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    oishi_mattya

    気まぐれに追加される抹茶のSS倉庫
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    oishi_mattya

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    こうりお 「決意」
    幸司君が莉音ちゃんにピアスをつける話。最後蓮君出てくる

    #うちよそ
    atHome

    最初に莉音さんがピアスをつけたいって言い出したのはいつだっけ? 確かまだ付き合う前だったはず。真琴さんも俺もピアスをつけてるから私もつけたいって言われて、「痛いからやめた方がいいですよ」って返したんだった。でも、その時はそれだけの純粋な理由じゃなくて、俺の痕跡が莉音さんに残り続けるのが嫌だったから、の比重の方が大きかった。
     今は少しだけ違う。俺の痕跡が残るのは嬉しくなかったはずなのに、今はちょっと嬉しい。莉音さんを傷つけるのは純粋に嫌だ。彼女が俺みたいに軽い人間だと思われるのも嫌だ。……嫌なことの方が、ホントは多い。
     でも、そう言ってる場合じゃない。……というか不幸にするから離れた方がいいとかそういうことをぐだぐだ言ってた昔の俺を殴りたい。あのまま離れてたら、あんな警察官の風上にも置けない奴に何をされてたか分からない。『莉音さんの幸福を願う』? それはあの男を“消して”からにしろ。
    「あー、ダメだダメだダメだ!」
     思考が嫌な方向に向いていくのを無理矢理軌道修正しながら目の前にあるピアッサーを手に取る。昔買った奴より値段が高めで金属アレルギーを起こしにくいものを選んでカゴに入れ、それから消毒液も探してまとめて会計に行く。
     ドンキで買った安物も俺みたいな素人がやるのもやめておいた方がいいのは分かってる。でも急を要するから仕方がないことにした。
     ――仕方がない? あの人に頼まれたことが嬉しかったくせに。『開けるなら幸司くんに開けてもらいたいです!』って言われて嬉しかったくせに。
     俺の中の俺の言葉に舌打ちをする。その煩わしい俺の言葉とあの時の莉音さんの言葉に喜んでいた自分も同じように腹立たしかった。



     莉音さんの傷一つついてない柔らかい耳たぶを消毒して油性ペンで印をつける。
    「そ、それでは、あの、……開けますけど」
    「はい!」
    「力、抜いてくださいね。入れてると痛いですから」
    「はい!」
    「……抜けてないですよ」
     溜め息を吐きそうになって不安そうな莉音さんの顔に口を閉じる。今一番不安なのは莉音さんなんだからと自分を抑え込んで、笑顔を作った。
    「……最後にもう一回聞くんですけど、本当に開けていいんですか?」
    「う、うん。……だって、幸司くんとお揃いのピアス……つけて、みたいし。それに、幸司くんにつけてもらえたら、安心、するし……」
     め、迷惑だったら、ごめんね。と結ばれて、「違います!」と慌てて首を振った。迷惑なんて全然思ってないのに、どうしてこの人はそんな風に思考を飛ばしてしまうんだろう。こんなに素敵な人なのに。
    「分かりました。……じゃあ、3数えたら開けます。それでいいですか?」
    「は、はい!!」
     莉音さんが頷いたのを確認してピアッサーを耳たぶの印のところに合わせる。深呼吸を一つして、静かに口を開いた。
    「……いーち」
     莉音さんがぎゅっと手を握る。でも力を抜こうという努力はしてるみたいで、さっきより力は抜けてるみたいだった。だからそのままピアッサーに力を込めて、
     カシャン!
    「へ!?」
     ぱちぱちと莉音さんが瞬きをする。その右耳にちゃんとファーストピアスが嵌っていることを確認して俺も息を吐いた。持ってきたガーゼに消毒液をつけてそっとピアスの周りをなぞった。
    「こ、幸司くん……?」
    「すみません。いい感じに力が抜けてたので……。こういうやり方の方が痛くないって聞いたこともあったんですけど、その、痛かったですか?」
    「ちょっと痛いけど……、びっくりした……」
    「……あの、これ、もう一回やるんですけど、大丈夫ですか? やめときますか?」
     涙目になってる莉音さんと赤くなってる右耳に罪悪感が襲ってくるのを感じながらそんなことを言うと、莉音さんはふるふると首を振った。
    「だ、大丈夫!!……でも、次は3で開けて欲しいな」
    「分かりました」
     もう一つピアッサーを手に取って同じことを左耳に繰り返す。今度はちゃんと3で開けたからさっきより力が抜けてなかったけど、それでも上手く入ったようで莉音さんの両耳に鮮やかな金色が輝いていた。



