ぼくらのないしょばなし「ぐるぐるするっす……」
こんな時でもないと感じないようなめまいが少しでもマシになるように、と、園内の固いベンチの背もたれに自分の体を固定するように背を預ける。
しばらくそうして天を仰いでいたが、視線を斜め下にやると、頭が膝にくっつくくらいうなだれたジュンっちの、まんまるな頭が目に入る。オレと同じくらいか、それ以上にぐるぐるしてるんだろう。
その奥で、ナツキっちが心配そうにオレ達を見てる。なんで、ナツキっちは平然としてるんだろう。あんなにぐるぐる回るコーヒーカップにオレ達と乗せられてたとは思えない。きっと、ナントカキカンが強いんだ。
そんなことを考えていると、ハヤトっちとハルナっちが歩いてくるのが見える。童話の世界に出てくるようなかわいらしいコーヒーカップを、地獄の乗り物に変えてしまった元凶だ。
「お待たせ! 具合どう?」
「いやーやりすぎた! ごめんな」
そう言ってハルナっちはジュンっちに、ハヤトっちはオレにミネラルウォーターのペットボトルを差し出してくれる。冷えたそれを飲み込むと、胸のむかつきが少しマシになる。
「……はしゃぎすぎなんですよ」
ジュンっちの声に覇気がない。
「うっ、ごめん」
「……冗談です。こんな時ははしゃぐのが正解でしょう。二人は悪くないです」
心配をかけました、とジュンっちが言う。オレも心配かけてごめん、って言ったら、なんだか謝りあいみたいになってしまった。
***
オレ達は遊園地に来ていた。次の仕事が遊園地に関係あるから、とかなんかじゃない。単純にオレがみんなと来たかった。それだけ。
ジュンっちだけは勉強がどうだとか言っていたけど最終的にはみんな賛成してくれて、あれよあれよという間に何もかもがさくさくと決まり、今に至る。今をトキメクアイドルグループであるオレ達がこんな人ごみにいる。帽子をかぶった程度の変装で、五人そろって。
遊園地はやっぱり楽しかった。朝一で並んで、ジェットコースターに片っ端から乗った。一個だけ、ジュンっちとハヤトっちが身長制限で乗れないジェットコースターがあって、遠慮したオレ達に怒ったジュンっちがオレ達三人をむりやり乗せた。メガヤバいコースターだった。三回転くらいした。お化け屋敷にも入ったし、フードコートでふにゃふにゃになった肉うどんを食べたりもした。ソフトクリームも食べた。ハルナっちがボールをぶつけるゲームでくまっちを取ってくれた。こういうところがモテポイントなのだろう、とハヤトっちと騒いだ。メリーゴーランドは乗らなかった。なんだか、ちょっと気恥ずかしかったから。ジェットコースターの待機列も全然退屈なんかじゃなかった。きっと何人かにはオレ達がいるってバレてたけど、騒ぎにはならなかった。
そんなことをしていたら、あっという間に日は沈んで辺りは暗くなった。イルミネーションがあたりを彩って、オレは今日何回目かわからないことを思う。
今度はジュンっちと二人っきりで来たいな。
だって、オレはジュンっちが好きで、ジュンっちもオレのことが好き、なはずだから。だって、オレ達はいわゆる恋人どうし、だし。
今日だけで、何度も妄想した。
じとじとした空気のお化け屋敷で、ジュンっちの手を握って薄暗い館を歩く妄想をした。
乗らなかったメリーゴーランドの装飾を見て、オレがワガママを言って二人で馬車に乗る妄想をした。
すごい速度で回るオレ達のコーヒーカップのに乗りながら、二人を乗せたコーヒーカップがゆっくりゆっくり回る妄想をした。
ジュンっちの乗れなかったジェットコースターも、オレ達二人っきりだったらきっとオレは乗らなかったんだろうなって妄想して、今だってオレとジュンっち、二人っきりで言葉を消して、イルミネーションを眺める妄想をしている。
