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    hario11732

    俺はサソリのハリ尾。20↑腐。

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    hario11732

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    プロットを使い果たした。完結するか不安。

    怪呼ぶ将校(仮題)3その家は、一見廃屋のようにも見えた。離れのような小さな佇まいは、雑草に覆われ、遠目に見てもどこが正面かわからないほどだった。
    湿った苔に足を滑らせそうになりながら石畳を踏みしめ、戸口に辿り着く。呼びかけると、見かけ四十程の痩せた男が姿を現した。
    「今日は張り込みがいねぇなぁと思っていたが、あんたたちが来る日だったってわけか」
    男は酒焼けしたしゃがれ声で言った。要件を伝えると、はぁ、と気のない返事を返し、そのまま中に引っ込んでいく。
    後について入ると、中は意外にも片付いている。古い箪笥と洒落た行灯が目に留まる。それ以外に物は少ないが、敷きっぱなしの煎餅布団がやけに気になった。
    男は定位置らしき場所に胡座をかくと、おもむろに煙草を取り出して咥えた。鯉登と月島は囲炉裏を挟んでその向かいに腰を下ろした。
    「最近の連続暴行事件について、我々は独自に犯人を追っている。犯人のことで覚えていることがあれば何でも教えてもらいたい」
    単刀直入に鯉登が切り出すと、男は壁の何も無いところを見ながらしばらく考えるふりをした。そして指先で煙草をもてあそびながら、
    「どうして軍人さんがそんな面倒事を? 警察に任せておけばいいんじゃないの」
    と聞いた。
    「市政の安全は我々も望むところだ。我々が動くことによっていち早く事件が解決に向かうだろうとの判断だ」
    鯉登は澱みなく返した。
    犯人ねぇ、と男は薄ら笑いをして呟いた。
    「あの日は、なぜあの場所にいた?」
    続けて尋ねると、「馴染みの飲み屋へ行く道だ」と端的な返事が返ってくる。
    鯉登の屋敷がある一角はそれなりに裕福な者が暮らす家が多い。当然、そこに軒を構える店もそれなりのものだ。訝しむ気持ちが顔に出たのか、男は目を細めて鯉登を見た。
    「警察からアタシのことは聞いてるだろ? アタシの商売のこと。こんな爺になっても好き者はいるもんでね、未だに贔屓の客がいる」
    「う、む……」
    「だから、好きに生きられるだけの金はあるのよ。なかなかいい身分だろ?」
    そう言って、首を傾げて笑った。ひとつひとつの仕草に妙な艶のある男である。
    「ねぇ、火はあるかい」
    唐突に、男は月島の方へ身を乗り出した。当然持っている月島は慣れた手つきでマッチを取り出し、擦った。小さな炎の揺らぎが収まると、男は顔を寄せて煙草の先端を当てた。小さな赤い火が灯る。男はゆったりと顔を上げ、ひと口目の煙を吐き出した。
    「ねぇ、聞きたいんだろ。犯人のこと。警察に話してないことを話してやってもいいよ」
    「本当か!」
    男の言葉に、鯉登は軽率にも喜んだ。男は微笑した。
    「ああ、いくらでも話そうね。あんたがここに一晩泊まってくれるなら」
    男は愛想よく言い、とん、と指先で月島の胸を突いた。
    「えっ!」
    鯉登は思わず鼻白んだ。一晩泊まるとはどういうことか。そんなの絶対に駄目だ。咄嗟に月島を見る。
    「それはできない」
    月島は即答した。
    男は意外そうに月島を見、鯉登を見て、合点したように、あぁー、と声を上げた。
    「上官殿のお手付きってわけか。どっちが下? 少尉さんの方? あんた、意外と面食いかい、助平だねぇ」
    くつくつと、男は喉の奥で笑った。月島は涼しい顔のまま答えない。
    男は機嫌がよさそうに煙草を燻らせた。
    「面白い、もう少し聞かせておくれよ。そうしたらこっちの話もしてやるからさ。それで、軍曹さんとはいつからそういう関係なの?」
    突然、振り向いた男に話を振られ、鯉登は動揺した。
    「えっ! あの……」
