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    85_yako_p

    カプ入り乱れの雑多です。
    昔の話は解釈違いも記念にあげてます。
    作品全部に捏造があると思ってください。

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    タケ漣。漣の女装。性癖のアクセルを強めに踏んでます。(22/8/29)

    ##タケ漣

    枯れ枝の人形遊び。 『杏奈』という名前の女の子がいる。いや、『いた』って言った方が正しい。これは死んだ女の子の名前だ。
     その名前を借りる──押し付けられたのはアイツだった。気の狂った老婆の、たったひとつの安寧のためにアイツはいまその身を投げ出している。

     きっかけは事務所にやってきたひとりの男だった。男は事務所にまで押しかけたことを謝り、泣きそうな声でプロデューサーに縋り付いた。
    「牙崎漣さんにお願いがあります」
     ちょうど事務所には漫画みたいなタイミングで俺と円城寺さんとアイツが居て、アイツは呑気に眠っていた。プロデューサーが警戒している様子を見た男は名刺を取り出して身分を明かす。俺はこういうのよくわからないけれど、なんとなく悪い人ではないように見える。
     プロデューサーもそう思ったんだろう。とりあえず内容だけでも聞かせてくださいと言うプロデューサーに男は短く礼を言ったあと、ハッキリとした声で口にした。
    「牙崎さんに、私の母の……老人の孫娘のフリをしてほしいんです」
    「孫娘さんの……ですか……?」
     無理がある、と俺は思う。プロデューサーも、円城寺さんもそう思ったはずだ。孫ならまだしも孫娘だなんて。
    「……孫娘……私の娘ですね。名前を『杏奈』と言います。……中学生になる少し前でした。交通事故で、死んだんです」
     穏やかでやさしい娘だったと男は言う。ますます無理だと思う。穏やかさなんて、アイツには欠片もない。
     男は一度息を吸って、言葉と一緒に吐き出した。なんだか、諦めたような口調だった。
    「……私の母も穏やかな人でした。『杏奈』の死を悼んで、私とのんびりと暮らしていたんです。テレビで、牙崎漣さんを見るまでは」
     アイツはずっと眠っていた。テレビに出ているアイツは女の子みたいな仕草なんてしたことがない。するわけがない。それなのに、男は言う。
    「牙崎さんを見た母は豹変しました。何度も娘の名前を呼び、そばに娘がいないことを嘆きながら暴れたんです。なぜテレビの中にいる。なぜ私の隣にいない。何度も何度も『杏奈』と名前を呼び、止めた私を殴った」
    「そんなに似ているんですか……?」
    「似ているわけがない。髪の色も、瞳の色も、何もかもが違う。そもそも中学生の女の子ですよ? 見間違えるほうがどうかしてる……」
     そう言って男は視線を床に落とした。円城寺さんが男に声をかける前に、彼は言う。
    「医者に連れて行こうと思います。そもそも母はもう長くないんです。……それでも、一度でいい。母を『杏奈』に会わせてやってほしいんです」
     お願いします。男はそう言って膝をついて頭を下げた。それをプロデューサーと円城寺さんが二人がかりで止めていると、いつの間にか起きていたアイツが音もなく近づいてきてこう言った。
    「ソイツはいつ医者に行くんだ?」
    「え? ああ、来月……一週間後には、」
    「一週間」
     コイツはぽつりと呟いた。
    「一週間ならいい。来月、そのばあさんが医者に行くまでだ」
     あとは下僕に言え。そう一言吐き捨てて、コイツはソファーに戻って眠り始めた。
    「……詳しい話を聞かせてください。漣さん本人がよいと言っても、私は彼を守る責任がある」
    「ありがとうございます……!」
     そう言って男とプロデューサーは応接室に行ってしまった。俺は円城寺さんと顔を見合わせて、のんきに眠るコイツを眺めながら溜息を吐いた。
     正直、こんなこと、やってほしくなかった。知り合いとして、ユニットメンバーとして、──恋人として。

