王手「王手」
パチリ、という小気味よい音が事務所に響く。桂馬が盤上を駆ける音。
天道はニヤリと笑い、自らの勝利を確信した上機嫌な言葉を桜庭に投げかける。
「なぁ、『天道のことなら十手先まで読める』んじゃなかったのか?」
「ヘタクソな物真似をやめろ。不愉快だ」
そう腹立たしげに言葉を吐きながら桜庭が銀を動かす。パチリ、という先ほどよりは小さな音。この一手は桜庭の意志ではない。こう動かさないと「詰み」だからだ。
「そうしないと負けだもんな。わかるぜ。ああ、俺のほうがよっぽど、桜庭のこと、わかってるみたいだな?」
そう言って天道はまた駒を進める。得意げな笑みで、あと二手で終わりだと宣言までして。
ところが桜庭は天道の思い通りには動かなかった。少し前に奪った角を盤上に叩きつけ、天道の顔を見やる。「王手」の言葉と共に。
「……予測できたか?」
「……そうこなくっちゃな」
煽りあうような言葉。お互いの目にお互い以外の何もが映らないことを当人たちだけがわかっていない。
事務所、閉める前に終わるといいんですけど。山村と柏木が談笑しつつ煎餅を口に運ぶ。事務所に大きく響いたパキリ、という音は、天道と桜庭の耳には入らなかった。