【急募】犬。 嫌な予感は大抵当たる。これは予感でもなんでもないけど。
「秀……その、百々人は?」
別に鋭心先輩は百々人先輩の現在地点や体調が知りたいわけではない。それでも、ささやかな抵抗として彼が求める返答はしなかった。
「グループトークがきてたでしょ? 打ち合わせですよ。さっきまでいたんですけどね」
ぐ、と鋭心先輩が言葉に詰まる。そうして少しだけ考えるように息を吐いた後、意を決したように声を正して口を開いた。
「その……百々人は、何か変わりなかったか?」
「なにかって、なんですか?」
「その……たとえば……いつもと違うところはなかったか?」
この期に及んで明言を避けるもんだから、ため息ひとつをつけて返してやった。
「百々人先輩は鋭心先輩と喧嘩してたって、俺への態度は変えませんよ」
「……気が付いていたのか」
「そりゃ、さすがに。初めてでもないですしね」
思えば最初は大変だった。俺からしたら喧嘩にすらなっていない些細な言い合いでもこの二人はぐったりとしてしまったものだから、俺は俺なりにフォローをしたつもりだ。そうやってこの二人は少しずつ、健全に喧嘩が出来るようになってきた。
なってきた、のだが。
「……拗ねているんだ」
主語のない言葉だ。でもわかる。これは鋭心先輩自身のことでも、ましてや俺のことでもない。それでも、この人が思い浮かべている人のことははっきりとわかってしまう。
「俺に気を許しているということだろうが、強情なのには困りものだ。まぁ……」
百々人先輩は時々強情。わかる、んですけどね。
「そんなところもかわいいんだがな」
別にかわいくないです。返事の代わりに俺は生返事をひとつ返した。
「アマミネくん……マユミくん、何か言ってた?」
冗談みたいなタイミングだ。さっきまでその人、ここに座っていたんですよ。いまはコンビニに行っているけど、十分もすれば戻ってくるんだから俺にこれ以上話を振らないでほしい。
「……言ってましたよ」
「嘘。……なんて言ってた?」
「守秘義務です」
義務も義理もない。でも、言うのは面倒くさいのではぐらかす。
バレてるよね。百々人先輩はそう呟いて、あとは独り言のように甘い声を零した。
「……マユミくんってば意地張ってるんだよ。子供みたい」
素直になればいいのに。そう言って百々人先輩は短く笑う。ほんと、素直になればいいのになぁ。二人とも。
「……まぁ、そういうとこはちょっとかわいいんだけどね」
別にかわいくないです。ついさっき吐きだしかけたセリフをもう一度胸の中にしまいこむ。
俺は天才だからわかる。鋭心先輩はコンビニで、百々人先輩が好きだと言っていた期間限定のチョコレートを買ってくる。百々人先輩は謝るきっかけを手に入れて、それを受けて鋭心先輩は「俺も悪かった」って口にするんだ。
仲良きことは美しきかな。喧嘩するほど仲がいい。
だったらそろそろ、夫婦喧嘩は犬も食わないということを、この二人には学んでほしい。