月の王宮 アイツはヒマワリみたいだ、って。
言ったのは円城寺さんだったかプロデューサーだったか四季さんだったか、はたまた隼人さんだったか。いや、他の誰かかもしれない。何一つ覚えていなくて、理由も知らなくて、だからそうだとも思わなくて。だって、アイツがヒマワリって、なぁ。
でも、百合だとかバラなんかよりは近いのかもしれないって思ってた。仮に、花に例えるとしたら、だ。アイツを例える花。バシっとした確証を与えられないままだった十七歳の夏。疑問は一年後に溶ける。
「ヒマワリはね、太陽の方をずっと見るんだ」
こう言ったのはみのりさんだった。これは覚えている。だって、つい先日の出来事だから。
「確かに漣くんは何かをひとつ、じっと見るよね……それに、漣くんってずっとタケルくんのこと見てたから。当人は気づかないものなのかな。一年くらい前はそれこそ、ずっと見てたよ」
アイドルになって二年目の夏。一年かけて一気に近づいた距離はアイツへの興味になって、疑問は口から溢れた。アイツのこと、ヒマワリみたいだって言った人がいたんだ。みのりさんは、花に詳しいよな、って。
一年前だったら理解できなかったかもしれない。理解しても、受け入れなかったかもしれない。
でも、今ならわかる。だって、俺がアイツを見ると、パチリと視線が絡むから。たまに外れるようになった視線に、なんだか、独占欲ともつかない感情が湧き上がるから。
それでも、俺はアイツをヒマワリだとは思えない。あんなのは、捕食者だ。
組み伏せたアイツは一度も殊勝な態度を取ったことはない。ただ挑戦的な目つきをこちらに向け、伸ばした白い手でするりと俺の頬を撫でる。目が爛々と輝いて、獲物を見つけた猫みたいに興味と支配でもってこちらを見つめている。
ただ、俺はそれに震える鼠ではない。視線を金色にあわせ飲み込んでやるように目を細めてみれば、アイツは楽しそうにニヤリと笑う。捕食者と捕食者が、睨み合う。首元がゾクリと冷える。こんなのが、ヒマワリであってたまるか。満月の光を取り込んで色を変えた目は、太陽が世界で一番似合わない。これは、夜の生き物だ。
俺の吐息も、汗も、欲も、全てがコイツへの献上品のようだ。シーツの海にたゆたい、俺からのすべてを喰らい尽くそうとする、宵闇の王者。屈してしまいたくなるような色香がぶわりと舞うような錯覚。昼と夜。くるりと反転してみせた声が俺を呼ぶ。
「おい、オマエ」
それだけで、全身が震える。歓喜か、恐怖か、正体の掴めない感情は不思議と快楽に直結して、俺の脳を掻き回す。
「……なんだよ」
どこか遠い、自分の声。
「……くはは」
笑い声には、たくさんの意味がある気がする。余裕ねーな。ダセェの。バカみてぇ。必死だな。混ざる自惚れ。好きだ。
被害妄想みたいな、希望的観測のようなそれ。そのどれだって夜は姿を現してくれない。耳を侵す笑い声を塞いだのはキスではなく俺の手のひらで。
なんだよ、と目が問う。何も返せない、苦し紛れみたいな俺の左手。食うか食われるかみたいな勝負で、一度も飲み込めたことのないコイツの感情と、自分の声。
「…………なんとか言えよ」
「やーだ。めんどくせえ」
なんとか言えよ。コイツは最初の一回、不満げに眉をしかめただけで、あとは気まぐれに俺を受け入れる。俺はコイツへの欲を理解しないままにそのからだに触れ、くちづけ、汚し、先へ先へと縺れ込むように熱を穿つようになった。こんな感情も行為も、知らなくても生きていけたはずなのに。
なぁ、俺のことが好きだろ?
聞いてしまえたらいいんだ。返答がどっちでも俺は何かしらの感情を得る。それでも聞けないのはなんでなんだろう。ああ、きっと俺たちは先に繋がっちゃいけなかったんだ。
首筋に噛み付く。俺が今からオマエを喰らうというサイン。見えなくなったコイツの目はきっと、やってみろと笑っている。何度コイツを抱いても終わらない勝負。どちらかが一言、好きだと言えば負けが決まる遊び。
ヒマワリなもんか。俺の歯が白く滑らかな首筋に埋まっていく。脳内に反響する自分の胸の内。ヒマワリなもんか。
その金の目は捕食者のそれだ。俺の恋も欲も献身も怒りも、全てを喰らいつくしてアイツは笑う。今日も満月の玉座に腰掛けて、俺のじゃれつくような甘噛みを愛でている。