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    natumuratakashi

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    natumuratakashi

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    ちょっと人の情緒芽生えてる書記官。

    #セノアル
    cenoid

    「君の、他の言葉も聞いてみたいと思う」セノはすれ違い様に聞いた音に驚愕した。それはただの文字列。それはただの囁き。それはただの愛の言葉。が、然し。道行く人はそれに対して耳を疑い、小さな声で議論するだけの問題がそこにはあった。

    『俺の気持ちは変わらない』

    セノは振り向き、大股に詰め寄る。

    『お前と一緒に生きていきたい』

    目の前の大きな背中を見据え、肩を掴んで振り向かせた。

    『愛してる』

    済まし顔で音漏れしているヘッドホンを付けた男がセノを見下ろし、迷惑そうに眉を寄せている。
    「その音声は何だ」

    『「アルハイゼン」』

    機械音とセノの声が重なり、周囲は異様にどよめいた。貫く視線にいたたまれなくなった彼は、さも無関係だと言うように小首を傾げる大男を引き摺り別室へと向かう。

    ────────────

    「君に喋って欲しい言葉だが」

    マハマトラが尋問に使っている部屋は防音になっている。その為このような特異な話し合いをするには都合が良かった。問い詰める間もなく口にしたアルハイゼンの答えは、なんとも不可解なもので。セノは疑問符を浮かべたまま目を細めた。
    「俺に?」
    「ああ」
    もう少し説明を寄越せ。と、机を爪で叩く。アルハイゼンは仕方ないといった態度で腰掛け鞄から音楽プレーヤーを取り出し、再生した。セノの声で再生される幾つもの愛の言葉は一貫性が無く、文学的なものもあれば下品と言われるものまで多種多様。たまたま音漏れしていた部分は存外マシな部類であった事に気付かされる。
    「……こんな事を言った覚えは無い」
    「君の音声を録音して俺が編集した」
    「は?」
    何に労力を使っているんだこの書記官は。と、セノは眉を潜めた。一方、元凶は涼しい顔でヘッドホンのメンテナンスをしている。
    「……ふむ、これで音漏れはしなくなっただろう」
    問題はそこでは無い。セノは話の通じない男をどう処すればいいのかと溜息を零した。

    「……以前、クラクサナリデビ様に勧められた本に」

    ぽつり。と、アルハイゼンは言葉を紡ぐ。曰く、恋愛小説があったのだと言う。彼女は「これは私では得られない感情の移り変わりを知る事の出来る、とても興味深い物語なの」と言い読書家のアルハイゼンに貸し出した。無論、彼はそんな物語に興味などは一切無かったが、彼女は感想を聞かせてと言ってきたから律儀に全てを読み終えたのだ。結果、彼が得られた物はほんの雀の涙程のもので、合理的に生きている彼には理解しきれないものが多々あった。
    そして、その雀の涙程度のものが、気狂いによって生成されたボイス集だ。
    「内容はどうでもいいが、登場人物の言葉を君の声で聞きたいと思っただけだ。他意は無い」
    セノは絶句した。無表情を決め込む大男が愛の告白を自身の声で聞きたいと、特大のラブレターを真正面から投げて来たことに。そして自覚症状が無いのだからなおタチが悪い。彼は立ち上がり、そっとアルハイゼンの頬に触れた。嫌がる素振りも無く、あろう事かその手に自ら頬を寄せてくる。
    「アルハイゼン」
    「何だ」
    「俺の気持ちは変わらない」
    「は」
    「お前と一緒に生きていきたい」
    「待て」

    「愛してる」

    先程機械音で聞き取った言葉を、順番にセノは紡いだ。少し順番はズレてしまったかもしれない。それでも、目の前の男は僅かに目を開き、普段はおくびにも出さない動揺を見せ、口元をまごつかせた。一つ言葉を投げれば百で殴り返して来るような男が。セノは黙ったまま、そっと顔を近付けてから僅かに開いた唇を塞いだ。ただ軽く触れるだけのものだったが、それでも無愛想な男の身体を固くするには十分だった。
    「俺に言って欲しかった言葉だろう」
    アルハイゼンは固まったままだ。
    「俺は言ったぞ、お前はどうなんだ」
    無自覚な男への催促。公共の場で自身の合成音声を垂れ流されたのだからこの位はいいだろう、とセノは目を細める。少しだけ意地悪をしたくなったのだ。
    何せ彼が焦っていたのは‘愛を囁いた記憶が無いのにどうして彼に伝わっているのか’という点なのだから。
    「……」
    僅かに時間が空いて、やっとアルハイゼンは口を開く。その答えは、及第点を与えるに十分だっただろう。セノは僅かに笑みを浮かべてもう一度口付けを施した。僅かに走った唇の痛みに、色々と教えてやらねばならないと思ったのは言うまでもない。
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