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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    タケルと漣。ギリギリカプなし(危うい)
    (2019/7/25)

    ##大河タケル
    ##牙崎漣
    ##カプなし

    銀幕越しのジュリエット 朝起きたら、アイツが死んでいた。


     アイツが世にも珍しい病に蝕まれたと知ったのはその日の夕方だった。その病は大げさに言えば死因そのものであったけど、アイツはそれを聞いてつまらなそうに「ふーん」と言っただけだった。
     アイツは生き返った。いや、それは適切ではない。アイツは別に死んでいなかった。俗に言う、仮死状態というものらしい。俺にはイメージがわかなかったけれど、九十九さんが何かの物語のようだと言っていて、それはアイツの限りなく色をなくした心音に相応しい気がしていた。その病には、物語のヒロインの名前がついていた。


     アイツは死んで、生き返る。スイッチは睡眠だ。眠るたびに仮死状態に陥るなんて、厄介な病だと思う。


     最初に死んだアイツを発見したのは俺だ。アイツはキャリアで、俺の家の床に転がって眠りについた夜に発症したようだと医者から聞いた。
     あのときは本当に驚いた。てっきり眠っていると思っていたアイツを転がしたまま、俺は円城寺さんの持たせてくれたおかずをレンジに突っ込んでいた。チン、という音がして、テーブルの上が賑やかになって、そうしてようやくアイツを起こそうと声をかけたが反応はなかった。
     それ自体は普段どおりだった。アイツはそう簡単には起きない。声をかけて、録音してあった円城寺さんの歌を聞かせて、それでも反応しなかったコイツの肩を揺さぶって、その体に違和感を感じて頬に触れた。その頬は氷のように冷たかった。
     思えば、コイツの顔をまじまじと見つめたのはそれが初めてだったかもしれない。
     真っ白いを通り越して青白くなった肌に積もる白銀のまつげ。意識したことなんてない唇は冷たい色をしている。記憶の中にアイツの唇なんてないのに、その色は鮮やかだったはずなのにと悲しくなった。
     その時は病のことなんて知らないから、本当にコイツが死んだのかと思った。そう思ったのに涙はでなかったし、この事実を誰かに伝えるということもしなかった。だって、コイツは死んでいたから。
     死んだら、燃やさないといけない。俺はただ、コイツを燃やすのが嫌だった。いや、他人に見せるのすら嫌で、子供みたいな感情に任せてコイツの体を抱きしめた。
     ひんやりとした体は心地よかった。頬を擦り寄せると、眠りとなんら変わらない感触がした。死をろくに知らなかったのに、たしかに感じたのは死だった。燃やすのは嫌だ。誰にも言わず、埋めてしまいたかった。コイツの居場所は、俺だけが知っていればいいと、本気で思った。
     そんなことを思っていたら、徐々にコイツの体があったかくなってきた。コイツは口吻を受けた白雪姫みたいに血色を取り戻し、自分を抱きしめている俺に気がついて、思い切り肩を突き飛ばしてきた。俺は体勢を崩して、アイツの真っ青だった肌は真っ赤に染まる。
     アイツは何かをわめきながら出ていって、俺はそうなってようやく円城寺さんに連絡をとった。


     アイツは男道ラーメンに行ったところを円城寺さんに捕獲され、そのままプロデューサーに病院へと連行された。そうして、あの診断がくだった。
     その時に知ったのだが、どうやら仮死状態になった人間には人肌程度のぬくもりを分け与えてやれば仮死状態は解けるらしい。
     一日経っても目覚めないんだな。そう円城寺さんが呟いた。「ジュリエット症候群って言うから、てっきり時間が経てば生き返るものかと」


     最初にそれを発見したからだろうか。それとも俺が一番アイツのとなりにいるからだろうか。アイツの呪いを解く役目は、俺が担うことが多かった。眠ったアイツを起こす時、当然のように俺を呼ぶ声に誇らしさとは違う正体のわからない感情が満ちた。
     俺がいるときは、俺がアイツを抱きしめる。四季さんが一度だけ、「それがいいんすよ」って言っていた。
     アイツはいつでもどこでも眠るから、俺は何度もアイツを抱きしめた。控室の椅子で、事務所のソファーで、円城寺さんの家の畳で、アイツは何度も冷たくなって、そのたびに俺はアイツを抱きしめた。一度、俺がいない時に誰があの体を抱きしめるのかを考えて、すぐにやめた。
     俺の家にアイツが来たときは、俺の布団で俺の温度を分け与えながら二人で眠りについた。そうすれば、コイツはずっと柔らかで温かい。目覚めた時、薄紅色の肌をしたアイツを見て、安堵だけではない波が肺に満ちる。他人事のようにそれを眺めながら、たいして長くない時を過ごした。もちろん無意識だけれど、たまに俺が布団を奪って眠っている日もあって、そういう日はコイツは唇を薄紫にして死んでいた。
     俺が抱きしめていないと、生きて夜を越えられない生き物。そばにいてやらないと、だなんて。バカバカしいけど、本気で思ってしまったんだ。


