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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    85_yako_p

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    ドラスタ。翼の出番少ないけどドラスタ。(2019/01/19)

    ##ドラスタ
    ##カプなし

    ジャムを煮る いつも通りに事務所の扉を開けると、今日は何かが違っていた。
     見える景色に大きな変化はない。ただ、人だかりができている。そして、空間いっぱいに甘ったるい蜜の香りが漂っていた。
    「あ! 薫っちー!」
     扉の開く音に振り向いた四季が僕の名前を呼ぶ。それにつられて何人かがこちらを見た。そこには見知った脳天気な赤毛の男も見える。
     そして、振り向いた人間は皆、その手にりんごを持っていた。
     ふわり、視界に赤い果実を認めたことで、より一層蜜の匂いが強くなった気がする。
     四季が近づいてくる。両手いっぱいにりんごを抱えている。
    「はい! これ、薫っちにもあげるっす!」
     そう言って差し出された果実を反射で受け取った。手のひらにずしりと重さを感じる暇もなく、二個、三個と続けて渡されそうになるそれを、片手を上げて制す。
    「もーいらないっすか?」
    「これで充分だ」
    「遠慮とかいーっすよ。ヤバいくらいあるんすよ、りんご」
     話を聞けば、四季の祖母から大量のりんごが送られてきたらしい。ご丁寧に、事務所のみんなの分も。
     ちら、と人だかりの中心を見れば、山積みのダンボールが見える。あれがすべてりんごなのかと思うと、この事務所に充満した香りにも納得がいった。
     手のひらに乗せられたりんごは重たく感じた。みっちりと実が詰まっているからだろうか。いや、それだけではない気がした。きっと、僕の心の問題だ。
     その憂鬱のような、苛立ちのような重たい感情の出所を、僕は知っている。その黒いもやのような感情と、四季の屈託のない笑顔。なんとなしにその二つに板挟みにされたような気分になって、少しだけ困ってしまう。もちろん、表情には出さないが。
    「なんだ桜庭、遠慮してんのか?」
     そう言って天道が人だかりの中からこちらにやってきた。手に二つ、紙袋を下げている。明らかに質量を感じるその袋の中には、きっとりんごがたっぷりと入っているんだろう。
    「遠慮なんかじゃない」
    「本当か? 俺が言うのもなんだけど、本当にりんごいっぱいあるんだぜ?」
     そーっす! と同意する四季から少し距離を取った位置まで天道を引っ張って、そっと耳打ちをした。
    「……学生の手前、黙っていたが……僕は果物が苦手なんだ」
     真実だった。それでも、黒いもやを精一杯オブラートに包んで口にした。本当は果物なんて、大嫌いだった。
    「そうなのか……ん? 果物が苦手なのか? りんごが、じゃくて?」
    「そうだ、僕は果物が苦手なんだ。りんごも、バナナも、メロンも、全部」
     この手の中の一つだって、義理で受け取ったんだ。そう言えば天道の目線が、僕の手元のりんごに移る。会話は四季に聞かれていないだろうか。目線をすこしそちらにやれば、四季はすでに談笑の中へと戻っていた。
    「じゃあ、アップルパイはどうだ? もらったりんごで作ろうと思ってたんだけど」
     俺とお前と翼のぶんで、パイ二枚。あとは四季の家に一枚と、事務所に何枚か。
     大きな紙袋の謎が解けた。四枚もパイを焼くなら、確かにそれくらいのりんごが必要だろう。しかし、僕の感覚もだいぶ麻痺してきた。僕ら三人で二枚のパイを食べることになんの疑問も抱かない。柏木がいれば、パイ二枚なんてあっという間だろう。それがたとえ、食後のデザートであってもだ。
     東雲からレシピをもらったと笑う天道に、素直に告げる。
    「……パイは嫌いじゃない」
    「そっか、そりゃよかった。しっかしわかんねぇな。パイならいいのか。それに、一口に果物って言っても、味も食感もみんなバラバラだろ? 全部ダメなのか?」
    「しつこいぞ、天道」
    「あれ? 薫さん、それだけしか貰わないんですか?」
     天道と小声で言い合いをしていたら、柏木までやってきた。左手にりんごをたっぷりと入れたビニールをさげて、右手には齧りかけのりんごを持って。
    「……もう食べてるのか」
    「おいしいですよ。いくらでも食べられそうです」
     柏木がそう言うなら、本当にいくらでも食べるのではないだろうか。食べ盛りも多い事務所だ。僕一人がりんごをもらわなくても、りんごはきれいになくなるだろう。
    「翼、桜庭は果物が苦手なんだってよ」
    「ええ? こんなにおいしいのに……」
     しょぼん、と柏木が眉を下げる。別に君が持ってきたものではないだろう。そう、悲しい顔をしないでほしい。
    「なんで果物が苦手なんだ?」
    「しつこいと言ったはずだぞ、天道」
    「でも、苦手なところがわかれば、克服できるかもしれないですし」
    「克服する必要はない」
    「アップルパイとかは平気なんだろ? 何がダメなんだ」
     思いの外、食いつかれてしまった。面倒だ。思い切りしかめた眉を天道の指が押したので、遠慮なく払いのける。
     果たして、このまま隠し通すのと、理由を言うことの、どちらがより面倒だろうか。
     昔の僕だったら確実に隠し通すことを選んだはずだ。だが、彼らとの付き合いが長くなるにつれて、僕の考えは変わっていた。
    「……屋上に行くぞ」
     その言葉の意図を正しく汲み取ったのだろう。少しばかり神妙な面持ちで、僕たち三人は屋上に向けて歩き出した。

