君は『殺しの番号』を知ってるか 眉見鋭心は困っていた。今にきっとガッカリするであろう後輩が如何にダメージを受けないで済むか、その方法を模索していた。
事の発端はC.FIRSTに舞い込んできた仕事にあった。SFを元にした海外産RPGゲームの日本語版発売を記念して、その実況の仕事をすることになったのだ。
秀の提案で、最初の操作は鋭心がすることになった。ゲームが得意なのは秀だが、バラエティ的に操作が覚束無いであろう鋭心のほうが撮れ高が高いと踏んだのだ。
予想に反して鋭心のプレイはスムーズで、彼らは所々でグラフィックの美しさや内容に感心しながらゲームを進めていく。そろそろ操作を百々人に代わろうか、というタイミングで鋭心がぽつりと呟いた。
「……このギミックはローマの休日のオマージュか?」
「えっ、そうなんですか?」
百々人に基本的な動作を教えていた秀が鋭心に意識を向けた。少し考える素振りを見せて、秀が口を開く。
「あ、でも前作も映画のオマージュがあったって聞いてます。有名なやつですか?」
「ああ、冒頭にそういったシーンがあると聞いた。……と言うことは、ここに出てくる店のモチーフは……」
「あ、えーしんくん」
気がついたように百々人が鋭心の袖をつまんだ。
「……それって映画のネタバレにならないかな?」
いろんな人が観てるから、と百々人が言う。確かに、と鋭心が返した。
「確かにネタバレになるな……わかった、今後は控えよう」
「ううん、細かいこと言ってごめんね。じゃあ進めようか」
コントローラーを手にした百々人も秀の予想に反してサクサクとゲームを進めていく。その度、鋭心は口を開きそうになった。
このシーンは、あの映画のオマージュなんだ──!
ゲームには鋭心の知っている映画のオマージュがこれでもかと盛り込まれていた。それを見つけるたびに鋭心はそこに言及したい気持ちに蓋をして当たり障りのないコメントをすることに全力を傾ける。気を抜いたら映画のことを話してしまいそうだ。しかし、様々な人が観ている場でネタバレをするわけにはいかない。そんなことを考えていた矢先、冒頭に繋がる事件が起きた。
「わ、新キャラだね」
「一時的に仲間になってくれるみたいです……あ、このキャラクターすっごい性能いいです。即戦力になりそう」
「頼れるね。それに、とってもいい人だし」
「あ……」
「ん? えーしんくんどうかした?」
「い、いや。なんでもない」
なんでもなくはない。鋭心はわかってしまったのだ。鋭心はこのゲームに初めて触れる。それでも、有り余る映画の知識で察してしまった。
こいつは、絶対に裏切る。
オマージュ元になっている映画が自分の想像通りなら、必ずこのキャラクターは裏切ると鋭心は気がついてしまった。シチュエーションといい、髪の色といい、このキャラクターがあの裏切り者を模しているのは一目瞭然だった。鋭心にしてみれば、こんなのはキャラクターの名前が『ユダ』であるも同然だ。
ゲームは進む。鋭心は困る。かわいい後輩たちが気に入っているキャラクターは裏切り者なのだ。いや、裏切り者と決まったわけではない。この予想は外れてほしい。でも、鋭心には、こいつがどうしても裏切り者にしか見えない。
イベントは進み、ユダへの好感度はどんどん上がっていく。後輩はユダによい武器を買い与え、その振る舞いを好ましいと評価していく。なんで一時的にしか加入しない裏切り者をこんなに好青年にしてこんなに高性能にしたんだ。そんなのはありなのか。騙し討ちとすら言えるんじゃないか。いや、俺の予想が外れているだけか。
そいつは裏切るかもしれないと伝えた方がいいのだろうか。しかしそれには論拠を示す必要があり、それすなわち映画のネタバレだ。
頼むから俺の思い過ごしであってくれ。鋭心の願い虚しく、しっかりとユダは裏切り、後輩は落胆し、かなりの撮れ高になったのであった。