水玉病 コイツが水玉病にかかってしまった。こんこんと、しんしんと、眠り続けて目覚めない。左の指先から肩にかけてまで、皮膚を真っ赤な水玉模様が這いずっている。
水玉病は奇病だ。色素の薄い人間がかかりやすいとは言うが、それでもかかった人間はコイツを含めて世界中で百人もいない。
水玉の広がり方でわかるのだが、コイツの病状はかなりひどい。水玉病はその人を想う人間の涙に触れないと目覚めない。水玉が肩まで広がっているということは、コイツを一番に想っている人間じゃないと、この眠りは覚ませないだろう。
コイツの眉間にしわが寄っている。水玉病は悪夢をつれてくる。「かわいそうに」と泣いた円城寺さんの涙も、「あんまりだ」と嘆くプロデュースの涙も、コイツを目覚めさせることはない。みんな、薄々察していた。この二人には大切な人が多すぎるんだ。
事務所にいた人間の目は自然と俺に向いた。まぁ、四六時中一緒にいるから仕方ない。それでも俺にはどうしようもない。俺はコイツのことなんて一番に想ってない。
一番大切なのはコイツじゃない。今もずっと探している二人以上に大切なものはない。そういう『特別』とか『大切』の席にコイツを、誰かを座らせるのは、なんだかひどく恐ろしかった。
そもそも俺は泣けない。アイツらを探すって決めた日から、俺は泣いたことがない。コイツを想ってみる。喉がくっ、と詰まる。息が引き絞られる。でも、泣けない。
コイツが可哀想で、悲しくて、哀れだった。そんなことを考えていたら、突然事務所の扉が開く。
「漣っち!」
四季さんだった。もうすでに泣いていた。四季さんがぎゅっと握った水玉まみれの手に、俺が流すことができなかった涙が落ちる。
「ん………」
「漣っち!」
ドラマチックを置き去りにしたまま、呆気なくコイツが目を覚ました。「え?」と俺は声を出してしまった。四季さんには家族がいて、先輩がいて、友達だってたくさんいる。このとき、はっきりと「ズルい」って思った。四季さんは困ったように笑う。
「バレちゃったっすね」
四季さんは泣きやまなかった。うれし涙にも、何かを怖がっているようにも見えた。ひとつ息を吸って、四季さんは意を決したように口にする。
「オレ、漣っちが一番好き」
そう言って四季さんはコイツを見た。ごめんね、って一言呟いた。コイツはなにもわかってないから、ただいきなり寝起きに告白されただけだ。
アイツはプロデューサーに連れられて、検査をするために病院まで引きずられていった。四季さんは気まずそうにしてたけど、かける言葉はひとつもなかった。
ズルいって、なんであのとき思ったんだろう。アイツを一番にしないって決めていたのは俺のはずなのに、どうして何かを取られた気分になったんだろう。
悲しくなった。悲しみをすり替えるように考える。俺が水玉病にかかったら、誰が眠りから覚ましてくれるんだろう。
円城寺さんはダメ。プロデューサーもダメ。四季さんはアイツが一番好き。
アイツは俺のために泣いてくれるんだろうか。アイツのことを考えて、こんなに虚しくなる日がくるとは思わなかった。