助かりたいだけ 牙崎漣を殺した。だって、永遠になってほしかったから。
生きてる人間は熱狂を生むけれど、私はよりにもよって担当しているアイドルに熱狂ではなく信仰を求めてしまった。だから殺して、永遠にしたかった。
私は生きている作家よりも死んでいる作家が好きだ。彼らは更新されることがないかわりに私を失望させることがない。生きている人間は信仰できないというのが私の持論で、未熟な人生で得た生きる拠り所だ。不変は信仰の拠り所になる。問題なのは私がそれを漣さんに求めたことだけだ。
事務所で殺した。止めてほしかったのかはわからないけれど、私が応接室で漣さんを殺している時、デスクには山村くんがいて給湯室では百々人さんがお茶をいれていた。
思えば見抜かれて、許されたのかもしれない。彼はいつも通り尊大な態度でソファで眠っていて、私が乗り上げて首を締めているあいだも身動きひとつしなかった。こんなのは人間に許された反応ではないから、またひとつ私は自分の信仰を認めることになる。
部屋から出て鍵をかけた。鍵をかけた理由を聞かれたら困るな、だなんて思いながら言い訳を考えていたけれど、応接室を使う人間なんて今日はいない。戻って山村くんに声をかけて、お茶を持ってきてくれた百々人さんと三人で温かくておいしいお茶を飲んだ。お茶は締め上げた彼の首よりも熱かった。真っ白な肌は雪みたいだったことを思い出して、生き物の肌がそんなに白いわけがないと自嘲する。やっぱり、私はもう信仰に囚われているんだ。
***
牙崎漣を埋めた。だって、永遠になってほしかったから。
別に私が独り占めしたかったわけじゃない。ただ、死体が見つかってしまったら彼は死んだ『人』になる。私如きに殺されたとあっては、彼が成った偶像に傷がつく。
ひさしぶりに祖父の家に行った。車を三時間走らせた。助手席にのせた漣さんは何も言わなかった。いつも通りだった。いつものように、眠っていた。
急な来訪にも祖母は笑ってくれて、急いで買ってきた豚肉でカツを作ってくれた。祖母はいつだって、私が学生時代に食べた量の食事を食べることができると思いこんでいる。
祖父と話した。仕事は楽しいかと聞かれた。私は笑って答えた。
「人のためになる仕事だよ……誇らしいって、そう思う」
きっと漣さんは大勢の人を救ってくれる。少なくとも、私は救われる。私の言葉を聞いて祖父は笑った。一緒にビールを飲んで、祖父母が眠るまでなんだか愉快で笑ってた。
***
夜中に穴を掘った。永遠はすぐそこだ。
ざく、と掘った穴からはタイムカプセルが出てきたから笑ってしまう。折り紙で作られたメダルが泥まみれの手に収まって、私のことを称えている。許しなんていらないけれど、なにかに許された気になってしまう。
トランクにいれていた漣さんを取り出す。家のドアを開ける前にそっと移したそのからだを。
「狭い思いをさせてごめんなさい」
殺したことはあんまり悪いとは思っていないけれど、自由奔放な彼を閉じ込めたことには罪悪感がある。
「もう一度だけ、最後にもう一度、狭い思いをさせますね」
穴に漣さんを横たえる。やっぱり色が白いから、白雪姫みたいだ。童話、寓話、神話。私は様々を彼に求めている。
埋めた。完璧に埋めた。永遠を手に入れた。
***
午前休は取ったけれど午後からは仕事だ。また車を三時間走らせて私は事務所に戻る。
事務所の扉を開ける。そこにはタケルさんと、漣さんがいた。
「……は?」
漏れた息に声が混じった。目の前にいるのはどこからどう見ても漣さんだ。銀の髪。金色の目。想像よりは白くない肌。そして、圧倒的な存在感。
タケルさんが何かを言っているけれど、なにも脳に入ってこない。私は漣さんの名前を呼べない。漣さんは私を見て、さっきまでの表情を全部引っ込めてつまらなそうに言う。
「ヘタクソ」
笑ってくれれば救われたのに。
***
車を走らせた記憶はない。ただ、祖父母に「タイムカプセル」とだけ言って、漣さんを埋めた場所を掘り返す。
埋まっていたのは毛皮がボロボロになった一匹の猫だった。
ああ、何もなければ私はきっと信仰をやめられるのに。