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    sososo_oji_kabe

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    sososo_oji_kabe

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    #ハクパン

    すき、きもい、ときどききすすき、きもい、ときどききす「一度でいいから俺のこと好きって言ってもらいたいんス、お願いしますっス!パンダさん……!」
    「その手に持ってる笹は頂いておくね、ハックくん。今日の面会は終了しました~!明日また来てね~!」
    僕は笹で釣られるほど安い男ではないからね。パンダはそう思った。
    すき、きもい、ときどききす
    たしか、そんなやりとりをここに来る直前にしていたはずだ。やたら自分のことを好きだと声高に宣言しているハックが、綺麗にラッピングされた笹のブーケを片手に持って職場に乗り込んできたから、適当にあしらってやった。ハックをゲテモノ好きと称した同僚から、『ここまでお前を盲目に愛してくれるやつ、未来永劫いないんだからもうくっついたら?』とまで言われた。すごく屈辱的だったことを覚えている。そこまでだ。そこまでの記憶しかパンダにはなかった。連日連夜続いていた残業のせいかズキンズキンと痛む頭に手を添えながら、パンダは自分の現状を理解できないでいた。
    気が付くとパンダは、ワンルーム程の狭い部屋に横になっていた。先ほどまで、無粋な訪問者を前にてんやわんやしていた職場から、まるでテレポートしたが如く、見知らぬ場所にいたのだ。ベッドやソファーのような家具や、テレビやパソコンといった電子機器もなく、何もない部屋。また壁も床も天井も全て、シミも汚れもないように真っ白で、生活感が一切感じられない。そして何より『ドア』が四方八方どこを見回してもなく、より一層、ただ仕切られた空間のように思える。時間を確認しようといつもシャツの胸ポケットに忍ばせているスマートフォンを使おうとするも見つからず、どうやら取り上げられていることに気づいた。何かの犯罪にでも巻き込まれたのか、誘拐されたのか、普段どうやってサボるかどうかを考えるぐらいしか働いていない頭は、思考を堂々巡りにさせる。考えていても仕方ないと、立ち上がろうと体を起こした瞬間なにかあたたかいものが手に触れた。白い部屋の中では嫌でも目に入ってくるグリーンの蛙パーカー。
    ハックだった。
    なんでよりにもよってコイツと二人きりなのか……と心の中で毒づきながら、隣でいまだすやすやと寝息を立てながら、赤子のように丸まって寝ているハックがまるで子どものように愛らしかったので起こすかどうかを少し悩んだ。起きているときは、うるさく少々癪に障ると思っていたが、寝顔はどことなく幼さが残っていてまだまだ子供なのだと感じさせられる。そう思ってはいたけど、こんなわけの分からない空間にひとりぼっちなのが寂しかったのか、呑気に寝ている彼に腹が立ったからか、あるいはその両方か。結局パァンと思い切り腕を引っぱたいてハックを起こした。
    「ハックくん、起きて」
    腕を引っぱたいても、しばらく機嫌悪そうな顔をして薄目で何もない空中をぼんやりと見つめていたハックだったが、声をかけるとようやく目が覚めたのか、えっパンダさん、どうして……となぜか乙女のように恥じらっていた。
    「ハックくんここどこだか分かる?」
    「さぁ見当もつかないっスね……パソコンもとられちゃってますし……」
    パンダと同様、この部屋の外と繋がるようなものは取り上げられているようで、ハックのパソコンも例外なく取り上げられていた。大切なパソコンが自分の手元にないのが相当不安なようで、それに気づくや否や先ほどまでパンダと二人きりだということに狂喜乱舞していたのに、フードの蛙から哀愁が漂うぐらいには落ち込んでいるようだった。
    ハックが起きてから二人でいろいろ部屋を調べたところ、壁を蹴ってもびくともしないし、隠し扉もなく、叫んでみても何の反応もしない、挙句に自分たち二人きり以外の音は何もしないのだ。ミステリーに関心の高いハックはブツブツと怪奇現象だ、SCPだとテンションが上がってパンダに熱心に話しかけていたが、パンダは一ミリも興味を持てずただ一刻も早く外に出てゲームがしたい、食べモグみたい、SNS巡回しなきゃと現実逃避しながら話半分に適当に相槌を打っていた。

    「思うに、何か条件を達成しなければ外に出ることができない、超常現象じゃないかって思うんス。」
    「うんうん」
    「キリンさんが見ていた漫画とかDVDだとセ……しないと出られない部屋とかもあるんスけど」
    「うんうん」
    「もしそんな部屋だったら、パンダさんどうするっスか?」
    「うんうん」
    「聞いてないっスか!?」
    「うんうん」
    「適当っスね!……でも、もし腕を切らないととかだったら」
    「僕のために命捨てれるよね?」
    「聞いてるじゃないっスか!!捨てれるっスけど!!」

    「あ、あれ見てくださいっス!」
    なにせスマートフォンがないので暇の潰しようがなく、仕方がないとハックの話を聞いていると、突然ハックがパンダの背面にある壁を指し叫んだ。ハックが指した白い壁には、どこともなく黒いインクが滲みだすように文字が浮かび上がり、一つのメッセージを残した。

