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    hario11732

    俺はサソリのハリ尾。20↑腐。

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    hario11732

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    バトルシーン難すぎ問題。

    怪呼ぶ将校(仮題)4翌日、昼前に腹ごしらえをして、意気揚々と地図の場所に向かう2人は途中、子どもの集団と出会い、これを呼び止めた。
    「道案内を1人雇いたい。お前たち、ここらの土地には詳しいだろうな」
    見慣れない軍服を警戒してか、遠巻きに見ていた子どもたちも、鯉登が金額を提示するとぞろぞろと近づいてきた。
    「軍人さん、どこへ行きたいの?」
    「立閑川だ。この辺りにあるだろう?」
    鯉登が答える。
    興味深そうに集まっていた子供たちが、その言葉を聞くと一目散に散っていった。
    鯉登は月島を見た。
    「私、何かおかしなことを言ったか?」
    「さあ、普通だと思いますが」
    月島は首を傾げて答えた。
    辺りを見回すと、少し離れたところに1人の少年が立っているのが見えた。先程の子どもたちの輪の中には混じっていなかった子どもだ。歳の頃は同じようだが、背が高く、がたいもよく、どこか達観した顔付きをする。
    「そこのお前、私に雇われる気はないか」
    鯉登が呼びかけると、少年は黙って近付いてきた。近くで見ると、少年は継ぎ接ぎだらけの、丈の短くなった絣を身につけていることがわかった。
    「名前は?」
    「正太郎」
    「そうか、私は陸軍の鯉登少尉だ。立閑川までの道案内を頼みたい。できるな?」
    念を押すと、正太郎は黙って1つ頷いた。
    道中、寡黙な少年を喋らせてわかったところによると、正太郎の家には9人の子どもと2人の老人がおり、房総の方まで働きに出ている父の稼ぎの他は、母の内職と正太郎のような年長の子どもが稼ぐ日銭をあてになんとか生活しているとのことだった。
    「お前は長男だな」
    「はい」
    「もう少し経てば色々なことが自分でできるようになって働くことも苦ではなくなる。お前は体格にも恵まれているからすぐ一人前に稼げるようになる。そうなれば、少しは自分を慈しむこともできるようになるはずだ」
    鯉登は、後ろをついてくる少年を諭した。わからなかったのか、正太郎は黙ったまま特に返事をしなかった。
    少年の案内するままに歩くと30分ほどで開けた土手の上に出た。途端にむっとする臭気が鼻腔を襲った。
    彼の指が示す方角を見ると、子どもたちが案内を嫌がった原因と思われるものを見つけた。
    伸びすぎた雑草に埋もれてその川はあった。汚泥が溜まって浅くなった川底の上を、濁った水が流れている。水流が弱く、積もったごみが押し流されずに川べりに滞留し、辺り一帯に酷い悪臭を放っている。
    「こげな汚っさね川見たこっがない」
    「私もです」
    鯉登の呟きに月島も同意した。
    川を少し遡ると、レンガで固められた下水道の出口があった。人一人がゆうに通れるだけの広さがある。
    ここが化け物の通り道だというのは間違いなさそうだ。
    「正太郎、寺はどこにある」
    鼻と口を覆ったまま聞くと、正太郎は黙って下流を指差した。
    歩いてゆくと、崩れかけた瓦屋根が姿を現す。廃寺だった。近くで見ると意外にも大きい。
    「俺が産まれた頃にはもう廃寺だったらしいです。昔は住職もいたけど、ある日どこかに消えてしまったって」
    「消えた?」
    正太郎はこっくりと頷いた。付き合いのいい住職だったがある時から表に出てこなくなったとか、檀家が訪ねて行った時には既にもぬけの殻だったとか、産まれる前の話にしてはやけに詳しく昔話が語られる。どうやら、この辺りでは有名な、いわく付きの寺らしい。
    鯉登たちはやや遠巻きに寺の周囲を見て回った。汚れた雨戸が固く閉ざされ、中の様子を知ることはできない。鯉登は足音を立てないよう慎重に歩いた。定かではないが、寺の中からも息を潜めてこちらの様子を伺う気配を感じた。
    「いるな」
    「はい」
    囁くと、月島が低く答えた。
    気楽な偵察のつもりでここまでやってきたが、そういう訳にもいかなくなった。
    「正太郎、報酬をもう少し弾むから、我々の仕事が終わるまでどこかで待っていてくれないか」
    寺から離れた場所まで一度退避して、鯉登は正太郎に言った。
    「我々はあの寺の中を捜索しに行く。終わったら呼ぶから出てきてくれ。ここは臭いし、危険があるかもしれないからもう少し離れたところがいいだろう。私の声が聞こえるところならどこにいてもいい」
    そう言うと正太郎は少し強ばった顔をしたが、最後にははっきりと頷いた。
    正太郎が去ると、月島は肩に担いでいた銃を下ろした。鯉登も軍刀に手を置いた。
    「出入口は正面に一つ、裏に一つ。ただし、屋根の朽ちたところには穴も空いているようです」
    「よし、お前は寺の外にも気を配れ。奴をここから出すな」
    「貴方、一人で行く気ですか?」
    「私は正面から行く。月島は時期を見て裏から突入してくれ」
    月島が寺の裏手に駆けて行くのを見届けて、鯉登は正面入口の前に立った。玄関は、戸が外れて大開きになっていた。土埃に汚れた壁に「立閑寺」と書かれた額が飾られているのが見えたが、それより先は非常に暗く、ほとんど何も見えない。
    鯉登は軽く屈みながら中へ足を踏み入れた。寺の中にも、ドブ川の臭いは立ち込めている。
    靴のまま上がると板張りの床がギィと鳴った。鯉登は眉をひそめた。
    軍刀を低く構え、中を進んでいく。かなり暗いので時折壁に手をつかなければ距離が測れない。角を曲がるとまた床が鳴る。聞く者があれば、侵入者が寺のどこを歩いているか、手に取るように分かるだろう。
