約束 伝説の魔獣である我は、過去にひとりだけ人間を背に載せたことがある。
彼奴は変わった男で、フェンリルである我を犬扱いした。
『お前フェンリルだったのか〜。なあ、俺を遠くまで連れてってくれない? そうだな、海がいい』
そう言うと彼奴は我の背に無理矢理よじ登ってきた。『美味い魚料理作ってやるから』などと我を誘惑し、仕方なく男を背に乗せて旅をした。
へらへら笑い、我を恐れぬ変わり者の人間。
人間は弱い。我の手にかかれば、人の国など一晩あれば滅ぼせる。
それでもその男のそばに居たのは、彼奴の作る飯が美味かったから。
しかし、男の体は病に犯されていた。
『俺から連れてけって言ったのに、ごめんな』
『もし、俺が生まれ変わった時にお前がまだ生きてたら、その時は一緒に海行こうな』
『俺と旅してくれて、ありがと……』
それが彼奴の、最後の言葉だった。
このまま放置すれば、この体は魔獣共の餌となるだろう。動かなくなった彼奴の体を我は土に埋めた。
フェンリルである我が、何故このようなことをしなくてはならないのか。
人間なんぞに関わるべきではなかった。
普通の人間は、我を見るなり逃げ出すか攻撃を仕掛けてくる。あの男のように笑顔で近づいてくる者もいたが、我を自分の手駒にしたい故のこと。
人間は矮小な者の集まりだ。
それでも時折人里に姿を現してしまうのは──。
ああ、美味い飯が食いたい。
その男と別れ、かれこれ数百年が過ぎた。もう何年も人間の前に姿を現していない。あの時の飯の味も忘れた頃、男に近い匂いを感じ取った。
興味本位で人里近くまで来てみれば、この辺りでは見かけぬ容姿の男が飯を作っていた。
『彼奴、もしや……』
数日その男を観察してみれば、あの時の男そっくりではないか。
匂いも、魔力も、美味そうな飯を作るのも。
飯に釣られ、彼奴とよく似た男と従魔契約をした。
ああ、やはりそうか。お前は、彼奴の生まれ変わりか。ならば約束を果たさねばなるまい。
『東の海か、あそこはシーサーペントやらクラーケンがいるな。よし、海へ行くぞ』
「えぇ……」
何故浮かぬ顔をしているのだ。昔お主が行きたいと言ったのではないか。
まぁよい。此奴とは長い付き合いになるのだからな。
『早く我の背に乗れ』
「へいへい……って、ギャァァァァーーーー!」
終