四聖獣編:情報課解体「明日から組織編成の変更により、我々は各自別の部署での業務となる。今後も通常通り努めるように」
薄暗い部屋のなか、モニターの光が逆行して表情がよく見えない二人を前に、この編成での最後の言葉を語った。
急な組織改革による編成変更について耳にはいったのは、四神が姿を表してからだった。
「承知いたしました、Bellwether」
「はーい」
「DB、他の場所なんかで働けますか?」
「なめんな、お前以外とも働けるっての」
些細なことでも言い合いになる部下たち。この二人のやり取りを見るのも今日が最後になる。全員各四神の元に配属され、共に働く機会はほとんどないだろう。
「元気なのはいいことだ。今後お前たちには、いままでにない試練があるかもしれないが、ここで積んだ経験を活かしておくれ」
「ベルさん、それだとベルさんがやめる言葉みたいになっちゃうって」
「そうです、お別れみたいじゃないですか!」
つい堅苦しい言葉を並べすぎたな、と苦笑いすると仕方がないと二人ともため息をこぼした。今後に期待があったのもあり、手放すのも惜しく感じる。
「すまない、だが、明日が当たり前に来ることに感謝することは忘れるな。特にOne shot、お前の上司は強さを追い求めると聞く、今まで以上に前線にでる可能性がある」
「えぇ、これでも前線得意なんでお任せください」
「そーじゃねぇだろ、まぁワンが簡単にやられるなんてなさそうだもんな」
「だからワンって呼ばないでください、犬じゃないんですから!!」
自分が誰かの下につく側になると思うと、不思議な気持ちになる
「それと、前も伝えたが、四神についてはよく見ておくことだ。あれほどできる人間のそばで働くことは滅多にないからな」
見る、という言葉をだすと少し空気が変わる。
我々の仕事は「監視」し、正義に反するケイを「解雇」することである。この街では生き残る方が難しいが、より危険が高まるリスクのある人間を早々に見つけ、正しい道に導く必要がある。
「えぇ、よく見させていただきます」
「へーい」
「ちゃんと聞いてます?」
「ただ、彼らはより優れた分警戒範囲が広い、適度な距離感を保ち、無理はするな」
「わかりました。以前おっしゃってた通り、次顔を合わせた際には本当にあれでよろしいのですか?」
「かまわん、鍛練が厳しければ泣き言をいってもいいし、楽しければそう言えばいい」
「こいつは楽しいっていっちゃうでしょ」
「そんな人が筋トレ大好きみたいな言い方!」
「DB、お前もだ。わたしのところに戻りたかったらいつでもいってくれ。といっても、私の力でどうにかなる話ではないがな」
私の言葉を聞くと、彼は開いていた口を閉じて少し目線を下げた。どこか迷いのある目元は、一度ゆっくり瞬きをしてからおそるおそるこちらをみた。
「…ベルさん、それだけどさ…ほんとにほんとにあれでよかったの?」
「それはあのときにも言っただろう。いずれにせよ、上層部からの本件に関する連絡はなかった。四聖獣の配下に入るのも時間の問題だろう」
「でもさ…他のドロ上がりのやつも解雇通知いってたらしいし、俺の情報までも調べられてる辺り、ガチじゃん。あの青龍とかいうやつも納得してなさそうだったし」
モニタールームの扉に目をやり、やつが再びあの扉を潜るのを懸念しているのだろうか。珍しく不安をこぼしていた。
「あとから提出した書類はすべて承認された。私は自分の言葉通り、すでに使命は手放している」
「…まぁ、ベルさんがいいならいいけど」
「かまわないさ、我々は青龍の元につくわけではないからな。そこまで気負うことはない」
「…うん」
彼が珍しく気を落としているように見えた。Bellwetherに恩というより、借りがあるとは聞いていたが、慕っているわけではなく恐れていると思っていた。
いない時には「マジで頭おかしい」と愚痴をこぼすくせに、本人の前ではへらへらしている。彼女の目に留まりたくない気持ちは分からなくもない。
私もBellwetherが発言した時には驚いた。自ら監視の役職を降りて、四聖獣の管理下につく。同等、それに近しい役職ではあったのに、一人の部下の解雇を取り消すためにそこまでする理由もわからない。この二人の関係性には、自分の知らないものもあるのかもしれない。
自由になったのにどこか不安そうな彼と、天職のように語る役職を降りた上司。その二人と共に監視を続けてきた私自身も、これからどうしたらいいのか、わからない。突然道に迷ったような気分だった。
明日からの異動に向けて早く帰ろうと思う自分と、今までの考えをずっと煮詰めている自分がいる。ロッカールームで立ち尽くしてどれくらい立っただろうか。考えることは家でもできる、そういい聞かせて仕方なく帰ることにした。
日が暮れた外の景色を横目に廊下を進む。
角を曲がって裏口から出て、外が騒がしくなる前に早々に街を抜けよう。そう思っていたところ、後ろから声が聞こえた。
「One shot、少しいいか」
先程聞いた声が、自分のCNを呼んだ。振り返ると、悩みの種のひとつである人物はいつも変わらない笑顔を浮かべていた。
「えぇ、どうしましたか?」
「退社前にすまない。今回の件について、お前に話がある」
いつもと変わらぬ笑顔だが、声色はどこか低く、先程とは雰囲気が異なるように見えた。時々二人きりで話すときに見せるこの姿は、どんな感情なのか全く読めなくて少し身構えてしまう。
「今回の件は、私も知らされていない。上層部に問い詰めても口を開かん。四聖獣が主体となって行うことらしいが、今後の動きについても四聖獣に丸投げだったことがわかった」
「…Bellwetherにも連絡がなかったのですか…?さすがに把握していらっしゃるかと…」
「把握していれば、四聖獣がここにくる前にDBの件をいくらでも交渉できただろう。突然来るのが奴らしいな」
皮肉だと言わんばかりに鼻で笑っていた。人を悪く言うこともない彼女にしては、珍しい反応だった。
「…奴らしい、とは?」
その問いを投げ掛けたとき、一瞬だけ口元から笑みが消えた。少し顔がうつむき、ほんの少し目を閉じて黙り込む。聞いてはいけないことを聞いてしまったのだと、少し体が強ばる。
再びこちらに向けられた視線は、とても鋭く感じた。
「One shot、今回青龍の元に誰も付かないが、用心しておけ。我々の存在をよく思っていない可能性も、ある」
「……では、なぜ今回解雇対象にはならなかったのですか」
我々の存在をよく思わない、それは私たちの活動を知る人間が思い付く発想だ。厄介なのは、それは我々より立場が上の人間だということ。本来ならばDBと共に解雇されてもおかしくなかった。
「おそらく、解体が目的かもしれん。我々の持っている情報を四聖獣もすべて把握できていない可能性もあるが、今は推測でしか考えられないな」
自分の考えを整理するかのように、淡々と話している。目線もどこか遠く先を見据えているようだった。一通り話し終えると、瞬きしてから私を見た。
「DBと違い、お前を守るものはお前自身しかない」
少し空気が変わった気がした。さっきまでどこか違うところを見ているように話していたのに、まっすぐ私に言い聞かせるようで。
「…承知いたしました」
「すまないな、私ももう少し交渉すべきだった」
「いえ!Bellwetherは悪くありません!本当に知っていたら、それを理由にDBを詰めることも出来たでしょうから…把握していない可能性の方が、高いと思います」
「…青龍は人事管理を得意とする、我々以上によく"見ている"だろう。奴に会うときには注意しろ」
Bellwetherは、あの青い髪の四聖獣を奴と呼ぶ。
まるでなにか関係があったのか、敵視しているように。