五人でいるのは何より楽しくて、センパイ達はみんなみんな大好き。でもやっぱり考えてしまうのだ。
まぁ、そんなこと考えてるの、オレだけなんだろうけど。
ジュンっちはいつも通りで、いつも通りなのだ。あーあ、少しでも、オレのことを考えてくれてたらな。
そんなツミブカイことを思いながら、みんなとテクテク歩く。
しばらく歩いてオレ達はそういえば乗っていないという単純な理由で観覧車の前まできた。
夜空にきらきらとした灯りとシルエットを浮かべるそれはとてもロマンチックで、やっぱりオレはジュンっちと二人っきりの妄想をしてしまう。狭い密室で、誰にも見られずに、空に一番近い場所でキスなんかしちゃったりして。
「じゃあ分け方どーする?」
ハルナっちの声で我に返る。そっか、観覧車は四人乗りだった。
ジュンっちと乗りたいな。
我に返って早々、また意識が妄想に引っ張られそうになる。でもこれは、運がよければワンチャンあるんじゃなかろうか。黒髪か、そうじゃないかで分けたりしないかな。
「じゃんけんでいっか」
「まぁそうなるっすよね」
「……シキ?」
流石にそんな分け方はしない。じゃんけんか。気合いでなんとかなるものじゃないけど、自然と気合いが入る。
効果があるかはわからないが、腕をクロスさせて手を組み、胸元の方にねじる。このおまじない、最初に考えたのは誰なんだろう。
「くじ、作りましょうか」
やる気満々のオレをよそに、ジュンっちがさらりと言った。
カバンから手帳を取り出して、オレ達に背を向ける。しばらくして振り向いたジュンっちの手には、細くちぎられた紙が五本、下半分を隠して握られていた。
「赤い印が三つ、何もない紙が二つです」
「ありがと、ジュン」
「よっし! 引くっす」
つまり、オレとジュンっちが白い紙を引けば二人っきりだ。
意気揚々と近づいたオレから、ふい、と手を遠ざけて、その手をハルナっちの方へと向ける。
「はい、春名さん」
「オレ?」
「なんでっすかー!」
「年功序列ですよ」
しれっと言ってのけるジュンっち。なんかいじわるだ。
「あ、赤チームだ」
そう言うハルナっちの手には、赤い印のついた紙。よし、いい感じ。
「ほら、ナツキ」
「……うん…………あ、赤……」
ぺら、とゆれる紙の先端が赤い。これはもしかすると、もしかするんじゃないか?
「はい、ハヤト」
心臓が破裂しそうだ。ハヤトっち、頼むから赤い紙を引いて。確率は三分の一。ちょっと少ないけど、あり得なくはないはず。いや、赤が三連続で引かれる確率だから、もしかしてもっと低いのかな。わかんなくなった。数学はニガテ。
「ほいっと……おー、俺も赤か」
連チャンしたなー、なんて笑うハヤトっちの横で、オレは内心ガッツポーズを取った。二人っきりだ。
「……では、僕と四季くんがペアですか」
ジュンっちはそうつまらなさそうに呟いて、残ってた紙をくしゃりとポケットに突っ込む。もう少し喜んでくれてもいいと思うけど。
でもオレ達の関係はみんなにはナイショだから、内心でオレと同じくらい喜んでいてくれることを祈るしかない。
「じゃあ、行こうぜ」
ハヤトっちがそう言って、オレ達は観覧車へと歩き出した。
***
「おおー! メガテンションあがるっす!」
「まだたいした高さまできてないでしょう……」
呆れるようなジュンっちの声。オレ達を乗せた籠は一つ前のハヤトっち達を乗せた籠をおっかけるように上にのぼっていく。まだ四分の一ものぼってないけど、それでもオレのテンションは高かった。
「高さとかじゃなくて、ジョーチョっすよ! せっかくジュンっちと二人っきりなんすから」
