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    hario11732

    俺はサソリのハリ尾。20↑腐。

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    hario11732

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    明治軸の月鯉続き。
    最後まで書ききれますように。

    怪呼ぶ将校(仮題)2翌日、日本橋の鰻屋で、月島旧知の警察官と膝を突合せた2人は、おぞましさに顔を顰めながら話を聞いた。
    初めに襲われて死んだ男は、尻を裂かれていたらしい。
    「殺した死体をですね、犯そうとしとるんですわ。しかし、死体というのは固まりますでしょう。ほぐれもしねぇ小さい穴に魔羅を突っ込んだらそりゃ裂けますわな。おまけに、奴さん、かなりのデカ魔羅と見えて、丸太でも無理やり突っ込んだ見てぇに肉が裂けちまってる。肛門から背中の方までぱっくり割れとるんですわ」
    「…………」
    この男が幸いであったのは、これらの残酷な所業が全て死んだ後に行われたということだった。2人目の被害者には息があったのである。
    「2人目は、男娼崩れの年増男でしたよ」
    警官は楊枝を使いながら言った。
    「ぶん殴られて意識もなかったんですが、その日のうちに気が付きましてね、今うちのもんが聴取しとるとこですが、いけ好かねぇナメた野郎ですよ。なんでも、アソコをやさしゅうひと擦りしただけで逃げられたと。案外、ちょうどよかったんじゃないかね」
    そう言って、警官は笑った。相対する鯉登の顔はますます険しくなった。
    実際のところ、2人目の男は殴られ、気絶させられたあと、残忍に犯される直前に助けられていた。
    3人目も男である。
    この頃には街に随分な数の警備隊が出ていたため、怪我もなく、地面に組み伏せられた直後に助け出されていた。
    「ただの民間の警備隊がなんでピストルなんざ携帯してるんだかわからねぇが、とにかく撃った弾は当たったようで、奴さん、足を引きずりながら飛び上がって逃げたと。逃げた先をうちの馬鹿共が見逃したせいで行方知れずですがね。怪我させた今なら捕まえるチャンスなんだがなぁ」
    「犯人は化け物という噂もあるだろう。あれをどう思う」
    鯉登が尋ねると、じろりと品定めするように顔を見た後、小馬鹿にするように笑った。
    「あんなもん、噂に決まっとるでしょう。士官学校では怪談でも教えとるんですか? 毛むくじゃらの化け物が夜な夜な人を襲うだなんて、馬鹿げた話、全部瓦版のせいですよ。まったく、さっさと発禁にしちまえばいいのに。3人目の時は自分も現場にいましたがね、あれは頭から動物の毛皮を被った人間です。動きが人だ、獣じゃねぇ。断言しますよ。だいたい、男ばっか好んで犯すやつが獣のわけがねぇ。そんな変態は人間だけよ」
    世話になった、と言葉少なに礼を言って鯉登は席を立った。警官は立ち上がりもせず、椅子の背にもたれかかったまま、
    「うちの隊に臨時でいらっしゃるおつもりですかい」
    と聞いた。
    「いや結構、こちらはこちらで動かせてもらう」
    鯉登は冷ややかに応えた。
    月島を連れて店を出る。昼時を過ぎたばかりの東京は不快なほど蒸し暑い。
    「平気ですか」
    後ろから追ってきた月島が聞くので、「何が」と返す。情報は得られた。しかし気分の悪い話だった。
    月島との逢瀬の度に現れる、男色の化け物。
    奴は、自分たちの睦み合いの匂いでも嗅ぎつけて現れているのだろうか。
    「まさか、そんな因果はないでしょう」
    月島が小声で反論する。
    我々が原因ならば、我々を直接襲わない原因がわからない、と言うのである。
    鯉登は唸った。
    確かに、鯉登邸の近くまで三度も来ておきながら、無関係の人間を襲う理由は何か。納得のいく理由は思いつかない。
    もしもこの一連の事件が、全く関係の無い理由で起きているならば、陸軍所属の自分たちがあえて動く道理もない。わざわざ危険を犯す必要もないわけだ。
    「……しかし、治安のためには働いて損はあるまい。犯人を捉えれば、民も我々も、余計な気を揉まなくて済むわけだからな。それに、あの警察の下品な奴らに犯人が捕まえられるとは到底思えん」
    最後の台詞を吐き捨てるように言うと、月島はため息を吐いた。
    「あれしかあてがなかったんですよ」
    と言い訳をする。
    機嫌を損ねた鯉登はそれ以上返事をしなかった。