     隠していたアイツの病が唐突にバレた。人前で寝ないようにとあれほどプロデューサーが言っていたのに、たった一人の長期ロケで疲弊していたアイツはうとうととロケバスの中で眠ってしまったらしい。
     事実は噂となって一瞬で広まった。プロデューサーはアイツに了解を取って、それを肯定した上で公表した。アイツは最後まで嫌がっていたけれど、プロデューサーは正しかったのだと俺は思う。
     思ったよりも問題はなかった。いや、問題なんて一個もなかった。それどころか、それを聞いた変わり者の監督から映画のオファーまできた。
     もらった役は死体役だった。こんな適任者もいないだろう。主役だよ、とプロデューサーが言う。「死んじゃう役だけどね」


     撮影のことを俺は知らない。アイツは何も言わないし、俺は何も聞かない。


     四季さんに連れられて、俺とコイツと四季さんと隼人さんでその映画を見に行った。
     思ったよりコイツの出番は多かった。コイツはハツラツと動き、笑い、食事をし、怒りに顔を歪ませてみせた。死の匂いなど一つも纏わず、生命の象徴のように全身を躍動させて。
     スクリーンひとつを通して見てみると、俺がいかにコイツのことをぼんやりとしか見ていないかがわかった。肌は白いけど病的ではない。コイツが俺を見ていないときの瞳の色は少し退屈そう。指先は思ったよりも繊細で、そこまで考えて、俺に普段向けられる指先の奔放さをイメージでしか捉えていないことを知る。前にも見知った感情だ。その時は強く思うのに、コイツが隣にいるのが当たり前過ぎて、その感情を毎回見失う。
     映画が中盤になり、アイツが病に侵される。鮮血を吐く頬の白さはメイクだとわかっているけれど、見つめると心臓が跳ねた。忌々しそうな顔は本当に自分の体の異変を受け入れていないようで、俺はジュリエット症候群に侵されたときのアイツの心情を考えてしまった。
     ふ、と。隣にいるコイツを見たらコイツは眠たそうにあくびをしていた。頼むから寝ないでくれよ、と思う。この大衆の中で俺がオマエを抱きしめるのはちょっとした事件だ。いや、コイツの病はもう知れ渡っているけれど。
     不安に駆られていたら物語が終わろうとしていた。アイツは見知らぬ人間に抱きしめられてピクリとも動かなくなっていた。そのシーンを見て、ようやくアイツが夢のように美しいことに気がついてしまった。あんなに抱きしめていては、アイツの魔法が解けてしまう。そう思った。
     銀幕いっぱいに映し出される命を失ったアイツ。乱れた髪、陶磁のように意思のない肌、青紅もなしに変色した唇。眠りとは明らかに違う、死の香り。
     観客全員が息を飲んでいるのがわかる。さっきまであんなにも命に満ち溢れていた生き物が死んでいる。命を燃やし、溢れ出した生命を散らして輝いていた生き物が、触れずともわかるほどに冷たくなっている。
     映し出されたアイツを見て、横にいるコイツを見る。何もかも違う、同じ生き物。ふとまばたきをしたコイツのまつげが、ぼやけた光に照らされる。
     積雪のようなまつげはどちらも同じように見える。それでも違う。まとう気配が、命が違う。コイツのまつげをまじまじと見たのは、初めてかもしれない。
     こんなの、見ようと思えばいつだって見れた。例えば俺の家にコイツが転がっている時、とか。でも、俺がそれを意識したのはコイツの病が発症してからだった。
     もう、眠るコイツは大衆のエンターテインメントになってしまった。俺や、限られた人間だけが見ることのできたはずの美しいもの。
     手元からすり抜けた銀の輝き。それを残念に思う資格は俺にはないように思える。


     さっきまで四季さんや隼人さんに絶賛されて得意げにしていたアイツが事務所のソファーで死んでいる。三人で映画の感想を言いながら盛り上がってる間に、勝手に死んでいた。
    「漣っち起きて! 撮影秘話とか聞きたいっすよー!」
     四季さんがアイツを揺さぶりながら、その体を抱きしめようとする。別に、それでよかった。それでよかったはずなのに。
    「……四季さんに迷惑はかけられない。俺がやる」
     四季さんはそれを聞いて夕暮れみたいに笑った。笑ってくれてよかった。隼人さんの顔は見られなかった。俺はいったい、アイツの何だと言うんだろう。
     俺は一体、アイツを抱きしめようとした四季さんに何を思ったんだろう。
     四季さんは一体、俺のあの言葉を聞いて何を思ったんだろう。
     コイツの上半身を起こして抱きしめる。他人事みたいな距離のある冷たさが服越しに這う。
     四季さんはその瞳が開くまでをじっと見ている。俺は銀幕いっぱいの、青白い肌を思い出している。
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