昔会ったあの人「おーい、気を付けろよ小僧」
ぶつかってきたのはそっちなのに。
言葉を飲み込んで、道端に転がった荷物を手に取る。よかった、割れてはいない。
依頼された仕事の帰り、少し遅くなってしまったせいか街にはお酒の匂いが漂う人が増えてきた。早足で近道になる細い路地を抜けようとしたら、肩を組んで歩く大人達にぶつかってしまった。
鞄の中身や手荷物がいくつか落ちると、赤い顔をした大人は横目でこちらを見た。怒られるかと一瞬身構えたが、上機嫌に一言いってふらふらと歩いていった。
変に絡まれるよりはよかったけども、なんだかこちらが悪いように言われるのも複雑な気持ちになる。
ゴミが散らばる路地裏で、仕方なく落とした荷物を袖で軽く拭う。次に手を伸ばすと、手元に影がかかった。
少し顔をあげて見えたのは、白い長い、なんだろう?もしかしたらシルバーかもしれない。大通りから少しだけ差し込む光が当たって、白く見えるだけなのかも。でなければ、いままで見たことがないくらい白く見える。
「ひどい話だ、ぶつかっておいて知らん顔とは」
聞こえたのは女の人の声。目の前にしゃがみこんで、ようやく白い髪の女の人だと気がついた。突然現れた姿につい見とれてしまったが、はっとして手に取ったものを隠した。
「あの…」
「盗ったりはしないよ」
サイドの髪を耳にかけて笑った顔は、肌さえも真っ白だった。血の気がほとんどないのに、瞳の色だけは赤く、作り物にさえ見えてくる。
「すみません」
帰りだから、空ビンやら空き箱程度しかないが二人で荷物を拾い集めた。真っ白な手袋が汚れるのも気にせず拭ってくれた荷物を受けとり、素早く鞄に詰める。ありがたいけども、その動作を観察するように見られている気がして、顔を上げられなかった。
「えっと…」
「それで全部?」
「あ、はい」
返事をすると白い髪の女の人は立ち上がった。手袋を取ってから、こちらに手を差しだした。
「立てるかい?少年」
「ありがとうございます」
真っ白な手を取り立ち上がると、少し目線が近くなった。しゃがんでいる時は自分を見下ろしている気がしたのに、あまり背は変わらない。自分が立ち上がると満足そうに笑っていた。
「明日からは向こうの大通りを歩くといい。人は増えるが、今日よりは親切な人も多いだろう」
明るい大通りを指差してから手袋をつけ直した。
さっき触れた手は冷たくなかったから、本当に人間なんだろうけど、それはそれで不思議な感じがする。
「はい、わかりました」
頷くと赤い目を少しだけ細めて、歩きだした。自分が歩いてきた、人気が減っていく路地裏に向かって。
「さようなら、よい夜を」
「…はい、さようなら」
顔を向けることなく手だけ振っている後ろ姿に、小さく頭を下げた。
その日以来、暗くなる前にその路地を通ることは何度かあったが、あの人に再び会うことはなかった。
「ドゥム、どうした?」
「いや…昔ここで会った人がいて…昼間だからいないと思うけど」
「夜に会ったの?」
「うん、髪が白くて瞳の赤い、真っ白な女の人で」
「…それ…ってさぁ…足あった??」
「あはは、ちゃんとあったよ」