幸せ御膳「全く、今日の任務はなんなのよ?」
三つ編みの少女が苛ついた声を上げる。目の下に深いくまがあるが、なかなかの美少女ではある。
彼女の雇用主たる眠鬼に招集を掛けられたのはいつもの面々、三つ編みの少女と特徴的な細い目をした少女、特徴はあまりない髪を短く切った青年と結核を患っているという青白い顔をした青年だ。
みんな、三つ編みの少女と負けないくらいのクマを目の下に作っている。
それぞれ名前を聞いたような気もするが、特段、お互いを名前で呼び合うような仲でもないので忘れてしまった。
そもそも、このような仕事の仲間である以上、お互い名前は知らない方が安心できるというものだ。
「よく来てくれたねぇ♪」
彼女たちの雇用主たる美貌の眠り鬼は三つ編みの少女と対照的にニコニコと楽しげに声をあげた。
辺りにはとてもいい香りが立ち込めている。
どこかで嗅いだことのある匂いだ。
「今日の仕事はこれだよぉ……。ふふ、頑張ってくれたら、いい夢をご褒美にあげるからねぇ」
眠り鬼が差し出したのは黄色いMの字が染め抜かれた袋。
「どうしても、この、オマケの機関車が欲しくてねぇ……。10セットほど買ってきたよ。ふふ、俺は人間の食べ物は食べれないから頑張ってね♪」
「そんなことで……」
集められた被雇用者たちはがくりと肩を落とした。
いわゆる幸せ御膳が10セット……、つまり単純計算で1人2~3セットがノルマになる。
「あれぇ?足りなかったかなぁ?鬼の俺で200人食べれるから、人間だと1人5セットくらいだったかなぁ……?」
ニコニコととんでもないことを言い出す眠り鬼を前に、三つ編みの少女は考える。
ここのところ、悪い夢に魘(うな)されたり、寝付きが悪かったりでまともに眠れていない。
2~3セットと言っても、子供用の幸せ御膳だ。ギリギリイけるだろう。
他の仲間たちと顔を見合わせて、頷きあう。
「わかりました」
「わぁ、よろしくねぇ!!じゃあ、1セット食べ終わるごとに玩具を1つづつ開けていこうかなぁ」
ニコニコとご機嫌な眠り鬼が見守る中、被雇用者たちはガサガサと袋を開けて中身を取り出して、絶望する。
全てチーズバーガーのセット、おまけにサイドメニューは全て揚げた芋だ。
救いなのは飲みものが比較的量の少ない紙パックの果汁飲料にしてある所だろうか。
「俺、仕事の前だと思って、腹ごしらえしてきちゃったよ……」
短髪の青年がボソリと言うのを三つ編みの少女が叱りつける。
「何よ!!だらしがないわね!!男でしょ!!」
とりあえず、一人1セットずつ取り掛かる。
1セット目は問題なく全員、食べれた。
眠り鬼が玩具の袋を4つ開ける。
緑の車体の列車が1つと赤と白の車体の列車が2つと、青と白の車体の列車が1つ
。どうやらお目当ての機関車はないようだ。
眠り鬼の垂れ目と垂れ眉が、悲しげに更に垂れた。
「仕方ないわねぇ!!次に行くわよ、次!!」
次々と手を伸ばして次のセットに取りがかかる。
子供向けとはいえ、さすがに2セット目はキツい。
止まってしまいそうな手を奮い立たせる。
チーズバーガーでなくナゲットのセットだったら、いや、せめてチーズの入ってないバーガーだったら、もう少しはマシであったろうに。
三つ編みの少女は心の中で、眠り鬼のセレクトを恨む。
どうにか、2セット目も完食することができた。
眠り鬼はさらに4袋玩具を開ける。
先程と同じ緑のの車体が3つ、そして赤と白の車体が1つ。
そして、悲しげな垂れ目の眠り鬼……。
「次よ!!次!!」
三つ編みの少女はいたたまれず、大きな声で言った。
みんな、お腹いっぱいだ。
しかしながら、悲しげな眠り鬼の顔に配下たちの気持ちは1つになった。
『機関車を出したい!!』
幸せ御膳は残り2セット……。
これをどう分けるか……。静かな攻防が始まる。
「あんたたち、男でしょ!あと1セットぐらい食べなさいよ!」
「いや……、俺は……」
短髪の青年がお腹をさする。
結核の青年の青白い顔が、ますます青白い。
悲しげな顔の眠り鬼……。
「……手分け……手分けしましょう!!じゃんけんで、分けましょう」
細い目の少女が助け舟を出す。
結局、揚げた芋は結核の青年と糸目の少女のもとに、チーズバーガーは短髪の青年と三つ編みの少女の前に回ってきた。
苦しい……。
そして、配下たちの苦しい顔を眺める余裕もなく、悲しい垂れ眉の眠り鬼……。
いつも上がっている眠り鬼の口角まで下がっている。
玩具の残りは2つ。
配下たちは死ぬ気で頑張った。
パックのジュースは開けなければ日持ちがするから、もういいだろう。
そうして、9つ目の玩具が開けられた。
ついに機関車だ!!金色に輝く車体……。
シークレットの黄金の機関車だ。
配下たちは沸き立った。
それとは対照的にますます、悲しげに垂れ眉が下がる眠り鬼。
「俺、普通の機関車が欲しかったなぁ……」
その時、結核の青年が最後のポテトを食べ終わった。
「終わりました!!終わりましたよ、魘夢さん!!最後の玩具を開けてください!!」
眠り鬼は垂れ目垂れ眉に加えて、悲しげに下がった口角のまま、最後の玩具を開封しはじめた。
……黒い……。
黒い車体だ。
ついに出た黒い車体の機関車。
この時、配下と眠り鬼の気持ちは1つになり、眠り鬼の口角はいつもより上がったのだった。