    『二人で合計一万回「好き」と言わないと出られません。』

    想像していたものよりずっと安易で拍子抜けしてしまい、顔には出すまいと思っていた緊張の糸が緩んでふぅと安堵からの息が漏れた。どちらかの両目を潰さないと出られない、とか、合計で三本手足を切断としなければ出られない、とか。セックスしないと出られない……だとか。とにかくそんなんじゃなくて良かったと、パンダは心の底から思った。
    こんなへんてこりんな場所で死ぬのなんかまっぴらごめんだし、五体満足で出られないのも絶対に嫌だった。もしこの場に閉じ込められたのが赤の他人なら老若男女問わず有無を言わさずパンダの手によって、犠牲になってもらい、僕のためにありがとうと笑みを浮かべることができただろう。ハックにだってもちろん犠牲になってもらうはずだが、自ら犠牲になるつもりだという自己犠牲にはどこか気持ち悪さを感じる。パンダが「好きだよ」と一言でも言えば喜んで死んでくれそうだと思うのは、彼のことを馬鹿にしているからではなく、本気で思っているのだ。
    『パンダさん、パンダさ~ん!あなたのために死んだっス!』
    と耳元で囁かれ続け、そのまま、地獄まで一緒に落っこちてしまうんじゃないかと思う。
    執念深い、怖い男だ、となぜか頬を桃色に染めているハックをパンダは横目で見ていた。

    「なんだか安心したっスね。」
    「本当だねぇ。ハックくんが考察してたみたいに、手足を切断とかだったらどうしようかと思った。」
    「本当にそうっス。」
    「でもムッツリなハックくんはセックスしないと出られない部屋じゃなくて残念でしょ?」

    パンダが茶化しながらそう言うと、ハックは顔を真っ赤にさせて下を向いて、聞こえるか聞こえないかという大きさでえっちっスよ……と言った。パンダは聞き逃さなかった。「キモイね!」とついパンダの口からこぼれてしまうのも仕方のないことだった。だけど、下ネタだって同じ大学の先輩で慣れているはずなのに、自分にだけこんなに初心な反応を見せるのはかわいい。絶対に口に出して言ってやらないけど。してやったり、とパンダは口元を緩めた。パンダの容赦のない一言にひどく落ち込んでいたハックだったが、パンダが「ハックくんが言わないなら僕帰りたいから言っちゃうよ」と声をかけると「ちょっと待ってくださいっス!」とはっと顔を上げて「試しに一回ずつだけ、言って見ましょう」と勢いよく提案してきた。
    「言うたびになにか体に作用するかもしんないっスから。慎重にやってきましょうっス。」
    「へぇ、言うたびに本当に……になっちゃったり、えっちな気分になったり?」
    『好き』という言葉がつい声に出そうになったパンダは、口パクで『好き』という言葉を補ってハックに問うてみた。慎重に『好き』と言わねばならないと言われたばかりだったので、声に出さずに伝えようとしたパンダなりの配慮だったのだが、ハックからはあざとすぎるっス~!!と文句を言われてしまった。パンダはハックをからかうために、えっちな気分になったり?と少々過激なことを言ってやったはずだった。自分の計算とは異なるところで、ハックがもじもじと何故か照れていたので、そこじゃねーだろ!!と心の中でツッコんでいた。これを俗にいうところのえっちなお兄さんムーブの失敗だということをパンダは知らなかった。
    「じゃあいくっスよ……。好きっス!パンダさん!」
    「そんなパンダさん、とかいらないでしょ。……好き」
    好意があるのを臆さず素直にぶつかってくるハックのその態度は、パンダの胸を揺れ動かし、パンダを苛立たせる。愛玩動物に癒しを求めているような声に、何もできないような赤子に向けられる慈愛の目、「君の好きって本当に僕と同じ好きなの?」と問い詰めたくなってしまう。そんな被害妄想染みたこと考える自分も嫌いだ。パンダにとってハックからの愛は、手を伸ばせば届く距離にあるのに、自分から触れてしまえば最後跡形もなくなってしまうような、歪な形をしている。そう思っている。
    俗にいう塩対応ともいう返答や態度をハックにしてしまうパンダであるが、その実、彼を嫌っているというわけではなかった。握ろうとしても手から滑り落ちてしまうスクイーズ、あるいは森の中の霧のような底知れなさを、いまいちハックのことを信用しきれていないだけなのだ。

    二人が言い終えたと同時に、ピコンピコンと立て続けに音が鳴り、先程現れた文字のすぐ下に『二回』という文字がにじみ出てきた。

    「……体には特に何もないね。ただ『好き』って言うだけでいいんじゃない?」
    「そうみたいっスね……。」
    「僕早く出たいからもうガンガン言っちゃうよ?」
    「はい!頑張りましょうっス!」

    パンダの言った『好き』は音を立て、回数としてカウントされることはなかった。どうやら意図して『好き』と言ったものでしかカウントされないようだった。そして少し俯きながら、本当に本当に小さな声でハックが「好きになってくれればいいのに……」と呟いているのも、もちろんパンダは聞き逃さなかった。けれども、今回は聞き逃した振りをしてあげたのだ。

