巣作り日々や季節を繰り返す毎日。
引きこもって研究に明け暮れる相方が、珍しく連日顔をだし近況報告やら研究報告を熱く語るのを、柴郡は適当に相槌を打ちながら聞いていた。
柴郡以上に気まぐれで神出鬼没。趣味のエリア探索や調べ物に没頭している相方が、花鳥郷について熱く語っている。
「私が思うに、このエリアって滅びゆく世界の精霊が『最後に生存の望み』を賭けた場所じゃないかって思うのよ所謂『方舟』のエリア版ね!だから星の子が未練を解放したことで、生前叶えられなかった願いの続きを、この場所で紡ごうとしているんじゃないかしら。この地の発展とはつまり――だと思うのよ!ね!チーは、どう思う?」
「興味ない」
「はぁぁぁぁぁ?!あんたね…それでも、記憶持ちの元精霊?私たちが死んだ後、世界が滅んだ真の原因や、今の社会のルーツに繋がるかも知れない過去の情報が手に入るかもしれないのよもう少し興味持ちなさいよ」
頬を膨らませて柴郡の肩をバシバシと叩く相方の色葉(イロハ)は、同じ『記憶持ちの元精霊』である暴風域生まれ。一般精霊だった柴郡とは違い、彼女は『星の子を使う』特権階級の出身だったらしい。
当時の彼女は(自称)『か弱い見習い』だったと、以前聞いた事がある。どこの見習いかは覚えていないらしいが、か弱い美少女だったと自画自賛していた。因みに、現在の彼女は暗黒竜に突撃されても高笑いで避けるほどの強者。…か弱いとは?
精霊時代、本当は学者になりたかったと願っていた彼女は、現在『自らが星の子になったのも不満。滅んだ精霊が地上に留まり、未だに生態系の頂点に君臨している事も不満』な星の子嫌い+精霊至上主義否定派。排除主義のテロリストでないだけマシな、所属エリアを持たない自由を愛する存在である。
なお精霊時代も今も、星の子を『研究材料』若くは『代えのきく歯車の一つ』ぐらいにしか思っていない。
そんな彼女からの「興味を持て」との発言に、柴郡は呆れた視線を向ける。
「今の社会や星の子に興味のないお前に、言われたくないね。だいたい花鳥郷は、俺が生きていた時代には『闇の進行が及ばない楽園』なんて噂程度の眉唾な存在だったんだぞそれが…死んだ筈の精霊が地上に滞在できて、星の子と一緒に生活まで出来る場所だなんて…」
眉を寄せ嫌悪の表情を見せる柴郡に、今度は色葉が首を傾げる。
「チーは別に、精霊否定派じゃないでしょ?生活してても気にしないと思っていたわ」
「今はあくまで、『星の子』が生きている世界だ。亡霊が、勝手に歩き回って生活までする『ゴーストタウン』に興味は無いね」
「精霊と星の子の共存を目指した理想郷とは思わないの」
「何を持っての『共存』なんだこの場所が、『今の星の子』が自由に生きて発展するための理想郷になるなら考えを改めるさ」
新エリアが解放されるたび、篭って探索や季節を満喫する柴郡。しかし、花鳥郷のクエスト開始から長居する事なく、用がなければ寄り付きもしない柴郡に、彼の弟子が不思議そうにしているのを偶然耳にした色葉は、ずっと不思議だった。
『星の子』である事に執着心すらある柴郡だが、別に精霊を嫌悪しているわけでは無い。そんな彼だから、てっきり地上に滞在して生活する精霊の存在を好意的に見て、入り浸っていると思っていたのだ。だが、予想に反して彼は嫌悪している様にすら見える。
「死んだ精霊が、地上で生活するのが嫌なわけ時々降りてきたり、ずっと地縛霊みたいに居座ってるのも沢山いるのに?」