    少し歩くと、どうやら直線の長い廊下に出たようだった。立ち止まって、暗さに目が慣れるのを待つ。寺の外周に当たる廊下だろうと予測した。本来縁側に当たる方角は雨戸に閉め切られている。息を殺し、足を踏み出す。雨戸ではない方の壁に手を触れながら進む。するとすぐに、指先を触る感触が、壁の木目から襖のそれに変わった。
    静寂は、突如破られた。
    物凄い力で襖をぶち抜き、目の前に腕が突き出した。胸ぐらを掴まれ、襖ごと、部屋の内側に引きずり込まれる。
    「ぐあッッッ!」
    倒れた襖の上に身体を叩きつけられて呻いた。
    その部屋は暗闇ではなかった。天井に空いた小さな穴から差し込む微かな陽光が、部屋の中をぼんやりと照らしていた。
    目を瞬かせ、鯉登は目の前のものを見た。
    鯉登を見下ろしているのは、大柄で、毛むくじゃらの、人のようなものだった。
    全身に生えているのは野生動物のような剛毛だ。毛皮を被っているのではない。胸までびっちりと毛が生えている
    固い毛に覆われていてもはっきりと分かる、異様に発達した筋肉。特に肩と首の境目は分からないほど盛り上がっている。長すぎる腕、バランスを取るためなのか前傾する姿勢。身体的特徴から感じる印象は大きすぎる猿である。
    ただひとつ、違うところがあった。
    唯一、毛の生えていない顔の真ん中にそれはふたつ並んでいた。
    きょろり、と動く。
    薄暗闇の中でも真っ白に見える。
    白目だ。
    白目の真ん中にまんまるまなこ。
    異形の顔に並ぶつぶらな目玉が鯉登を見下ろしている。
    「……ッッッ!」
    渾身の力で跳ね起きて、距離を取った。
    これがマシラか。
    鯉登は眉間の皺を深くした。対峙すればわかる、と四十路の男は言った。恐らく、この異様な嫌悪感のことを言ったのだ。猿に見えても猿ではない。人のものだ。あの、見ているだけで不安に叫び出したくなるようなまなこは。
    軍刀は、引きずり込まれた時から変わらず手の中にあった。正面に構えた腕を徐々に持ち上げる。
    ​─────成敗してくれる。
    一撃目の構えを取るにつれ、自身の身体の隅々に殺気が満ちるのを感じた。
    マシラは、相変わらずの前傾姿勢で、首だけ回して鯉登を見つめていた。軍刀の切っ先が自分に向くのを、微動だにせず見つめていた。心做しか、毛むくじゃらの身体がひと回り大きくなって見えた。体毛が逆立っているのだ。
    「ぶわああおぉぉぉぉっ!!!」
    唐突にマシラが咆哮した。
    その形相と声の気味悪さに、鯉登は顔の血の気が引くのを感じた。
    マシラは突然動き始めた。
    その場で大きく一歩踏み込むと、腕を広げて飛びかかってきた。
    驚くべき跳躍力。しかし瞬時に反応した鯉登は、横一閃、軍刀を振り抜いた。
    「フンッッッ!!」
    切っ先は空を切った。
    剣筋の通るぎりぎりで急停止したマシラは、真上に飛び上がった。
    そのまま鯉登の頭上に落ちてこようとする。
    咄嗟に床を転がって回避した。
    ばん、と派手な音を立てて床に落ちてきたマシラは、そのまま両手で床を叩いた。
    「んうううぅぅっ!!」
    癇癪を込めて何度も叩く。ばんばんばん、と鈍い音が響く。ここは畳張りなのだ。おそらく、寺の本堂に当たるのだろう。
    「……少尉殿!」
    遠くで月島の声がする。音を聞き付けて、裏から突入してきたのだ。
    「本堂だ! 加勢しろ月島ァッ!」
    鯉登は叫んだ。
    気を弛めたつもりはなかったが、それでも隙をつかれた。飛びかかってきたマシラの蹴りを避けられず、奥の壁まで身体を吹き飛ばされた。
    「がッは……」
    強烈に背中を打ち付けた。痛みに視界が明滅した。四つ足になって、マシラが歩み寄ってくる。目の前までくると、すくっと立ち上がる。大きかった。踏み潰されでもしたら、人間の骨などひとたまりもないだろう。
    ​─────ドンッ
    その時、どこかで三八式の銃声が響いた。的外れだが、近くだ。
    マシラが音を気にして、首を後ろへ向ける。
    その隙に、鯉登は軍刀を相手の足の甲に突き立てた。
    「うわあおぉっっ!?」
    怯んだ間に素早く刀を抜き、小さな構えから切りつける。脛が切れ、どす黒い液体が吹き出した。
    身を起こし、肩の高さに構えた軍刀を相手の胸部めがけて突き出す。
    仰け反りながら切っ先をかわしたマシラは宙を回転して距離を取った。そのまま部屋の隅にしゃがみこむと、切れた脛を押さえて痛がる素振りをした。どんぐり眼が垂れて、眦が酷く下がった。
    「猿真似を……!」
    泣き出す仕草に苛立ち、再度刀を構える。
    「おえまわに、あけるう、おれちわう」
    マシラが喚く。
    かっと頭に血が上った。
    「ないか言おごたっこっがあっなら、はっきり言てみぃこん馬鹿すったれぇぇ!!!」
    憤然として切りかかると、マシラは大きな図体を捩って、怯えるように逃げる。残っていた襖をなぎ倒し、廊下に転がり出る。
    そこに待っていたのは、月島の銃口だった。
    ドン、と一発銃声が響く。
    廊下の端から真っ直ぐに狙った三八式の銃弾は、十数メートル離れたマシラの肩に命中した。
    「いいがあああぁっ!!!!」
    マシラが絶叫する。激昂し、両手で激しく自身の胸を叩く仕草をした。
    痛みも忘れたかのように猛然と廊下を駆け、月島に向かって行く。
    「月島ァッ!」
    思わず叫ぶが、当の月島はまるで動じることなく構えた銃の引き金を引いた。
    銃弾はマシラの脳天をぶち抜いた。
    しかし、我を忘れた巨体は止まらない。
    分厚い掌が頭めがけて振り下ろされる瞬間、月島の目が、少しだけ見開かれるのが見えた。
    「キエエェェェァァッッ!!!」
    喉から引き絞るような猿叫が漏れた。夢中で走り、前方へ向かう力を全て刀に乗せ、振り下ろした。刃はマシラの頚部に当たった。月島めがけて飛びかかる巨体を横から叩き落とした。
    「やだっ」
    床に突っ伏したマシラが、鯉登を見上げて叫ぶ。鯉登は肉に食いこんだ軍刀を一気に振り抜き、首を刎ねた。

