ずれていくアイツの声が出なくなった。
昨日の夜は大雨で、泊めたアイツが目覚めたのがさっきの話。金魚のようにパクパクと動く口からはなんの音も出てこない。昨日の夜は、雨音が意識の外に向かうほど快活に踊っていた声が、失われている。
表情と、現状。大方朝飯のことを言っているんだろうとあたりをつけて、トースターで温めたパンを差し出せば、不機嫌そうな顔で何やら言っている。きっと、量が足りないんだろう。
「これしかないんだ。オマエが突然くるのが悪い」
不満げな顔。動く口元。パクパク。
「事務所に行く途中に何か買ってけばいいだろ」
きっと、仕方ねぇとかそんなことを言ってるんだろう、パクパクと動きながら、薄っぺらいトーストを飲み込んでいく口。
心臓がうるさい。オレは本当のことを言えないまま、コイツと一緒に玄関をくぐる。
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チビの耳が聞こえなくなった。イラつく。
何がイラつくって、テレビだのスマホだの、そういう音は聞こえてるみたいなのが腹立つ。オレ様だけを無視するなんていい度胸だ。
「おい! 冗談ならつまんねーから止めろ」
薄っぺらいトーストを差し出してきたチビに言う。何を勘違いしてるんだか、チビが言う。
「これしかないんだ。オマエが突然くるのが悪い」
見当違いもここまでくると笑えてくる。いや、全然笑えねぇ。適当に、会話らしいものを成立させようとして、自分の異変を認めようとしねぇ。
「バカじゃねーの?」
何勝手に、オレ様の声だけを。
「事務所に行く途中に何か買ってけばいいだろ」
アイツは適当な相槌を打ち続ける。オレ様はどんどん気分が悪くなる。
オレ様は足早に事務所に向かう。チビに現実を叩きつける人間を探しに、だ。