色葉が肩をすくめて訊ねると、柴郡は眉間に皺を寄せて唸る様に呟いた。
「お前ね…俺ですら地縛霊とは流石に思ってないぞ。ただ……いつか地上に降りて未練を成就できるなら…未練から星の子になって地上に戻った俺たち(暴風域生まれ)の存在意義ってなんなんだろうな…生まれた時に肝心の未練の内容も忘れて、バケモノと迫害されて生きてきた俺たちって何なんだよ。俺たちと『あいつら(精霊)』の違いって何だよ」
「他者を頼らず自力で戻った根性ある私たちと、ウジウジ待ってたら星の子に助けて貰えたラッキーな連中」
「お前ね…言い方」
「もしかして…羨ましいの星の子に助けられたウジウジ精霊のこと」
色葉が目を細めて柴郡を揶揄う。柴郡は「不公平だと思っただけだ」と睨み返し、色葉から目を背けた。色葉は呆れた様に肩をすくめると、「自力で頑張ってきた私たちと比べるなんて、馬鹿らしい考えね」と鼻で笑った。
柴郡としては、季節や日々や短期間に『星の子』に助けを求めたり、礼として不定期に滞在するのは何とも思わない。星の子の『発展』には必要な事だと思っている。
だが、自由に地上で生活を営む場所が出来るのは別だった。『死んだ』のなら、願いが成就したのなら、天で眠りにつくなり新しく生まれ変わるなりすれば良い。
何故、失った過去をやり直す様に地上で暮らすのだ。大精霊や一部の精霊の様に、星の子を導く訳でもなく『生きているかの様な日常』を営む精霊たちの姿を見た時、柴郡は血の気が引く思いがした。
「そんなんで、次の季節大丈夫なの?チーは、どんな季節も日々も疎かにしない『優等生』でしょ」
またも揶揄う様に笑い、色葉が柴郡の顔を両手で包み込む。まるで恋人同士の様な仕草で柴郡を押し倒すと、柴郡はニヤリと口の端を上げ、色葉の唇ギリギリまで顔を寄せた。
「お前に心配されなくても『いつも通り』楽しむだけだ」
「親切な相方が心配してあげてるのに、嫌な男ね」
色葉も鼻で笑い返し、柴郡の首に腕を回す。
「まぁ、いいわ。次の季節は私も参加するから、アドパス頂戴ね♡」
「偶には自分で買おうとか思わないのか?毎回俺が買ってるよな」
「時々は交換してるでしょ?良いじゃない♡可愛い相方に貢げるなんて幸せ者よ?高給取りの『導き手』様♡」
「俺が買う方が多いよな!?てか、会話に『♡』が見えるのやめてくれ…気分が悪くなる」
げっそりとした表情で顔を逸らす柴郡に、首に腕を回したままの色葉はクスッと笑い、顔を寄せると「嫌な男ね」と囁き頬にキスをした。
「嫌な男で悪かったな。そろそろ離れてくれないか?流石に重い――ッ!痛い!」
色葉は失礼な物言いの柴郡の鳩尾に膝を入れ、眉を寄せて睨み付ける。
「鳩尾に膝を乗せるなよ!痛いだろ!ヒビでも入ったらどうするんだ!」
「失礼な男には、いい気味だわ」
プイッと視線を逸らし、色葉が柴郡の胸の核に耳を寄せる。時折する彼女の癖だ。こうなると彼女は暫く動かない。柴郡は一つ溜息を吐くと、彼女の背を軽く叩きながら、もう片方の手で頭を撫でる。時折、彼女の短い髪を梳く。そうしていると、小さな声で色葉が呟いた。
「私は精霊も星の子も好きじゃないわ」
「知ってる」
柴郡が空を見上げながら答える。
色葉が続ける。
「チーの言う『亡霊』が、星の子に教える『暮らし』。『巣づくりの季節』なんて、皮肉が効いているわ。『家』じゃないのよ?『巣』よ?」
色葉が皮肉めいた表情で、クスクスと笑う。
「良いじゃないか。『住処』だの『拠点』だのより、ずっと可愛らしいだろ。俺は好きだけどな『巣』」
