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    ドクター vs 天の邪鬼

    ##路地裏の話

    「あぁ、ついていない」 その日はついていなかった。

    仕事先ではやけに怪我人が多く、どうやら近くで爆発事故があったらしい。

    爆発物を使うドロも少なくない、しかし民間人の救助のあと怪我をしたケイがなだれ込んでくるのは本部の医務室なのである。
    正直救助したあとにそのまま病院に行け、と思うが代わる代わるに部屋に入ってくるケイたちはほとんどが軽傷だった。なおさらさっさと家に帰ればいいものを。

    あくまでこれも仕事だ、仕方がないもののタバコを吸う暇もなかったその日は、部下に貧乏ゆすりがひどいと何度言われたことか。禁煙した方がいいですよ、なんて言葉をかけられた。余計な世話だ。

    ようやく仕事を終えた頃には外は暗く、夜風は少し冷たい時期だ、遠くで騒がしい声が聞こえるもののそれはドロなのかどうかもわからない、夜の空に溶けていくように声は消えていく。

    声が聞こえては消え、聞こえては消え、なんだか自分とは違う世界にいるのではないかと思うくらい、その日は頭が回っていなかった気がする。

    今日一日触れていなかったタバコを取り出す。
    あっという間のようで長かった一日を終えたと実感するとどっと疲れがでてきた。

    今日はさっさと寝よう、そう考えながらタバコに火をつけた時に気がついた。ピシャッとなにかが飛び散る音と、ライターを持つ右手の甲についている赤い色。タバコに火がついていないのも忘れて、思わずじっと眺めてしまった。嫌な予感しかしない。

    ちょうど曲がり角だったが、赤い色がとんできた方向は細い路地だった気がする。このあたりは抜け道にもなるが人通りの少ない路地が多い。

    そんな場所普段は通るはずもないが、その日は本当になにも考えていなかったのか。頭のなかでは見てはいけないと警報が聞こえるものの、再び火をつけることのないライターをポケットに忍ばせる。そのまま右手はゆっくりとジャケットの中に伸びていく。

    遠くで聞こえていた声は気がつけば全く聞こえなくなっていた。あれはどこか遠い世界の話ではなく、曲がった先での出来事とは思いたくなかった。久しぶりに手にする拳銃は心なしかいつもより重たい。

    火のついていないタバコをくわえているのはひどくお預けを食らっているような気持ちになる。セーフティーバーを外して、ゆっくりと息を吐いた。今夜はさっさと眠れなさそうだ。

    素早く拳銃を向けた先では、職場で見るよりも遥かにたくさんの赤い色で広がっていた。鉄くさい匂いと耳障りななにかが潰れる音、咀嚼音、暗がりでうごめくなにかは、背を向けてうつむいている。長い長い髪さえも赤くなっていた。確実に相手を間違えた、拳銃を手にとる前に携帯電話を鳴らしておいてよかった。だが、それであっても少し体に力が入る。


    「おぉ、今宵は大漁じゃのぉ」

    背を向けたまま立ち上がると、空を見上げてゆっくりと振り返った。口の周りは暗闇でもわかるくらい真っ赤で、つり上がっている口の端からだらりと垂れている。

    銃口を向けられていても動じないどころか、こちらを見る表情はやけに嬉しそうに見える。窃盗や暴行ならまだしも、路地裏で食事をするやつはろくなもんじゃない。

    「夜食にしては多すぎるんじゃないか」

    「まだ一人しか食うておらん、こんなもので足りるわけがなかろう」

    どれくらいで腹が満たされるかなんて考えたくもない。飄々とする姿はこの街に似つかわしくない見た目だった。まるでこれから祭りで踊る狐のような。腰に据えているお面に飛び散る血が余計赤く見える。

    「悪いが、今お前にあげられそうなものはこいつしかねぇな」

    「鉛玉でも食えと?この街の人間は鉄屑さえも食い物にするのか?随分と飢えておるのぉ」

    「こいつが嫌なら他で飯を食うといい、狭い部屋になるけどもな」

    引き金に指をかけていても気にしない様子が脅しと思っているのか、もしくは慣れているのか。あまり時間を稼ぐのは得意ではないが、こいつを相手にする方が不得意だ。

    「お前と話すのも悪くない、あとどれだけ時間をかければよいのじゃ?」

    思わず舌打ちをしそうになる。時間稼ぎも気づいている上であえて会話にのっているのか。これ以上距離を詰めないのもわざとか。

    「これ以上は俺の腕が疲れちまう」

    「ほぉ、なら下げると」

    路地裏に銃声が響き渡った。
    腕に走る痛みが反動をうまく逃がせなかったか、思わず手が緩むがすぐにしっかりと拳銃を握った。銃声のあとに目の前からやつの姿が消えた瞬間、再び引き金を引く必要があると察した。

