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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    百々人と九十九先生がアップルパイを食べる話です。(22/3/3)

    ##花園百々人
    ##九十九一希
    ##カプなし

    丸、三角、秘密 嫌だなって思った。この問いかけも、それを嫌だと思う自分も、全部。
     僕と九十九さんは向かい合ってアップルパイを食べている。お仕事がアップルパイのイベントだから休憩にアップルパイが出て、仕事で一緒だったから目の前に九十九さんがいる。そういう当たり前の流れの中で、九十九さんが僕に教えてくれた。
     とある海外では、アップルパイは代表的な家庭料理なのだ、と。
     日本で言う肉じゃがとか、そういうものなんだろう。家庭によって味が違って、みんなが当たり前みたいに大切にしているもの。そういう日常の延長線上が、僕にいとも容易く投げかけられる。
    「百々人さんにもそういう料理はあるか?」
     取り留めもない話題だった。取り留めのない話題のはずだけど、僕にとってはそうじゃない問いかけだった。聞きたくもなかったけど曖昧に微笑んで、答えたくなかったから質問に質問で返す。
    「九十九さんの家はどの料理が家庭料理なんですか?」
     九十九さんは意外そうな顔をした。自分が渦中の人になるとは思っていなかったとでも言うような、そういうことを考えたこともない人が浮かべる表情だと思った。どうしようもなく他人事の距離感が滲むような、そういう目を丸くしていた。短くない沈黙を挟んで、九十九さんは口にする。
    「…………飴玉」
    「……飴玉?」
    「ああ。……家庭の味でも、料理でもないな。スーパーで売っているような、大入り袋の飴玉だ」
     彼の視線が一瞬だけ外れた。思い出を遠くに置いてきたように細められた瞳が疎ましい。たった二年間の差で、こんなにも遠くを歩けるものなのだろうか。
    「……なんで、ですか?」
     両親が飴玉職人、ってわけじゃないだろう。この人の親のことはいろんな人が知っている。僕だって知っている。この人の親は、有名な作家だ。
    「父と俺を繋いでいたのは本だ。だから……手が塞がらず、本が汚れない飴玉をよくもらった。もらうまで味がわからないんだ。桃、葡萄、蜜柑、檸檬、」
     林檎。そう呟いて彼はアップルパイを口に運ぶ。
    「……何味が好きだったんですか?」
    「どれでも。父がくれるものはなんだって嬉しかったよ。……父の手を覗く前に、今日は何の味だかを考えた。それが当たると、嬉しかった」
     彼は柔らかく笑ってアップルパイにフォークを突き立てた。ぱり、と小さな音が鳴って、皿の上に細やかな生地が散る。きっとこの人と彼の父親の間には、こういうものは存在できない。
    「いいお父さんですね」
    「……ああ」
    「作家さん、ですよね?」
    「知っているのか?」
    「お名前は。本は読んだことないけど……すごいなぁ。優しくて小説も書けるなんて、自慢のお父さんですね」
     本心だ。彼はそれを受け止めてうっすらと笑った。十九にもなると、親を褒められたときに手放しでは喜べないものなんだろうか。
     九十九さんはもう僕に質問をしなかった。僕はぼんやりとあの人を思い出す。そうして、浮かんだ一つの思い出を口にした。
    「……僕は、おにぎり。サンドイッチもそうだけど、やっぱりおにぎりかなぁ」
     僕もアップルパイを切り崩した。果肉がフォークに貫かれて、そのまま僕の口へと運ばれる。甘酸っぱくておいしい、不特定多数に振る舞われる家庭の味。
    「勉強、たくさんしたから。だから片手で食べられるように、よく夜食におにぎりを作ってくれました」
    「そうなのか」
     九十九さんは僕の過去に報いるようにそっと笑った。えらいな、とは言わなかったけれど、何かを認めるようにそっと微笑んだ。
    「百々人さんはドキドキしたか?」
    「え?」
    「おにぎりの具。中身が見えないだろう?」
     その目はなんだか期待に満ちていた。父親の手の中に隠されていた飴のように、明かされない愛を考えるときの、そういう秘密を共有出来るのではないかという期待が滲んでいる。
    「……どきどきは、しませんでした。いつも中身は梅干しだったから」
     好きなのか、と九十九さんが問いかける。僕は首を横に振った。
    「疲労回復の効果があるとかで、毎回梅干しだったんですよ」
    「そうか。そういうこともちゃんと考えてくれる母親なんだな」
    「はい」
     はい、じゃない。そうでした、が正解だ。
    「あ、でも、リクエストしたら何でも作ってくれました。おにぎりの具も、なんだって」
     これは本当。あの人は頼んだらなんだってしてくれた。あの人はあの日まで、確かに優しかったんだ。ただ僕が、申し訳なくて、情けなくて、惨めで、どうしようもなくて、あの人に何も頼めなくなっていっただけだった。さようならをするまで、本当に彼女は優しかった。
    「そうか。優しい人なんだな」
     ぐ、って胃が歪んで食べた物を吐き出しそうになる。そうでした、はきっとダメだ。もう誰のためかもわからないのに、僕は取り繕うように口角をあげる。
    「はい。優しい人です」
     優しい人です。優しい人でした。ただ僕に才能がなかっただけ。
    「……なら、百々人さんのおふくろの味は梅干しのおにぎりなんだな」
    「……そうですね」
     そういえば梅干し味の飴もあった、と九十九さんは笑う。僕はこの幸せな人にどこか寂しさを望んでしまった。どこにだって売っている思い出と、もう二度と手に入らない思い出。無理やりふたつを天秤に掛けて、僕は思う。九十九さんのことは知らないけれど、彼の幸いを確信するには何かが、なにもかも足りていないことを。
    「……成功させよう。このアップルパイが、訪れた人たちの思い出の味になるように」
     少し大きいアップルパイの欠片を一口で平らげて、九十九さんは柔らかく息を吐く。僕も残った最後の一口を飲み込んだ。
    「……九十九さん」
    「ん、どうしたんだ?」
    「僕、今日バックに飴玉入ってるんだ」
     さっきまで忘れていたけど、いま、どうしようもなく思い出した。
    「お仕事が終わったらあげます。だから、何味がもらえるのかを考えてみて。桃、葡萄、蜜柑、林檎、檸檬。それと、マンゴー」
     僕から飴をもらったら、この人はどんな表情をするんだろう。笑ってくれるんだろうか。思い出に踏み込まれたと顔をしかめるのだろうか。それでも、どこまでも自己中心的に、僕は彼に何かをしたかった。
    「ああ、楽しみにしている」
     彼は笑った。当たり前に笑った。きっと、全部が僕の考え過ぎだった。
     立ち上がってお皿を下げるために移動する。休憩が終わるまで少し時間があった。そういえば、控え室にはたくさんのおにぎりがケータリングで用意されていたっけ。
     中身の見えない三角の中には何が入っているのか。僕はそういうものに全く興味が抱けなかった。梅干しがあろうとなかろうと、そんなの本当にどうでもよかった。
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