    「ひと月? ふた月? いや、半年ってとこかな。ふーん、それにしちゃ随分と初々しいね」
    男は勝手に納得して、鯉登の顔をじぃ、と見た。
    「もう何度か抱いてもらったんだろ?」
    「キェッ……! そんな、こと……」
    「あれ、まだなのかな。どうして? こんな別嬪、初物にしておく理由ないだろ? うーん、軍人さんも色々あるのかな」
    男はひとり、首を傾げた。どうして見つめられただけでばれてしまうのか。私は何も言っていないぞ月島ァ! 必死の思いで月島を見るが、当の月島はちらりとこちらに視線をやるだけで何も言わない。どことなく、笑っているようにすら見える。
    男は、今度は鯉登の傍らに身を寄せた。仰け反って逃げる鯉登を覗き込むようにして諭す。
    「拒んでる理由がさ、規律とか願掛けとか、そういうくだらない理由ならさ、全部うっちゃって抱かれた方がいいよ。早い方がいい。意地になってると、だんだんしにくくなるからさ。ケツの穴を見られるなら、お互いよく知らないうちの方がいいってこと」
    「別に、拒んでいるわけでは……」
    「ああそう! じゃあ話は早い。ヤろうヤろう。あんた、知らないだろうがオンナ役は得だよ。底抜けに気持ちいいから。抜きあいなんかじゃ駄目、ちゃんとケツを使ってな。初めは難しいかもしれないけど、いい所を覚えたらあとは早い。毎日でも抱かれたくて堪らなくなるよ。なんなら、自分で覚えて軍曹さんに教えてやったらいい。腹側の浅いとこにあんたが泣き出しちまうくらいいい所があるから。どうだい、どこにあるか今教えてやろうか」
    「すみません、彼は奥手なもので、その辺で」
    月島が片手を上げて制止した。
    鯉登が顔を真っ赤にしているのを見て、男は楽しそうに声を上げて笑った。
    「ああ、おかしい。あんたたち、いいな。偉そうに入ってきた時よりずっといいよ。気に入った、話してやるからよく聞きな」
    男は立ち上がり、よれた半紙の束を持って戻ってきた。囲炉裏の中から炭の欠片を拾い上げると、大雑把な絵を描き始めた。
    「瓦版のアレはやりすぎだけどさ、アタシを襲ったのは紛れもない化け物よ。人間じゃねぇ、あれが人であってたまるか」
    「……人でなければ、他に何がいるというんです」
    月島が尋ねると、男は何か思い出したかのように顔を顰めた。
    「ありゃあな、マシラだ」
    「マシラ? 猿か」
    「山里にいるような猿じゃない、でかいでかい猿だ。迷信じゃ、人と猿のあいのことも聞いたことがある。そんなことが有りうるのかはわからないが……」
    話しながら男が描き付けた絵は、お世辞にも上手いとは言えなかったが、毛むくじゃらで大柄な頭身は、あの日見た、影絵の化け物と酷似していた。
    「ありゃあ異常だ。道を歩いていたら何も無い空から突然降ってきて飛びかかってきた。アタシをぶん殴って倒したあと、品定めするみたいに顔を覗き込んできたんだが、そのツラに何があったかわかるかい。白目だよ。正面に付いた目に2つとも真っ白な白目があって、その中を小さい黒目がキロキロ動いていやがる」
    男は、絵の中の化け物に小さな丸を2つ付け、その中にちょんちょんと点を描き入れた。鯉登はその絵をまじまじと見た。びっくり顔の化け物が出来上がっただけで、恐ろしさは今ひとつ感じられなかった。
    男もそう思ったのか、弁明するように首を振る。
    「あの気味の悪さは実際に見ないとわからないよ。とにかく、そいつが人間みたいな仕草でアタシを犯そうとするんだ。這って逃げようとしたらまたぶん殴られて死んだかと思ったが、次に気付いたら病院で警察の面々に覗き込まれてたってわけよ」
    「奴と対峙した時、何か臭いがしませんでしたか」
    月島が尋ねる。男はぽんと手を打ち鳴らした。
    「したした、あのドブ川の臭い。奴さん、立閑川の辺りにでも潜んでいるんじゃないかね」
    その時、戸口の外でわざとらしい物音が聞こえた。
    「……時間です。行きましょう」
    月島に促され鯉登は立ち上がった。男に礼を言い、金と上等の煙草を渡す。
    「今度は1人でおいで」
    去り際に男が言ったが、いったいどちらに向けて言った言葉なのかはわからなかった。