    一方通行の路地裏でかわすとしたら。すぐさま上に銃口を向けるも姿はない、そのまま後ろに腕を向けようとしたとき脇腹に違和感を感じた。それを理解する前に背中を地面に打ち付けていた。

    「ひどい話じゃ、本当に鉛玉を食わせるつもりだったのか?」

    むせかえる感覚にうまく息ができない。
    押さえた脇腹の痛みと打ち付けた背中の痛みのせいで呼吸のしかたを忘れるくらいだった。
    ゆっくりと細長い足を下ろす姿はいつのまにか自分を見下ろしていた。まずい、かなりまずい。

    「この街の人間はひどく温い、そんな鉄のかたまりを向けておいてこの程度、遊びにもならん」

    「遊んでたまるか…」

    「そうか、つまらんのう」

    逆光になっているからはっきりとは見えないが、狐のように細めた目元とつりあがった口角がひどく残念そうに見えた。ひどく演技じみている表情が、人間場馴れしているように見える。そんなのを見ている場合ではないが、体の奥でじわじわ広がる痛みを和らげるために息をするので手一杯だった。

    「主はどんな味がするのだろうな?働き者のケイの肉は美味であろうな」

    シャツの襟を掴まれていとも簡単に持ち上げられた。どんな化け物だ、これでも背は低くなければ軽くもないはずなのに、足が地面につかない。首もとが絞まって余計苦しい中、伸ばした爪先は地面にかすりもしない。

    「どうだろな…一応内勤職だからな、対して動いてないぞ」

    「だろうな?固い肉は飽きてきたところじゃ、多少脂身が多くとも考えてやろう」

    ありがた迷惑だ、誰が喜んで食べられにいくか。カニバリズムのドロは多かったがここまで見境がないとドロでもケイでも構わず食べているようだ。あまり野放しにはできない。そう頭では思っているものの、全体重が首もとに集中すると対して頭も回らない。

    「わしは鉛玉は食わんといったぞ」

    「食わず嫌いだな、生肉ばかりも体に、悪いぞ」

    なんとか持ち上げた右手の銃がひどく重く感じる、震える銃口を突きつけることはできても、あと一歩引き金を引けるかどうか。

    「焼いた肉が美味というのなら、そうしてやっても構わんぞ?」

    目が本気だ。
    細長い目はどんな色をしているのかもわからない、ただ、笑っていないことだけはわかる。段々面倒になりつつあるのか。

    「火炙りは…勘弁だな……最後に一本ぐらい吸わせて、ほしいもんだ」

    そういえば、咥えていたタバコはいつのまにか消えていた。蹴り飛ばされた時だろうか。

    「…………はぁ?」

    急に眉間にシワを寄せて顔を歪めた。お面のような狐面が急に崩れる。ぐっと両手で襟を掴まれて、思いっきり引き寄せられた。とっさに目を閉じたが、すぐに開けば目の前で口を尖らせている狐がいる。

    その時、とんとなにかが落ちた気がした。
    それと合わせてまるで物を投げるかのように掴んでいた襟を振りほどいたおかげで、再び地面に背中を打ち付けることになった。

    「…匂う、匂う」

    さっきとは違うところを打ち付けたせいか痛みに歯を食い縛るが、視線の先に一本のタバコを見つけた。

    その向こうで頭を抱えているやつは、先程まで口角を上げていた狐面とは思えないくらい顔を歪めていた。

    「またか、また、どうもこの街の人間は雑味が多いと思えば…」

    まるで天敵を見るかのように地面に転がるタバコを睨み付けている。細い目は睨んでいると言っていいのかわからないが、明らかに毛嫌いしている。

    「だからいっただろ、お前にあげられるものはないと」

    少し体を起こすと、身構えるように背中を丸めてこちらをみた。よほどタバコが嫌いなのか、急に顔をしかめて俺を見る。今日はまだ吸っていないのに。

    「……腐った肉を食うほど飢えてはおらん、腐るほどいるからな」

    「だったら大半は腐ってるだろうな、この街でタバコが落ちていない道があったか?」

    ぐっと歯を食いしばり汚れた口元を大きく拭うと大分機嫌を損ねたのか腹立たしそうに地面を蹴った。そのまま夜の街に消えたのか、目で追う前に姿はなかった。

    「はぁ……」

    思わずこぼれたため息のあとにどっと疲れが来た。もう立ち上がるのも気だるいくらい体が重く感じる。ドロを逃がすどころか獲物として相手にされないケイだなんて、他のケイに知られたら笑われるだろうか。

    「まぁ、クリーニング代くらいは請求してもいいだろう」

    赤く汚れたシャツの襟をみて、そのままタバコを口にくわえた。ライターで火をつけるのがとても久しぶりのことのように感じた。
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