうが早いとはいえ、スタートダッシュの差は一瞬では埋まらない。数十秒走ってコイツの腕を掴んだ時、もうパンダの檻は見える位置にあった。
「……もうパンダ見えてるからオレ様の勝ちだな!」
「またオレ様ルールか。こんな道のド真ん中がゴールなわけないだろバカ」
このまま思いっきり引っ張って俺が駆け出せば俺の勝ちだ。それなのに、からだは動かないくせに口が動く。聞く気なんてなかったことを問いかけてしまう。
「なぁ、楽しいか?」
「んだよ、だから動物なんて見ても、」
「アイドル。楽しいか?」
夢の中で見た蜂蜜色と同じ瞳をぱちぱちさせてコイツは動きを止めてしまった。コイツは夢の中で見た、檻に閉じ込められた牙崎漣じゃないのに。
「……なぁ、オマエはなんでアイドルに、」
「……ざけんなよ……」
「え?」
「誰がチビなんかに教えるかよ! バァーカ!」
冗談みたいな力で俺の手を振り払って、すごい速度でアイツはパンダまで駆け出した。俺は俺でなんだか夢がちょっとだけ現実に顔を出したような感覚に見舞われて、なんでこんな質問をしたのかと自分の言葉を持て余しす。
「……バカだな」
俺はゆっくりと歩いてアイツの後を……いや、パンダを見に行く。パンダを実際に見るのは初めてだから少し楽しみだ。だからアイツも俺なんかに勝負を挑んでないでパンダを楽しめばいいんだ。俺はパンダを楽しむからオマエなんて相手にしない。ここは動物園なんだから。
パンダの次は何を見るか。コイツはもう弁当のことしか頭になかったから放っておいて、行き先を決めていたら希望を聞かれた。少しだけ悩んで、答える。
「えっと、蛇が見たい」
あれだけ広い場所に、あんなに大きい木といる蛇だ。きっと大きくて迫力がある。かといって動物園のメインイベントにするにはちょっとヌメヌメしているというか、あまりにも毛がない。つるつるというか、ざらざらというか、触ったことはないが、やっぱりヌメヌメという印象がこびりついて仕方がない。蛇は今から昼飯までの時間に見るくらいがちょうどいいだろう。
「蛇ですか。いいですね……あれ?」
「師匠、どうしたっスか?」
「いえ……タケルさん、蛇はこの動物園にはいないみたいです」
「え……そうなのか?」
そうか、あれは夢だったのか。出来事は夢でしか起こり得ないことだったけれど、動物園自体は現実味のあるものだったから同じ生き物がいるんだと思い込んでいた。
「なんだタケル、蛇が見たいのか?」
「いや、別にそこまで見たいってわけじゃないんだ。変なこと言って悪い」
「変なチビ。蛇のなにが楽しいんだよ」
「うるさい。オマエには言ってない」
「ア?」
「そこまで! ほら、漣は見たい動物はいないのか?」
「早く飯食わせろ」
「……師匠は何が見たいっスか?」
「おいコラらーめん屋! 無視してんじゃねぇぞ!」
「ライオンですかね」
「下僕! テメェも無視すんな!」
今度はプロデューサーに食って掛かったコイツを円城寺さんが軽く抱え上げる。プロデューサーはそれを見上げながら、楽しそうに笑いかけた。
「冗談ですよ。先にお昼にしましょう」
「くはは! わかってんじゃねぇか下僕!」
あっという間に上機嫌になったコイツは円城寺さんに担がれたまま運ばれていった。円城寺さんも楽しそうだったし、なんだか愉快な神輿みたいで景気がいい。その後に続きながら、俺はプロデューサーに訴えた。
「アンタ……アイツを甘やかさないでくれ」
困る、と言えばプロデューサーはキョトンとした顔で返してくる。
「甘やかしていませんよ。ライオンはゆっくりと静かに見たいですからね」
「ああ……アンタそういうとこあるよな」
どっちが嘘なのか、全部本当なのか。どっちでもいいやと少しだけ笑いながら歩く。プロデューサーが急がないから円城寺さんとの差は全然縮まらないけれど、それでいい。
いや、よくない。
「プロデューサー、追いつかないと弁当が全部食われるかもしれない」
「数分にも満たないロスでそこまで……!?」
「円城寺さんはたくさん作ってくれてるはずだけど、持ってこれる量は限度があるし……」
唐揚げだけはヤバいかも、と少しだけ早足になる。それを円城寺さんに抱えられたアイツがなんだか得意げに眺めていた。
昼飯の後、ライオンを見た。
檻越しに見たライオンはマイペースで、堂々としていて、退屈そうで、満足そうで、不満げで、静かで、不自由で、穏やかで、
かわいくて、かわいそうで、どうしようもなくキレイだった。