    「一ヶ月はつけっぱなしになるので、一日一回の消毒を忘れないでください。気になるとは思いますけど弄ったり引っかけたりもしないように。……あと、無いとは思いますけど髪を染めるのも一ヶ月はダメです」
    「はーい。……」
    「だから、弄るのはダメですって」
     ビニール袋に使い終わったものを片づけて、耳たぶに伸びる莉音さんの手をそっと掴む。
    「ご、ごめんね……。本当にピアスがついてるか気になって……」
    「でも、触って確認しないでください。安定しなくなります」
    「うう……。ごめんなさい」
     そんな顔させたいわけじゃないのに、どうしてそんな顔をするんだろう。俺のせいかな。俺がもっと……。思考が暗い方に行ってしまうのを笑顔で誤魔化して、スマホのインカメラを起動させる。本当は鏡を持ってきた方がよかったんだろうけど、苦手意識と俺が開けるからで置いてきてしまったから、その代わりだ。
    「あの、見えますか?」
    「……! うん! ちゃんとピアスついてるね! ……嬉しい」
     顔を赤くして笑う莉音さんに心臓が跳ねた。こんなに嬉しそうに笑ってくれるなんて思わなかった。俺がつけてよかったな、なんて思ってしまう。
    「その、それファーストピアスなので、セカンドピアスは来月ちゃんとしたの贈らせてください。……お揃いの奴を贈らせてください」
    「ダメ! 私の方が年上なんだし、今回買ってもらっちゃったし、次は私が買います! ……幸司くんに似合うかは分からないけど」
    「えぇ……。でも……、じゃあ、一緒に買いに行きましょう。セカンド向きを選ぶので……莉音さんは俺用の奴を選んでいいですよ!」
    「わ! 贈り合いっこですか! 楽しそう!」
     笑顔で手を叩く莉音さんに顔が綻んでいくのが分かる。気の抜けた笑顔になると、莉音さんが俺の顔を覗きこんできた。
    「莉音さん?」
    「幸司くん、今ちゃんと笑ってますか?」
    「? 笑ってますよ。……莉音さんが嬉しそうでよかったなあって」
     そう返すと、莉音さんは息を吐いて俺に抱きついてきた。今まで俺からすることはあったけど莉音さんからされることはなかったので面食らってしまう。
    「よかった~! 奏ちゃんに「中屋敷さんは楽しくもないのに笑ってる時があるので気を付けてください」って言われてて、でも私には全然分からなくて、彼女なのに……って思ってて。でも、今日は幸司くんなんか変だなって気づけてよかった~!」
    「っ! そ、れは……」
    「私の前まで無理して笑わなくていいんだよ。私たち、その……恋人同士だから。……でも、笑わないでってわけじゃなくて、その……私以外の人の前でにこにこしないで欲しくて……。あ! でも、笑っちゃダメってわけじゃなくて……! うぅ……」
     ……これってもしかして嫉妬ってやつだろうか? 莉音さんが? こんなに分かりやすく? 
     ぶわりと顔に熱が上って、訳もなく叫びだしたくなるのを抑えて莉音さんを抱きしめ返す。俺とそんなに身長変わらないのに腕の中にある身体はあったかくて柔らかくて、変な所に入っていた力が抜けていくのを感じた。
    「……ホントは、ピアス開けたくなかったんです。莉音さんに痛いことするの嫌で、でも」
     なんて言えばいいんだろう。貴女がストーカーに狙われてるから牽制したくて、なんて口が裂けても言いたくなかった。莉音さんがあの男を避けたら、今のぎりぎりで保たれてるバランスが崩れて莉音さんに何か起こるんじゃないかって思ってしまって、それがすごく怖かった。
    「今、ある男と闘ってるんです。負けたら莉音さんを取られる。だから、その前に莉音さんが俺のって示そうと思って。……俺、ガキだから、……ごめんなさい」
    「? 私のことを好きな人が幸司くん以外にいるんですか?」
    「います。たくさんいます。……俺が不良みたいな見た目でよかったって思ったの初めてです」
    「そんなことないよ? ……幸司くんのことを好きな人はたくさんいると思うけど」
     あの、お巡りさんとか、と言われて、思わず「はぁ!?」と大きな声を出してしまった。どこで! そんな! 勘違いを! 
    「あの野郎とは全然そんなんじゃないって言ったじゃないですか!!!!! 俺が愛してるの莉音さんだけだって!!!!!!」
    「だって、最近幸司くんあのお巡りさんとにこにこ話してるから! 私、幸司くんがあの人のこと好きだって思って!!! お巡りさんもにこにこしてるから両想いだって!!!」
     え、ちょっと待って。この人の頭の中で俺たちそういう関係になってるの? え、なんで? いや、確かに威嚇のつもりで笑顔三割増しくらいにしてたけど……。えぇ……。
     奏さんに「楽しくもないのに笑う癖は直した方がいいですよ」とは言われてたけどこんな勘違いを生むなんて……。ちょっと……、だいぶへこんだ。いや、へこんでる場合じゃ全然ないんだけど。
    「あの男とは、馬が合う合わないレベルじゃないので……。一緒にいると疲れるので嫌なんです。でも、一応愛想は良くしといた方が無難かな、と思ってですね。……あれ、作り笑顔なんですよ。結構無理してます。……向こうがどう思ってるかは知りませんけど、同じなんじゃないかと」
     いや、知ってるけど。向こうが俺のこと殺したいくらいに憎んでるの知ってるけど、それは言わない。言う必要はない。
    「そうだったんですか……。気付かなくてごめんなさい。幸司くんは派手な見た目だけど良い人ですよってあのお巡りさんに」
    「それは俺が証明するので莉音さんはこのままでお願いします」
     ……これで、誤解は解けただろうか。解けてくれてるといいな。そう考えると安心してしまって、瞼が重くなってきてしまった。……嫌だな。莉音さんに勉強付き合ってもらうつもりだったのに。
    「幸司くん、眠いんですか?」
    「……少し」
    「じゃあ、一緒にお昼寝しましょう! 私もちょっと疲れました」
     ……何でこの人はなんでもないような顔でとんでもないことを言うんだろう。男はケダモノなのに。でも、莉音さんがすごく嬉しそうに言うから断ることは出来なくて、首を縦に振ることしかできなかった。……真琴さん、苦労しただろうな……。
    「えへへ、誰かとお昼寝するの久しぶりです。昔はよく真琴と寝てたんですよ」
    「誤解を生みそうなんであんまり言わないでくださいね……。いや、言ってもいいのか?」
    「幸司くん?」
    「いえ、なんでもないです。……それではその、……おやすみなさい」
    「はい。おやすみなさい」
     俺の腕の中にぴったりと納まって寝息を立てる莉音さんはあったかくて柔らかい女の子で、こんな風に女の子と穏やかに過ごすのは初めてのような気がした。このあったかさを守りたいと思った。いつか手放すとしても、あの男には絶対に渡さないと思った。そのためなら、俺は、
    「きっと、どんなこともできる」