    はぁ、はぁ、としばらくは自分が息をする音だけが響いていた。痺れる腕で額の汗を拭い、軍刀の血を払った。
    月島が古びた雨戸を力づくでこじ開けた。陽光と、爽やかな外の空気が流れ込む。
    化け物の姿が明瞭になると、鯉登はその毛むくじゃらの身体を検分した。左脚の太腿に、治りかけの銃創があった。
    鯉登は壁に手を突きながら、外に出た。
    「正太郎!」
    大声で名前を呼ぶ。外の光に目を細めながら探すと、土手の上に佇む正太郎の姿が見えた。
    鯉登は続けて叫んだ。
    「正太郎! お前、警察に行って人を呼んでこい! 陸軍少尉の鯉登音之進が連続暴行事件の犯人を成敗したと言ってな! わかったか!」
    正太郎は頷いたようだった。
    正太郎が背を向けて走っていくのを見届けると、鯉登はすぐさま踵を返した。背後の月島を素通りし、寺の裏手に向かうとそこでひとしきり吐いた。
    口を拭いながら戻ると、「大丈夫ですか」と月島が気遣う。黙って頷き、連れ立って寺の中へ戻った。
    無遠慮な日差しに照らされているのは、大きすぎる猿だった。下腹部には異様に発達した男性器がぶら下がっていた。切り落とした首は今際の際の苦しみから大きく目玉が飛び出していたが、鯉登には、生きていた時のどんぐりまなこの方がずっと気味が悪く感じられた。
    「人を切ったのは函館以来だ」
    呟くと、
    「こんなもの、人ではありませんよ」
    と月島が珍しく吐き捨てた。
    死んでなお、この化け物が撒き散らす嫌悪感に、さすがの月島も当てられているようだった。
    どうだかな、と鯉登は内心考えた。
    なんでも、在りし日のこの寺の住職は一介の僧とは思えないほど屈強な肉体と上背の持ち主だったらしい。人間らしく発達した猿の化け物と妙に印象が重なるではないか。
    どのみち気分のいい話ではない。鯉登は月島の言葉を聞き流し、黙っていることにした。
    外に出てしばらく待つと、正太郎が二人の警官を連れて戻ってきた。大きく手を振りながら立ち上がる。
    これでようやく、自ら背負い込んだ肩の荷が下りたのだった。


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