屋上で聞いた話静かな夜だった。
空は雲ひとつもなければ、頬を撫でる風もない。
夜も消えることのない眩しいネオンが見えるだけで、珍しくなにも聞こえなかった。
ネオン街の中心から少し離れた廃墟だからか、屋上まで登ってきても見えるのはカラフルな光のみ。錆び付いた鉄骨の一番上に腰かけていると、遠くからではなく近くで声が聞こえた。
「隣空いてる?」
目線だけ向けると、もっともここに足を運ばなそうな人間が立っていた。わざわざ登ってきたのだろうか。
「隣に来れるなら空いてるぜ」
「そこまで近くには座らないよ」
そう言って手を振り上げ、なにか飛んできたものを受けとる。冷えた缶の飲み物はアルコールではなさそうだ。
「なんだよわざわざ。酒でもねぇし」
「ん?いらないならもらうよ」
鉄骨の近くにある瓦礫に腰かけて、こちらを見上げている。隣に降り立てば、手にはなにも持っていなかった。
「お前さんは?」
「濡れるから」
「外せばいいじゃんかよ、手袋」
にこりと笑ったあとはなにも言わずにネオン街を見ていた。別にとやかく言う気にもならない、そのまま近くに腰かけてプルタブを開けた。
「なにか見えた?」
「なんも」
「そっか。見回りでもしてるのかと」
「暇だっただけ。お前さんがひっくり返されてるのも見飽きたしな」
少し気に入らなかったのか、口角をあげたまま眉間に軽くシワを寄せていた。最近よく見かける顔な気がする。
「見世物ではないからね、あまり期待しないで」
「そーかい、バク転でも教えてやろうか?」
「あはは、できないなぁ」
目線は互いに街の方を向いている。ケイの頃からよく話をする仲でもない。他愛もない話を、手元の缶の中身がなくなるまで適当に返すことにした。
「ひとつ聞いてもいい?」
「なんだよ」
「君が破壊神を殴りたい理由って、なに?」
缶に口がつく前に止まった。
横目で見れば、さっきまでネオン街を眺めていた顔がこちらを向いている。この男は、時々なんのために行動を起こすのかわからなくなる。
「…切り捨てられたのがムカついたから、一発殴りたくなった。それだけ」
そう言いきって缶に口をつける。
一気に飲み干してから目線をうつすと、少しだけ目を細めていた。
「そっか。君たち面白い関係だね」
どこが面白いのか。
初めて館に足を運んだ時もそんな顔をしていた気がする。全てを知った上で聞いてくるような、ほんの少し癪にさわる顔。
「そういうお前さんは?戦闘向きでもなければわざわざこんなことするタイプでもないだろ」
少し仕返しがてらに質問を返すと、少しだけ目を見開いて目線をそらした。
別に聞き出すつもりはなかった、ただ純粋に疑問に思っていたこと。答えがどうであろうとなんでもよかった。答えを本人の口から聞くまでは。
「…解雇されたのが気に入らなかった、かな?」
首を傾げ、ゆっくりと呟いたその答えは、思ったよりも単純だった。
「は、俺たち似た者同士なんだな」
考えることもなく、するりと言葉がでた。
感情をあまり見せない男にしては"気に入らない"という言葉で片付けることがあるとは、つい面白くて笑ってしまった。
「…ははっ、君と一緒にされるのは困るなぁ」
「はぁ?なにが違うんだよ」
「殴りたいとまでは思わないよ」
「今泥だらけになってんのは、四聖獣とかなんやらをぶん殴りてーからかと思ったけど?」
なにが面白かったのか、声をあげて笑いだした。飲みきった缶を握りつぶして立ち上がると、涙を拭いながらこちらを見ていた。
「悪くないかもね、考えておくよ」
「そ、自分でやれよ」
「じゃあご指導願おうかな。あ、右腕は無しにしておくれよ」
「めんどくせーな、バク転からでもいいか?」
「できないってば」