極彩色と銀夢を見た。現実ではありえない光景だったのに、見ている間は夢だと認識できない。そんな夢。
極彩色に埋もれている。最初は部屋の一角にぽつんとあったオモチャやカラフルなお菓子は、夢特有の突拍子のなさで爆発的にその量を増していく。
やがて部屋一杯になったそれは津波か雪崩かのように俺を押し流して外へと溢れていった。外にでてもそれらの増殖は止まらない。
カラフルな雪崩にせき止められてクラクションを鳴らす車もまた原色で色とりどりの列をなしている。目がちかちかする。
ああ、こんなんじゃ。見つけられない。
泣き出すか、叫び出すかしたかった。すると目に一瞬だけ銀の光が目に入った。光を反射した、アイツの髪だった。
目を覚ますと、まるで縋るようにタオルケットを抱きしめていた。
息がうまく吸えなくて、口元に手を当てると頬がぐっしょりと濡れていて、自分が泣いていたのだとわかる。
荒い呼吸を整えて部屋を見回す。夢の始まりのように、部屋の一角にぽつんと置かれたカラフルな物達が目に入る。アイドルをはじめて、ファンからもらったプレゼント達。モノクロを基調にした、殺風景な部屋を彩っていた宝物達が、なぜだか今日は得体の知れない物のように見える。まるで、廃墟のなかにぽつりと遊園地があるみたいだ。
窓の外を見ると夕方だった。昼寝にしては長く寝過ぎたみたいだ。どうしようもなくなって、パーカーを羽織って外へ飛び出した。
路地裏に座り込むと不思議な感じがした。アイツはいつもこういうところで寝ているのか。
どうしても部屋に帰りたくなかった。そのとき思い出したのは円城寺さんの気さくな笑顔ではなくて、路地裏や公園で眠っているアイツのことだった。
アイツにできるなら俺にもできるだろう。一晩、一晩だ。あの夢を忘れる少しの間でいいから、どこか別の場所で眠りたかった。
にゃあ、と言う声が聞こえたから振り向けばチャンプがいた。おいで、と声をかけたが、チャンプはふらりとどこかに行ってしまって少しだけ寂しかった。
眠くはなかったけど、何もする気が起きなかったから目を閉じた。もう夢は見ないように願いながら。
「おい!起きろ!」
大声と、腕の痛みで目を覚ます。目の前には見知った銀髪がいて、俺の腕を痛いくらいの力で締め上げていた。
「何すんだよ」
「うるせぇ。オマエこそ何してんだよ。まさか、ここで寝るつもりじゃねーだろうな」
そのまさかだ。
「俺の勝手だろう」
「オマエがどーなろうと知ったこっちゃないけどな、こんな、オレ様が近寄っても気がつかねぇようなザコに外うろうろされると迷惑なんだよ」
そう言って俺の腕を捻り上げる。痛みに思わず呻き声が漏れた。
「オラ、わかったらとっとと帰れよ。オマエ家あるだろ」
「……イヤだ」
「はぁ?」
「イヤだ」
こいつの言っていることはもっともだ。これがコイツだったからいいものの、もしも別の、良くないことを考えているやつだったら。そう考えると少し怖い。
それでもどうしても家には帰りたくない。あの部屋には戻りたくない。子供みたいだ。でも、あの夢が怖い。
「……チビでガキとか救えねー。ワガママ言ってないで戻るぞ」
そう言ってそのまま腕を引かれた。多分、本気で抵抗すればふりほどけたけど、おとなしくその力に従った。
コイツに連れられて歩き出す。背中で、猫がにゃあ、と鳴いた。
「鍵」
「かけてない」
「はぁ!?オマエ本当どーしたんだよ……」
ドアノブを捻ったら簡単に開いた扉にアイツが呆れたように呟く。そんなことはわかってる。今日の俺はどうにかしてる。
そのままアイツが俺を部屋に放り込もうとしたから、今度はこちらから腕を掴む。
