共に生きるということ。塩と胡椒をしただけの肉が、じゅうじゅうと焼ける家庭的な音。
その音を聞きながら桜庭薫はため息をつく。
何故、自分が食事を作っているのだろう。自身と、彼との二人分の食事を。
きっかけはほんの些細な雑談だった。
「桜庭って、料理できなかったら一人暮らし大変じゃねぇの?」
ちょうど桜庭のフォークがレタスを突き刺した瞬間。
確か、天道が作った食事を二人で囲んでいたときに、天道が何の気はなしに言ったこの言葉。
「バカを言うな。僕は人並みには食事くらい作れる」
料理ができないだろう、という前提の発言に少しムッとして返せば、そこにあったのはキラキラとしたラズベリー色の瞳だった。
「そうなのか」
裏切られるなんて思ってない、信頼の色。
「俺、桜庭の飯食ってみたいな!」
失言ではなかった。だが、面倒なことになった。
こうしてあれよあれよという間に話は進み、桜庭はこうしてキッチンで二人分の食事を作っている。テーブルでは、天道が上機嫌に待っている。立場が入れ替わっただけの幸せな食卓だ。
人並みに料理はできる。嘘はない。ただ、桜庭は自分の料理がおいしいと思ったことなど、ただの一度たりともなかったのだ。
無意味だ、と思う。天道のほうが料理はうまいし、天道自身、他人に料理を振る舞うことを楽しんでいる。だとしたら、天道が料理を作った方がよいに決まっている。ただ、料理を食べてみたいと言われそれを断るには、桜庭は天道の瞳に弱すぎた。
「ほら、できたぞ」
「おお!うまそうだな」
うまそうなものか。桜庭は内心、そう思う。それでも天道の笑顔を見ていると、何か自分がとてもよい行いをしたような気分になった。
「いただきます」
二人の声が重なる。示し合わせずに、互いに肉にナイフを入れ口へと運んだ。
「うまい!」
そう言って天道が屈託なく笑う。その表情には、嘘や世辞なんて一つもなかった。そして桜庭はと言えば、少しだけ驚いたように口を開いた。
「……そうだな」
何故だろうか。いつもの食事よりおいしいと感じたのだ。特別いい食材を使ったわけではない。味付けもいつも通り。取り立てて空腹なわけでもない。なのに、いつもの味気ない食事が今日はおいしく感じたのだ。
不思議だ、と思う。でも、理由はわかるような気がした。
「……たぶん、君のおかげなんだろうな」
言葉の意味をわかりかねるようで、天道がきょとんとした目でこちらを見ている。
そうだった。
彼と食べる食事は、いつだって少しだけ特別で、きっと格別においしいのだ。