お呼びでない 人を好きになった。
初恋だなんて言わないけれど『これが最後の恋ならば』だなんて青春じみたことを思ってしまう程度には、僕は雨彦さんに惚れている。
好きになったきっかけなんて覚えてないけど、いまの僕が雨彦さんのどういうところを好んでいるのかはわかっているつもりだ。
どこが好きかと聞かれたら答えるけれど、雨彦さんは何も聞いてくれない。片手の指で足りるほどだけど、何度も告白してるのに。
好きなんですー、と伝えると「ありがとうな」だなんて返してくる、ひどい男。そんな男が珍しく、僕に質問を返してきた。
「北村は、俺のどういうところが好きなんだ?」
自分の気持ちは言わないくせに僕の気持ちの深くまでを求めてくるなんて、本当にひどい男だ。それでも僕はこの恋が進展することを願って、自分の気持ちをどう口にするべきか考える。
きっかけは本当に覚えていない。好きなところはいくつかある。もちろん嫌いなところだってあるけれど、好きが上回っているからこんな益体のない恋をしているわけで。
「えーっと……いろいろあるよー?」
「……そうかい」
あ、しらけさせたって思った。興醒めだと目が語っている。雨彦さんを繋ぎ止めたくて、僕は自分が自覚している『この人の好きなところ』を口にする。
「あー……呆れられるかもしれないんですけどー」
目の前の男の狐のような瞳が少しだけ輝いた、ような気がする。
「なんだかよくわからない不思議なとこ……結構好きですー」
「……そんなところが?」
意外だったんだろう。雨彦さんは一瞬だけ考えるような素振りを見せたけれど、すぐにいつも通りの顔になって「ありがとうな」と返してくる。そうして、当たり前みたいに日常に戻ってしまった。
雨彦さんの不思議なところは好きだ。何かが隠されていそうで子供みたいにわくわくする。ショーケースに閉じ込められたケーキみたいで、見ているだけでも心が躍るけれど、どうしても手に入れたいもの。それが雨彦さんだった。
近頃変なことが起こる。
ペンがいきなり折れたり、風もないのに台本がパラパラと捲れたり。このまえなんてテーブルの上に置いていたマグカップが、触れもしないのにいきなり床に落下した。なんというか、心霊現象、みたいな。
加えて近頃はずっと視線を感じている。ここ最近の妙なことがなかったらストーカーかと思ってたんだろうけど、これだけ変なことが続いていると人間の視線かも自信がなくなってくる。
「ってことがあったんですよー」
変なことが続いて二週間くらいのことだった。その日たまたま事務所にいた雨彦さんにお茶を差し出して、僕はそういう奇妙な話を聞いてもらった。あらかた話を終えて、僕はため息を吐き出す。
「どうしたものかなー」
そう言って雨彦さんを見れば、雨彦さんは神妙な顔に苦笑いを浮かべていた。
「それは、呼び込んじまったな」
「え……?」
「好きだと言っただろう」
会話のつながりが見えてこない。ポカンとする僕に、雨彦さんは囁いた。
「前に教えてくれたじゃないか。俺のどこが好きなのかを」
「……それがどうかしましたかー?」
雨彦さんはお茶を一口飲んで、言った。
「お前さんが不思議なもの……理解できないものが好きだって思われたんだ」
「……誰に?」
僕はそこまで察しが悪いわけじゃないけれど、雨彦さんの言いたいことは二つ返事で受け入れられるものではなかった。苦し紛れに質問すれば、雨彦さんはうっすらと笑う。
「不思議なもの、理解できないもの。そういうやつは自分を好いてくれると思ったやつに惚れちまうもんなのさ」
「……そっかー……そうですかー……」
納得はできないが理解はできる。深く息を吐いて、雨彦さん以外にも聞こえるように声を出した。
「僕は、雨彦さんだから、不思議なところが好きなだけだよー」
「……だ、そうだ」
雨彦さんは僕のことをまったく見ずに、言い聞かすような口調で言う。そうですよー、と同調して、お茶を飲み干して日常に帰る。
その日から怪奇現象はぴたりと止んだ。なんとも、ゾッとしない話だ。