どう押さえたってテンションはあがるし、えへへ、とかでへへ、みたいな気の抜けた笑い声は口から漏れてしまう。
「オレは確率? とかよくわかんないっすけど、こうやって二人っきりになれたのってウンメーだと思うんすよね! ジュンっちもそう思うっすよね?」
ジュンっちの、ため息混じりな声。
「運命なわけ、ないじゃないですか」
「ジュンっち~! そこはウンメーって言ってほしいっす! ジュンっちは嬉しくないんすか?」
相変わらず淡々としたジュンっちに駄々をこねるように言う。オレくらい、とまではいかなくても、ジュンっちにも喜んでいてほしかったから。
問い詰めるように見つめたジュンっちの目が揺れて、口元が弧を描く。なんだか、悪い笑顔だ。
「……運命じゃ、ないんですよ」
そう言って、ポケットから手を取り出す。手に握られているのは二つの紙切れ。さっき余ったオレ達のくじだ。
ぱ、と手が開く。そこのあったのは、二つとも赤い印のついたくじだった。
「え?」
「ふふ」
「あれ? 赤い印が三つなら、残り二つは白っすよね?」
三人が赤い印を引いたから、オレ達は白。そうやって、チームをわけたはず。
「わかりませんか?」
「…………ジュンっち」
「ええ。ズル、しました」
そう言って、悪びれもせずにジュンっちがオレを見る。
「……嬉しくないですか?」
「……嬉しいに決まってるじゃないっすか!」
なんということだ。ジュンっちもオレと二人っきりになりたかったのだ。あんな、オレのことなんてどうでもいいような顔をして。
嬉しさに、後先考えずに立ち上がる。二人っきりの密室が、ぐらりと揺れた。
「四季くん」
「だって……嬉しくて……ねぇ、ジュンっち、そっち行っていい?」
「ダメですよ」
「え? そこで断るんすか」
ぺたん、と座り直す。ジュンっちはオモワセブリだ。
「まだ、ダメです」
ハヤト達から見えるから、と言いながら、ジュンっちが籠の下の方で俺の手を取った。
「え……これは……」
「見えないから、これはいいんじゃないですか?」
しれっと言ってのける。オレはと言えば手汗が酷いから手を離して欲しい。だけど、ずっと繋いでいたい。
「……オレ、今日ずっと妄想してたんすよ。二人でコーヒーカップ乗る妄想して、二人でお化け屋敷入る妄想して、二人でメリーゴーランドの馬車に乗る妄想して」
「はい」
「二人で観覧車乗る妄想もしたっす……オレ達、てっぺんでキスするの」
「ハヤト達から見えるからダメです」
「ダメかー! ……だったら、ねぇ」
五人でいるのは楽しいけど、やっぱり。
「……今度は二人っきりでこよ?」
「いいですよ」
そう言って手を握れば、同じかそれ以上の力で握り返される。繊細な指先に、きゅっ、と力がこもっている。
そうやって、観覧車のてっぺんにくるまでずっと手を握っていた。観覧車が下りはじめてから、ようやく外を見たオレ達は、ハヤトっち達の籠がぐらぐら揺れているのを見た。
「コーヒーカップの悪夢再びっす……」
「ナツキ……大丈夫かな」
あれは酷かった、と話し始めて二人で顔を見合わせて苦笑した。
今度くるときは、ゆっくり、ゆっくりコーヒーカップを回す約束をした。
ハヤトっち達の籠がちょうどオレ達の真下にくるころ、ジュンっちがぽつりと言った。
「……今なら、彼らには見えませんよ?」
試すような言葉の正解なんて知らない。引き寄せられるように頬に唇をよせれば、ジュンっちはくすぐったそうに目を細めた。
「今度は二人っきりで来て、てっぺんでキスしよーね」
そう微笑む。
ジュンっちは一言、ロマンチストですね、ってオレのことを笑った。