    「おや、今日は随分と遅いお迎えですね。てっきり莉音さんと別れたものと。……ああ、勿論いつ別れてくれても構いませんよ」
    「……」
    「おや、だんまりですか。いつもは犬のように噛みついてくるのに。これは諦めたと取っていいのでしょうか?」
     大学前の交番の男は今日も相変わらずだ。多弁すればいいと思ってるのだろうか? 言葉はもっと上手く使えよ。そんなことを思いながら、上がりそうになる口角をどうにか抑える。笑おうとしたことは数えきれないほどあるけど笑わないようにするのはあまりなくて結構大変だったけど、できたと思う。
    「莉音さんに、勘違いされたくなくて」
    「ほう? なんと? 僕が莉音さんを好きなのは勘違いじゃないですよ」
    「俺が」
     黒い髪と茶色の目の真面目な警察官。普通に見たらアンタと莉音さんの方がお似合いだろうな。でも、アンタは知らないだろ? 逃げようとした俺を泣きながら引き留めてくれたあの人のことを。あの人の「好き」を。「ずっと一緒にいたい」を。
    「アンタのこと好きだって。アンタも俺が好きで、相思相愛だって」
     幸司くん!って声が聞こえて、その声の方に向かう。にこにこと笑う莉音さんに同じように笑って、その細い身体を抱きしめた。耳のあたりにかかった髪を掻き上げて、莉音さんの耳をあらわにする。一瞬でもきっと見えただろう。彼女の耳を染める赤色と輝く金色が。
    「ちょっと! 人前ではダメだって言ったのに!!」
    「ハグだけですよ!」
    「それでもダメなものはダメです!! しばらくハグ禁止!!」
    「むー。はーい!」
     そんな会話をしながら横目であの男の方を見る。にこやかな表情は変わらないけど握った手は震えてた。おまけに俺に対する殺気がすごい。思わず笑いそうになって、その笑顔を作るのはやめた。


     いい加減分かれよ。朱鷺坂莉音が俺のもので、中屋敷幸司が彼女のものだって。アンタの入る隙間なんて一ミリも無いんだって。
     もうアンタのために笑ってやらない。アンタのために時間を消費してやらない。俺の笑顔も俺の時間も俺の言葉も俺の大事な人たちのために使う。アンタの挑発にはもう乗らない。
     だから、アンタはそこでこの人が変わっていくのを、幸せになるのを指を咥えて黙って見てろよ。……まあ、それもあと何年かの話だけどさ。
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