    好きって一度でも言ってくれればいいって言ってたのに、好きになってほしいの?って。なんだか欲張りだなって思う。すごく女々しくて見苦しい醜い気持ち。パンダは口から出かけた言葉を飲み込んで、代わりにパァンとハックの腕を叩いた。「痛いっス!」と声が聞こえたが、お構いなしだ。フンッと子供のようにそっぽを向いた。
    真っすぐで素直なハックの愛は、ひねくれてねじれ曲がったパンダにはするりと避けられてしまう。

    何時間経っただろうか、時計がないので何も分からないが一時間は経っていると信じたい。カウント数はたった今2000回目を迎えた。好き好き好き好きすきすきすきす……好きと言っているのかキスと言っているのか分からないほど言い続けている。心の中で自分が叫んでいるのか、ちゃんと声に出して言っているのかもよく分からない。体中の水分が蒸発していくたびにチクチクと針が刺さったような痛みを生じさせ、喉は酷使され続けている。飲み物も何もない。あるのは感情のないロボットのように好きとただ連呼する男二人きりだ。狭い部屋の中、ただ酸素だけが消費されていて、息ができないような苦しさで顔に熱が集まっている気がする。愛なんてないのに好きだと言っているからかな。そうに違いないのだ。正面に座って真面目そうに、同じように『好き』を連呼し続けているハック八つ当たりしてしまいそうになるのも、全部、そういうことなのだ。
    ピコンピコンと『好き』という言葉に反応しているカウント数はもはや騒音めいて、パンダの頭の中をぐらんぐらんと、回していっていた。

    けほっと、水分の抜けきった咳で人生で一番連続して『好き』と言った記録が途絶えてしまうと、こちらを心配そうな顔でハックがこちらを覗き込んでいた。
    「大丈夫っスか?水とか飲みますっスか……?」
    「水なんてな、い」
    でしょと続けたいのに、喉から上手く言葉が出ない。自分が思っている以上に、体は限界を迎えているようだった。
    「こういうときの相場は、念じたらなんでも出てくるもんなんっスよ」
    体は熱を持ったまま、ぜぇぜぇと肩を上下させながら息を吐かないと楽になれず、いつのまにかピタリと隣にきていて当たり前のように背中を擦ってくれていたハックの肩に頭を預けていた。
    「……出てこないっスね。」
    パンダが口を開こうとすると、ハックが人差し指をパンダの口元に当てて「喋らないほうがいいっスよ」とまるで愛猫家が飼い猫に話しかけるときのように柔らかで甘い声で諭してきた。
    これだ。これが嫌なのだ。ハックは自分のことをペットか何かだと勘違いしている。
    「漫画や映画みたいに都合良くいくわけないっスよねぇ。それにしても」
    ハックの冷たい掌がパンダのおでこに触れる。柔らかくて、どこか少年めいた掌が弱り切った体にはとても気持ちがよかった。もうペットや年下扱いはどうでもよくなっているほど、熱く、蕩けていく。
    「熱があるっスね…。パンダさん寝ててくださいっス」
    でも好きって言わなきゃ出られないよ、ハックくん一人で大丈夫、と声に出して伝えたかったが、音にならない息がだだ漏れるだけだ。言わんとしたことを察したのか、ハックはパンダの頭を撫でながら言った。
    「俺がパンダさんの分までちゃんと言うッスよ。安心してください。目が覚めたら部屋から出てるッスから。」
    パンダが抱えている年上としての矜持だとか、責任だとか、そういうものはハックにとってはまるごと包むことができるみたいだ。
    「それにね、パンダさん。パンダさんの『好き』はペンギンさんとか笹だったりに向けられてるかも知んないっスけど、俺の『好き』はパンダさんだけのモンッスよ?一万回なんて足んないぐらいっス。」

    僕らの『好き』っていうのはなんだか気持ち悪いのかもしれないね。というか、誰かを好きになるって事自体が気持ち悪いのかも。僕のためにこんなに体張れるハックくん、めっちゃ気持ちわるいよって。僕の好きとは違うかもしんないけど、ここまで体張れるのは本当に馬鹿。もしこの部屋から出れたら、僕らの『好き』ってなんだか気持ち悪いねって、正直にハックくんに言ってみよう、熱にうなされながら体が空中に溶け込んでいくように深い眠りに落ちる瞬間パンダはそう決めた。

    目が覚めると、職場の自分のデスクによりかかるように座り込んでいた。熱がすっかり下がったのか、随分体が軽い。場所こそ違ったが、熱で記憶が飛ぶ前と変わっておらず、ハックの肩に頭を預けていた。隣のデスクにはペンギンが仮眠を取っているのか、うつ伏せになっている。夢かな、夢だったのかと隣で今だ眠っているハックを見つめる。僕らの『好き』同じだといいね、分かんないけど今は犬にでも噛まれたと思ってね、とパンダはちゅ、とハックにキスをした。


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