    ***

     『杏奈』の婆さんは頭がおかしかった。コイツが婆さんのところに行った、最初の一日でそれはわかった。
     帰宅した俺が見つけたのは、玄関でドレスを傘のように広げて眠るアイツだった。絵本の中の姫みたいなドレスを着て、人形のように動かなくなっていた。
     髪はきれいに三つ編みにされて、くるりをわっかを作るようにおだんごにされている。服は明らかに女物なのに、コイツの身長に無理のない作りになっていた。大きなコルセットを着けられて、窮屈そうに呼吸をしている。それなのに顔は化粧すらしていないコイツのままで、首から上が悪質なコラージュのようだ。
     コイツは俺の声に目を覚まさない。そのはずなのに俺が一度「おい」と言っただけで瞳をあけた。不満そうに、視線だけで俺がドアを開けるように促している。別に従うわけじゃない。いつも通り、ドアを開いた。
    「……なんで俺の所に来たんだ?」
     部屋に上がり込んだコイツは俺の問いかけを無視して髪をがしがしと弄りだした。うまくほどけないんだろう。三つ編みの端から毛の束が漏れて、千切れた銀の髪がコイツの指に纏わり付いて、ぱたりと下に落ちた。
    「おい、やめろ。……俺がほどく」
     ダメ元でそう告げれば、コイツは大人しく座って頭を預けてきた。ドレスの裾を践みそうになりながら、近づいて髪をほどく。
     コイツは髪を触られるのが大嫌いだ。それなのに、こうして俺の手を受け入れている。いや、そもそも髪をこんなにした人間がいるはずなんだ。想像する。ヘアメイクさんにすら簡単には触らせない髪を、見ず知らずの老婆のために思うがままにさせているコイツを。
     たっぷり時間をかけて、ようやく髪をほどくことができた。コイツは礼の一つも言うことなく、背中に手を回して何かを引っ掻いている。なんとなく、皮膚病になった猫を思い浮かべる。
    「なにやってんだ。見せてみろ」
     コイツは案外素直に背中を見せた。コルセットの紐が、中途半端に引っ張られてぐしゃぐしゃになっている。
    「……ほどくから、大人しくしてろ」
     コルセットの紐をほどく。ついでにドレスについている背中のチャックも降ろしてやった。
     コイツはようやく息を深く吸って、吐き出した。そうしてドレスを乱雑に脱ぎ捨てる。晒けだされた下半身には、真っ白なタイツがくっついていた。
    「……こんなとこ、見えないだろ」
     気持ち悪い。口にする前にぐっと堪える。すると黙り込んでいたコイツが当たり前の口調で口にした。
    「チビのパンツ貸せ」
    「は? ……おい、まさか」
    「下着もなんだよ。気持ち悪ぃ」
     慌ててパンツを取ってきたら、コイツはもう全裸になっていた。こんなに色気のない全裸は初めてだ。普段はドキドキするような真っ白い肌も腰も、服を剥ぎ取られた人形に見える。
     コイツはパンツを履いたらベッドに転がってしまった。服がないからここから出られないのは当たり前だ。円城寺さんのところになら、服もあるだろう。取ってくると一言告げて部屋を出る。ドアノブに手をかけた瞬間、思い出す。
    「そうだ」
     引き出しを開ける。いつか、だなんて思って作っていた、合い鍵を取り出してコイツに投げる。ああ、こんなふうに渡すはずじゃなかったのに。
    「明日も変なもん着せられたら、これ使って入ってろ」
     外に出た。足早って言葉がぴったりくるような歩調で、心臓をばくばく言わせながら円城寺さんの家に急いだ。とんでもなく不安で、不愉快だった。嫌悪がここまで心臓を蹴飛ばすだなんて、初めて知った。

    ***

     二日目、三日目、四日目。過ぎていく日々は一日目となんにも変わらなかった。
     俺はプロデューサーにおかしいって言ったし、プロデューサーもこれでは困ると男に言った。それでも、アイツは婆さんの家に行くことをやめなかった。
     そうして、着飾られたアイツは毎日俺の家にやってくる。俺はそれを従者のように迎える日もあれば、ベッドに眠る人形を眺めるように呆れる日もあった。
     信頼、なのだろうか。コイツはこの格好ではどこにも行かない。円城寺さんの家にすら行かない。ただ、まっすぐに俺の所にやってくる。
     どうやってここまでくるんだろう。大衆の目に晒されながら、ここまでくるんだろうか。さすがに車で送ってもらっているのだろうか。頼むから、後者であってくれと願う。
     毎日、決まったことをやる。俺はまずまっすぐに咲いた花のように飾られた髪をほどく。ピンを抜いて、ゴムをほどいて、結い上げられた髪をバラバラにする。くぁ、とあくびの音が聞こえて、ああ、コイツにとってこれはたいしたことではないんだ、と思い知る。俺には、どうしようもなく不愉快なことなのに。
     次はコルセットだ。見るだけで胃が縮まりそうなほど細くされたウエストを見てうんざりする。見たこともないくらい締め上げられた腰は見ていて憐れなほどだ。こんなんじゃ、なにも食べれないだろうって思う。
     紐をほどいて緩めていく。はぁ、とコイツが呻いて深く呼吸をした。よほど窮屈だったんだろう。そういえば、撮影でコルセットをつけられたときに散々文句を言っていたはずだ。だったら、あの男にだってそう言えばいいのに。
    「……文句、言えばいいだろ」
     思ったこと、そのまま言った。
    「別に」
     返答になってなかった。ああ、腹が立つ。
    「こんなもん着せられて、嫌じゃないのかよ」
     返事はなかった。俺の言葉にいちいち反応するコイツはここにいない。このひらひらとした服に、覆い隠されている。こうして奇妙な遊びに付き合って、変な婆さんのために黙ってる。
     背中のチャックに手をかけた。コイツはからだが柔らかいから自分でもできるだろうけど、俺がやる。チャックを降ろせば、下着と言うよりはレースの集合体と言った方が正しいような布がぴったりとまとわりついていた。それを一度無視して、肩に引っかかっている布を脱がせていく。
     白い肌が露わになる。欲を持って触れることだってある肌に、いやらしい気持ちがひとつも湧いてこない。セックスの前みたく、脱がしていくときの高揚感もない。おいしそうな果物の皮を剥くと言うよりは、泥に埋もれてしまったビー玉を一心不乱に探すような焦りがある。
     ばさりとコイツがドレスを脱いだ。こんなものを着ていないと暴れ出す婆さんなんて、放っておけばいいのに。ひらひらとした布だらけの服から解放されて、身軽になったと言うようにコイツは猫のようにからだを伸ばす。肌が、どんなドレスよりも白い。
     上半身の下着に手をかけた。バンザイさせて、そっと脱がす。どうせ捨てる服なんだからハサミで切って脱がせたっていいのに、俺はどうしても丁寧に扱ってしまう。こんな布も、コイツも、こんな壊れ物を扱うように触れなくたっていいはずなのに。
     ベッドに座らせてタイツを脱がせる。白いタイツを脱がせると、白い肌と女物の下着が見える。悪趣味だ。似合わない。忌々しい。コイツは俺を無視して立ち上がって、下着を脱ぎ捨てた。放っておくとこのままだから、俺は急いで下着を渡す。コイツの着替えは準備してある。こんなことなかったのに、こんな悪趣味に付き合うためだけに、コイツの服がここにある。その着替えもまとめてベッドに投げて、俺はコイツが脱いだ服を全部ゴミ袋に突っ込んだ。
     一日目に言われたんだ。捨てていいって。
     ゴミ袋にドレスだの下着だのを詰め込んでいくとき、俺はようやく安心する。コイツはずっと黙っているけど、たまに気まぐれに喋り出す。二日目、三日目、四日目。俺は少しだけ、その老人を知る。
    『ドレス着ないと暴れるんだよ。あの婆さん』
     壊れた蛇口から漏れる、水滴に似ている。
    『婆さん、ずっと秋だと勘違いしてる』
     ぽつり、ぽつり。
    『もう長くないんだって、婆さんもわかってる』
     あとはプロデューサーから聞いた話だ。俺がむりやり聞き出したって言ってもいい。プロデューサーは溜息まじりに教えてくれた。