    ***
     
     屋上はすこし肌寒い。日差しはまだ暖かいのだが、風が冷たい。
     そして、それに相応しい静けさがある。時折聞こえるのは、面した道路を通るトラックの音だけだ。
     僕らは他人に聞かれたくない話をするときには屋上に来ていた。事務所は人が多すぎる。必ず、誰かしらがいるのだ。きっと、内緒話をするときに屋上を使うのは僕たちだけではない。
     屋上に先客はいなかった。頬を撫でる風。天道がすこし季節の話をしてから、僕が口を開くのを待った。
    「……大した話じゃない」
     前置きは、真実だ。僕は変わった、と思う。こんな、どうでもいい話を、彼らにだけ話すなんて。
    「患者の病室には、よくお見舞いの果物が置いてあったんだ。でも、それすら食べられない、食べる人すら来ることのない患者の果物はグズグズに腐っていく。その甘ったるい匂いが、僕は大嫌いだった。それだけだ」
     概ね本当のことだ。ただ、言っていないこともある。医者時代よりも、もっとずっと過去の記憶。
     僕の中に渦を巻く黒いもやの正体は、姉さんの病室に置かれた果物だ。姉さんの病状が進むに連れて、食べる人が僕しかいなくなったその果物は、いつも半分以上残ってしまった。
     まずはバナナ。黒ずんだ、舌にまとわりつく泥のような、甘みだけが強いバナナを食べたことがある。
     そして、りんご。あれは皮がしわしわとしてきて、蜜の香りが深くなる。水分が少し飛んだ、ふわふわとした食感のりんごを食べたことがある。
     あと、記憶に残っているのはメロン。ただでさえ強い香りのそれは、少し時間が経つと皮の上からわかるほどにその実が柔らかく、ドロドロとしてくる。触れたところからどろ、とした液がまとわりついてくるようで、舌に乗せたときの刺激だけが増したメロンを食べたことがある。
     そうやって、いくら減らそうとしても残ってしまう果物。その成れの果てが放つ匂いこそが、僕にとっての死臭だった。
    「……よし、今日は俺んちで飯食おうぜ。そんで、二人共泊まっていけよ」
    「はぁ?」
     天道の、いや、バカの発言には相変わらず脈絡がない。そんな言葉に柏木が同意を示す。
    「わぁ、いいですね。明日、お仕事一緒ですもんね。お仕事、昼からですし」
    「決まりだな」
    「おい天道、何が決まりなんだ」
     意味がわからない。僕は至極まっとうなことを口にしたはずなのに、悲しげな四つの瞳に射抜かれた。
    「……薫さん」
     柏木はただ、僕の名前を呼ぶだけ。その声には、寂しげな期待が滲んでいる。
    「……わかった」
     結局、僕はこいつらに甘いのだ。了承すれば馴れ馴れしく肩を組んでくる天道の腕。その腕を遠慮なく、思い切りはたき落として屋上をあとにした。