    外に出ると、見張りの警察官が待ち受けたようにじろじろと2人を見た。
    「少し早すぎるんじゃないのか」
    淡々と月島が問う。警察は肩を竦めて、
    「あの金額ならこんなもんだ」
    と答えた。鯉登はそこで初めて月島が賄賂を渡していたことを知った。
    「それに、無断で嗅ぎ回っているお坊ちゃんもいるようだから」
    警官はそう言って、鯉登を侮蔑的に見た。鯉登は警官を睨み返した。
    男の家を背に歩き、草藪を抜けて道に出ると、月島は小さく息を吐いた。
    「それにしても、マシラだなんて……あの時の影を見ていなければ信じられませんよ」
    諦め混じりにつぶやく。化け物の振りをした人間か、人間の振りをした化け物か。考えが揺れているようだった。
    「しかし、あの男はいい情報をくれました。もう少し、貴方の屋敷の周辺を当たりましょう。奴の潜伏先がわかるかもしれませんから」
    「う、ん」
    鯉登はぎこちなく返事をした。月島はちらりと鯉登の顔を見て、それ以上何も言わずに前を向いて歩いた。
    鯉登は、いまだ火照る頬を誤魔化すため、少し遅れてその後ろに従った。

    次の日、夕時に屋敷を尋ねてきた月島は、上がり込むなり早速口を開いた。
    「地上ばかり調べていたので手間取りましたが、ありましたよ。明治17年、この辺りで大規模な土木事業が行われました。地下に下水道を通す工事です」
    「下水道? そういえば以前、役場の年表で見たな」
    鯉登は記憶を思い起こしながら言った。北海道には無いもの故に、興味本位で見たものである。
    「流行り病の対策として内務省が建設を指示したんです。欧州では排水を地下に流すのは一般的らしいですが、日本では東京や横浜の一部にあるのみです」
    「とすると、奴は下水道に巣食っているのか?」
    「あるいは移動経路として使っているか」
    鯉登は腕組みをした。確かに、下水道ならはあの酷い臭いにも頷けるというものだが。
    「私が見た役場の資料が正しければ、お前の言う下水事業は、確か日本橋や麹町の全域を整備する計画ではなかったか。着工から20年以上経過している。仮に整備が進んでいるならば、この近辺ばかりに出没する理由はないのではないか?」
    「それがですね、整備は全くと言っていいほど進んでいません」
    月島は、担いでいた筒の中から丸めた地図を取り出した。東京府庁まで行って写してきたもののようだ。
    「今、下水道が敷かれているのは、日本橋から神田まで。ほら、たったこれだけの区間です。予算が下りずに計画が止まっているんですよ。貴方の家がここ。そして、点検用の地上出入口がここです」
    鯉登は指さされた場所を、順繰りに覗き込んで確かめた。続いて、3件の暴行事件の現場に、万年筆で印をつけていく。
    「うむ、近いな」
    「はい。この辺り一帯の生活排水と雨水はこの下水道を通って河川に放流されます。その行き先がここです」
    月島の指さす先には立閑川と書いてある。あの四十路の男は確かに「立閑川」と言っていた。
    「神田川の分流で人工の堀だとか。川と呼べる程の大きなものでもないようです」
    「この辺りには何がある?」
    「さぁ、わかりません。行ってみないことには」
    目を凝らして地図を見ると、どうやら下流に寺があるようだ。むしろ、他にめぼしい物は何もないようである。
    「行ってみるか、この寺へ」
    「はい」
    勇んで言うと、月島も快活に返事をした。
    ようやく化け物の正体へ近づいた気がして、気分がいい。今夜は酒を出すことにした。
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