遺書屋、反省する首を絞める鈍い音と呼吸が止まる静かな音がする。
いつものように遺書を書かせ、いつものように祈りを捧げ、いつものように殺す。
二人にとっては当たり前の日常が今日も繰り広げられていた。
「……よし、後の処理はアイツに任せるとして、次は遺書だな」
「ええ、宛先は組のオジキ、って言ってたわよね」
うんうんと走り書きの遺書を大事そうに抱えて、紗来と奈落は死体から目と体を離した。
事前に調べていたターゲット、ヤクザの事務所に向かおうとする。
オジキ、とやらの顔は分からないがとりあえず行ってみようとのことだ。
二人で他愛もない話をしながら、まるで一般人のように街を歩く。
血の匂いをすっかり落とした二人は、側から見たらただのうら若き青年なのであった。
「ここ、よね?」
「ああ……」
事務所、というにはいささか立派すぎる建物の前に立つ。
いかにもヤクザの本拠地です!とまではいかないがそれなりのビルに二人は一旦背を向けた。
「待った。一回情報屋に聞いてみねぇか?あのターゲットのオジキ、とやらがどんなやつで本当にここにいるのか……」
「そう、ね。一回聞いてみましょう」
少し建物から離れて奈落がスマホを取り出す。
仲間ではないがそれなりに仕事上では気の知れた情報屋に電話をかけると、すぐに相手は出てくれた。
こそこそとオジキ、について聞く奈落を紗来はじっと見つめる。
「あぁ!?分からねぇ!?どういうことだ!」
「!落ち着いて」
急に声を荒げた奈落に一瞬だけ肩を揺らしてからすぐにどうどうと宥める。
奈落はスマホの口を押さえて紗来に向き直った。
「候補が多すぎるんだとよ」
「えっ?」
多少落ち着いた奈落がやれやれといった様子で額を抑え、適当に電話の相手に適当に返事をしてそれを切った。
「あの男のオジキ、とやらは少なくとも三人いるらしい」
「……困ったわね」
とりあえず送られてきた候補を二人でじっと見てから目を合わせる。
オニキスの瞳とガーネットの瞳がかち合えば、考えてることは同じだった。
「とりあえず」
「虱潰しだ!」
結論から言うと、それは三人目に会った人物だった。
膨大な量の扉を開けては探し、構成員に会えば無力化し、とにかく骨の折れる作業だった。
「やっと会えたぜ……!
こいつの遺書、受け取ってくれるな?」
「遺書……!?あんたら、遺書屋か……!!
クソ、……受け取らせてもらう……」
「はぁ……」
紗来の口から思わずため息が漏れる。
やっと宛先の元に旅立った紙切れを静かに見やってから、二人はやっと安心して帰路に着くことになった。
「……次からは遺書を渡す相手の名前もちゃんと聞きましょう」
「そーだな」