    ***
     
     天道の家は相変わらず小奇麗で、洒落た家具は認めたくはないがセンスがいいと思う。そして、何より食事がうまい。柏木につられて、僕もいつもより多めに食事をとってしまった。
     満腹になって、ふわふわのソファーに沈む。この家には、きっとファンの人間が思うよりも多くの、人間が自堕落になれる家具がある。今柏木が埋もれている、五〇インチのテレビよりも大きなクッションなどもそうだろう。
     台所にいた天道が戻ってきて、コト、とガラスのテーブルにきれいな器を置いた。キラキラとした器の中には切りそろえられたりんごが入っている。
    「いやならいいんだけどさ、おいしかったから、どうかなって思って」
     そういってりんごに華奢なフォークを刺して、隣にぼふりと天道が座る。クッションに埋もれていた柏木も寄ってきた。柏木を見習うように銀色のフォークを手にとって、切りそろえられたりんごを口に入れる。
     それだけだ。それだけで、天道はとてもうれしそうな顔をする。
    「……どうだ?」
    「別に果物の味は嫌いじゃない。あの、甘ったるい、死にかけたみたいな匂いが好きになれないだけだ」
     一口大に切られたりんごを咀嚼すれば、しゃきしゃきとしていて、甘酸っぱい。記憶の中のりんごとは、違う味。かけらを飲み込んでもなお鼻腔に残る匂いは、脳にこびりついた甘ったるい香りとは全く違った、生きた果実の香りだった。
     りんごを食べ終えた柏木は風呂に行った。僕も少し遅れてりんごを食べ終えて、空いた食器をキッチンに運ぶ。
     そこで天道がなにかをしていたので背中越しに覗くと、天道はりんごを切っていた。鍋には湯がぐらぐらと煮えていて、そこにはガラス瓶が沈んでいる。
    「りんご……まだ食べるのか」
    「違う違う。これはさ、ジャムにするんだ」
    「そういえばパイを作ると言っていたが、ジャム?」
    「ああ、お前もきっと気にいるよ」
     そう笑いながら、その手はトントンと一定のリズムでりんごを小さな扇の形に切り分けていく。皮がついたままのそれは赤色がアクセントになって、メイドあたりが好みそうな可愛らしい見た目になってる。
     天道の手はよどみなく動く。新しく出した鍋の1/3ほどをりんごで埋めて、その上にりんごの半分以上はありそうな量の砂糖をどさどさとかけていく。砂糖は、すっかりりんごを覆ってしまった。
    「砂糖をこんなにいれるのか」
     知識としては知ってはいたが、実際に見るとこんなにいれるのかと尻込みしてしまう量だ。
    「こうすると、腐らないんだ」
     こちらを見て、柔らかな笑みを浮かべて天道は言った。
    「これは、お前を置いていったりしないよ」
    「……そんな話を君とした覚えはない」
    「そういう話かと思ってた。置いていかれた気分になって、取り返しがつかなくなっちまうような、悲しくて苦しい話」
     違ったかな、と。天道は僕の横で、まるで独り言のように口にする。
    「果物って、身勝手だよな。食べたいときには熟れてなくて、かと言って放っておいたら腐っちまう」
     それには賛同する。それは考えたことがなかったけれど、そう言われてみれば、それは確かに僕が果物を嫌いな一因なんじゃないかと思えた。
     天道が華奢なボトルを開けると、ラム酒の匂いがふわりと香った。僕たち、大人のための飲み物。その琥珀色を一回し、鍋に注いでまたりんごを木杓子でかき混ぜる。
    「置いてかれた、気分になるよな」
     天道は、天道なりの解釈で、僕の苛立ちに寄り添おうとしているのだろう。時間が経って、甘い匂いが強くなる。腐ったような匂いじゃない、火を入れられた果実と、砂糖の匂い。視線を落とすと、飴色に染まったりんごが鍋の中でかき混ぜられていた。なんとなく、それを見ていた。
    「……果物が腐っていくのを黙って見ているのが嫌いだった」
    「ああ」
     痩せ細っていく、姉のからだ。
    「でも、どうにもできない自分も嫌いだった。時間を止められたら、何度も思った。くだらない願いだ」
    「それでもいいよ。これはさ、そういうワガママなお前のためのモノだから」
     甘い砂糖で時を止めて、ずっと寄り添っていられるように。大人のための、ラム酒を注いで。
    「明日、このジャムを食べような」
     夢を語るように、天道が口を開く。
    「明日の朝、三人で少しだけ寝坊をしよう。一番最初に起きた俺は、とっておきのコーヒーを淹れる。それで、翼には近所のパン屋におつかいを頼んで、焼き立てのパンを買ってきてもらう。朝が弱いお前はコーヒーの匂いでようやく目を覚まして、翼が帰ってきたのと同じタイミングで食卓につく」
     幸福な甘い香りが満ちていく。死とは程遠い、あたたかい香り。
    「それでさ、トーストしたパンにたっぷりのバターをとかして、このジャムをスプーンいっぱいに掬って、パンにたっぷり乗せて食べるんだ。素敵だろ?」
    「悪くないな」
     ふと、気配を感じてふりむけば、風呂からあがった柏木がにこにこと笑っていた。素敵ですね、と一言呟いて、柏木も鍋を覗き込む。
     そうして、しばらくの間煮えるジャムを見ていた。幸せが香りとなって肺に満ちる。僕たち三人は、きっとそれを共有していた。見当違いの優しさと甘い匂いは、確かに僕を慰めた。
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