     ひとつ、声を聞くと怒り出すから喋れない。
     ひとつ、身長を見て取り乱すからアイツはいつも婆さんの足下に座っている。
     ひとつ、触れていないと涙を流すから、アイツは骨の感触しかしない婆さんの太ももに頭を預けている。

     めちゃくちゃだ。そんな日があと三日もある。憂鬱な俺の耳に、奇妙な歌が聞こえる。
     コイツは昨日から奇妙な歌を歌う。コイツの作ったわけのわからない歌じゃなくて、俺たちの歌でもなくて、なんだかテンポの遅い、ゆっくりとした歌を歌う。
    「……もみじを摘みましょう。洋酒に浸しましょう」
     わけのわからない歌詞を歌う。
    「……変な歌を歌うなよ」
    「婆さんが歌うんだよ。で、オレ様も歌って聞かせないと暴れる」
     話を聞くと、孫娘に小さな頃から歌っていたらしい。
     プロデューサーから聞いている。始めに婆さんが暴れたきっかけだ。この歌を知らないコイツの髪を掴み上げて、何故忘れたのかと気が狂ったように詰ったと聞いている。それでも黙って耐えていたコイツを見て、魔法が解けたように笑ったらしい。
    『杏奈、怒ってごめんなさいね。さぁ、おばあちゃんがまたお歌を教えてあげるから……』
     もみじを摘みましょう。洋酒に浸しましょう。ネズミが溺れるから、そのしっぽを切りましょう……。
     気味の悪い歌を歌いながら、コイツは下着も着ないでぼんやりとしていた。
    「おい、服を着ろ」
     金色の、温度のない瞳がこちらを見つめている。
    「名前」
    「え?」
     白い肌が、亡霊みたいに浮いている。
    「もう、『杏奈』じゃねぇ」
    「……当たり前のことを言うな」
     つまらなそうに息を吐く。返答がないから、俺は続ける。
    「オマエはオマエだろ」
     オマエはオマエで、俺はチビのままだ。こんな奇妙でまじないめいた一週間で、それが変わっていいはずがない。
    「……くだらねぇ」
     コイツはそのまま寝転んでしまった。何も着ていないからだはくったりとしていて、力を入れていない猫に似ている。
    「おい」
     ベッドに乗り上げて、むりやりこっちを向かせた。もうコイツは『杏奈』じゃない。でも、きっと『牙崎漣』でもなかった。
     自分自身が気持ち悪くなるような、暴力的な衝動が湧いてくる。噛み付くようにキスをして、大河タケルも牙崎漣も忘れるくらい貪って抱き潰してしまいたい。それでも、こんな感情をぶつけるのは間違っているから俺は動きを止めた。それなのに、コイツはからだを起こして俺の首筋に噛み付いてくる。
     チリ、と首筋が痛む。
    「……痕をつけるなよ」
     俺たちが唯一守っている、最低のテーブルマナー。
    「知るかよ」
     話にならない。何かに納得したように眠ってしまったコイツを無視して、俺はゴミ袋を玄関に投げ捨てる。
     ゴミの日は明日だ。本当はこんなもの、いますぐにでも燃やしてしまいたいのに。
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