    因果関係はなかろうと結論づけた後になっても、鯉登はどうにも月島を誘う気にはなれなかった。尻を裂かれた男の惨劇が妙に耳に残って気分が悪かったし、自分が月島と触れ合うことであらたに犯される男が出るかもしれないと思うと半ば迷信と分かっていても気が引けたのである。
    鯉登は軍の諸用が済んだあとの時間を使って、現場付近を見て回った。どの現場も鯉登の邸宅から数キロと離れてはいなかった。地面に目を擦り寄せて物証がないか探したが、警察がさらったあとであるために痕跡は何も見つからなかった。
    「そこの者、この辺りで不審なものを見かけなかったか」
    道行く人に尋ねるが、期待したような返事は返ってこない。聞き込みはするな、と月島に言われていたものの、収穫なしでは帰るに帰れず、鯉登は意地になって聞き込みを続けた。

    「2番目の被害者が今日退院したそうです」
    屋敷を訪ねてきた月島が、軍帽を脱ぎながら言った。彼もまた、余暇を使って情報を集めているのだ。
    会いに行けるか、と聞くと思案した様子で、
    「少し工夫の必要はありますが、できないことはないでしょう」
    と応えた。
    直接犯人を見たものに会うことができれば何かがわかるだろう、と鯉登は内心安堵した。市政の人に闇雲に訪ねても大袈裟な噂話を聞かされるだけで収穫がないと気付いたからだ。
    「それにしても、どうしてうちの近所でばかり起きるのだろうなぁ。うちと無関係というには、いささか局所的すぎやしないか」
    「まだ我々に原因があると疑っているんですか? 言ったでしょう、そんな因果はないと」
    鯉登のつぶやきを、月島がむべもなく突っぱねる。鯉登も、その理屈に納得していないわけではないのだ。我々でなければいったい何だ。何の因果でこの土地にばかり出没するのか。
    「気になることはまだあるぞ。この謎の毛だ」
    鯉登は、箪笥の中からごそごそと小さな木箱を取り出した。あまりにも嫌悪感が強かったので、箱の中に布を詰め、厳重に閉まっておいたのだ。
    鯉登は手拭いを畳み、鼻と口がしっかり隠れるよう覆って後頭部で結んだ。爆発物訓練用の手袋を取り出し、両手にはめる。畳の上に古新聞を敷き詰め、その上に木箱を置いた。
    「私がやりましょうか?」
    「平気だ、手出し無用」
    鯉登は慎重に箱の蓋を持ち上げた。詰めた布を取り出すと、例の毛束が現れた。
    黒と灰色が混ざったような、硬い毛だ。動物の毛であることは間違いなさそうだった。
    「北海道で見た、エゾシカの剥製がこんな毛でしたよ」
    月島が上から箱を覗き込んで言った。
    恐る恐る手袋越しにつまみ上げてみる。確かに、豊原の宿屋に飾ってあったホッキョクグマの毛皮もこんな様子だった。ただ、あの時見たものよりもずっと脂気がある。鰻屋で聞いた話では、犯人は動物の毛皮を被っていたとのことだったが、果たしてこれは本当に死骸から取れた毛だろうか。
    じっと見ていた月島が何を思ったか、慎重に顔を寄せてきた。
    「おい、おい、やめておけ。臭いぞ」
    「はい」
    怯んだ鯉登の制止も聞かず、月島はスンと鼻を鳴らした。途端、眉間に深い皺が寄る。
    「大丈夫か? 無理するな」
    「平気です。臭いですが」
    鼻を擦りながら月島は考えている。
    「動物臭いのではない……排泄物の臭いでもない……食べ物の腐ったような臭いですね。こんな少量の毛にも染み込むとは相当ですが。ごみ溜めにでも住んでいるんでしょうか」
    うーん、と月島が唸る。結局思考は進まないようだ。
    「なぁ月島、お前は犯人の正体が人間だと思うか?」
    問いかけてみると、またもや「うーん……」と唸ったまま黙り込んでしまう。月島は現実主義者だ。幽霊も化け物も信じてはいないだろう。なのに即答できないのは、彼もまた、これを人間とは信じきれないからだ。
    鯉登は、あの日障子に映し出された影を思い起こした。咄嗟にあれを化け物だと思ったのは、どこかが人間とは違うように見えたからなのだ。等身が違う、重心が違う、膂力が違う。些細なところに自分も月島も大きな引っ掛かりを感じている。
    「考えていてもわからんな」
    「はい」
    「飯にしよう。これ、元に戻しておいてくれ」
    箱の中に毛束を捩じ込むと、鯉登は立ち上がって障子を開け放った。詰めていた息をようやく吐き出す。爽やかな夜風を吸い込みながら、先程の思いを強くした。やはり、これを間近で見た者に会わねばならない、と。

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