「何だよ」
「オマエだって外で寝ようとしてるんだろ」
「オレ様はいいんだよ」
「よくない、こっち。入れ」
何で俺はコイツを部屋に招き入れたのだろう。招き入れたと言うには少し乱雑だが。俺はダメでコイツはいい、という状況に子供みたいにつっかかったのかもしれないし、純粋に一人が怖かったのかもしれない。そのまま腕を引けば室内の大きくないテーブルの側にコイツは腰を下ろした。少し離れて俺も座る。
二人とも無言だった。俺は何も説明できなかったし、コイツはなにも聞いてこなかった。ただ、沈黙があまりに長くて、俺は先ほど見た夢には音声がなかったことを思い出していた。夢って、みんなそんなもんだったっけ。わからない。
おとなしいコイツは珍しかった。絶対に文句を言ってくると思っていたけど、予想に反してコイツは静かにしていた。
しばらくそうしていた。焦れたように口を開いたのは俺だった。
「何にも聞かないんだな」
「……聞いてほしいのかよ」
どうなんだろう。図星なのだろうか。自分でもよくわからなかった。話を聞いてほしかったのか、単純に沈黙に耐えきれなかったのか、少しずつ、自分の中の戸惑いを整理していくように話始めた。
「夢を見たんだ。物に埋もれる夢」
コイツは何も言わない。目を見るのが少しだけ怖くて、すこし俯いて話を続けた。
「それは全部宝物だったんだ。だけど、それはすごいカラフルで、チカチカして、怖くなった。ああ、これじゃ何も見つけられないって」
このままでは捜し物が見つからないのではないか。それがとても怖かった。増えていく宝物に埋もれて、俺は大事な物を見つけられなかったらどうしよう。
「本当に怖くて、もう意味がわからなくなって、そしたらオマエを見つけた」
アイツのほうを見る。少し、距離がある。人一人分のスペース。その距離が絶望的に遠い。
手を伸ばす。その銀髪に届かない。夢よりもずっと近い距離なのに。そう思ってたらすっと距離が近づいた。猫がいつの間にか足下にいるみたいに、アイツは自然に距離を詰めてきた。
手が銀髪に触れる。夢で見つけた光。なんでこんなに安心するんだろう。これは俺の捜し物じゃないのに。
「……オマエのことなんて探してないのに」
ああ、ダメだ。涙が溢れる。泣き顔を見られたくなくて、首に手を回して抱きついた。振り解いてくれたらいい。そして、いつもみたいに粗野な言葉で俺を馬鹿にして出て行ってくれたら俺はどれだけ救われるんだろう。
「……最強になれば探しモンなんて向こうからくる。言っただろうが」
だけど、声色は優しかった。少し呆れたような柔らかな声。
「わかってる、わかってる、けど」
「けど、じゃねー。泣き言はテッペン獲ってから聞いてやる」
こういう所は優しくない。それがありがたい。そうだ、そうやって生きていくって決めたんだから。
「……あと、宝物が増えるのは悪いことじゃねーだろ」
そういっていきなり横に倒れ込むから、抱きついていた俺も一緒に倒れ込んでしまう。体勢が崩れて、顔が近い。
「あー!もー!めんどくせー!いいから寝ちまえ!」
「はぁ!?ここ床だぞ」
「外で寝ようとしてたやつが何言ってんだ!」
どんだけ慰めるのが下手なんだろう、コイツは。そのままコイツはわしわしと俺の頭を撫でて胸元に抱え込む。抱きすくめられる。
オマエが寝たら俺は出てくからな。そういったコイツのほうが先に寝たのは実にコイツらしかった。ひさしぶりに人の体温を抱いて眠った。
夢を見た。アイツらとカラフルなオモチャで遊ぶ夢。俺の宝物を見て嬉しそうに笑うアイツらの夢。柔らかい銀色のひかり。