柴郡が答えると、色葉が更に笑いだす。
言葉の表現からくる意味を理解出来るのは、精霊と記憶持ちの暴風域生まれぐらいのもの。
「私なら『私たちを何だと思っているの!』って怒るわ。文化を持たない光の生物や闇の生物と違う。考える知性と社会性を持った知的生命体が何故『巣』なのよ!ってね」
「お前が捻くれた受取方をしているだけだろ。発展途上の世界なんだから、単純に可愛いとか空を駆ける星の子だから『巣』の方が表現が合うんだろう。もしくは…」
柴郡が、丘向こうにある暴風域へ続く扉に視線を向ける。
「「帰巣本能」」
同時に呟いた言葉に、1人は苦虫を潰した様な表情。1人は愉快で仕方ないという笑い声を上げる。
「ほらね、皮肉だわ。まるで私たち暴風域生まれの為の季節みたい。昔を思い出して懐かしめっての?中途半端な記憶持ちに対する嫌味?それとも―「色葉」ッ!……何よ?」
「単純に便利な暮らしができる様になるとか、楽に楽しめよ。お前は季節や日々の意味を、深読みしすぎだ。疲れるだけだ」
「…チーだって考察したり調べるじゃない」
「俺は、お前ほど皮肉に取ったりしません。楽しんでるだけだ」
色葉は唇を噛み締め、柴郡の胸に顔を埋める。柴郡と違って、色葉は過去の『全て』を取り戻したがっている。
精霊に戻りたい訳ではない。
だが、生まれ変わった時に無くした『何か』を求めている哀れな狂った暴風域生まれの『星の子』。
星の子であることを受け入れられない、星の子である。
「自分ばっかり『今』を受け入れちゃってさ…元精霊のくせに」
「関係ないだろ。今の俺は『星の子』なの。星の子として、今を楽しんで生きて何が悪い?」
「悪くないけど、『何かを求めない』暴風域生まれは狡いわ。生まれてきた意味を見失うなんて、狡いわ」
柴郡とて『何かを求めて狂う』運命の暴風域生まれだ。
「…欲しいものが見つかったからかもな」
「はっ?聞いてないんですけど?!何それ?!」
驚愕の表情で顔を上げた色葉にニヤリと笑い、柴郡は求めてやまない至高の存在を思い浮かべる。
「ちょっと!教えなさいよ!どういう意味よ!」
「五月蝿いな。好きな相手が出来たんだよ。だから―「えっ?また星の子を好きになったの?恋愛なんて絶対勘違いだって。悪趣味だよ」―お前、失礼すぎだろ」
引いた表情で体を離し、星の子との恋愛など悪趣味だ!ありえない!と考えている色葉に、相手が王族だと伝えたら、どんな反応をするのか興味が湧いた。
「なあ色葉」
「何よ悪趣味チー」
「マジで怒るぞ。まぁいい…お前『王族』って知ってる?」
「まさか虹の国のを言ってる?王族なんて名乗っても、所詮は星の子でしょ」
呆れた様な色葉の返しに、小さな違和感を覚えた。
柴郡は、彼に出会うまで『この世界の王族』に関する記憶が無かった。
「他にも王族がいるかのような口振りだな?」
「あー、チーは一般市民だったから記憶に薄いのかもね。正式な王族は、ちゃんといらっしゃったのよ。流石に生きてはいないはずよ?」
「生きてはいない?」
「当たり前でしょ?精霊も滅んでいるのに、王族だけ生き残ってどうするのよ?」
さも当たり前とばかりに、色葉は言い切る。
「世界の安定とか安心して暮らせる様にとか…精霊を空に返す為……とか。やるべきことはあるだろう?」
「言いたくないけど、全部『星の子』がやってるじゃない。だいたい、地上に精霊帰ってきてるし。王族がいたとしても、何するのよ?世継ぎだって産まれようもないのに」
「…世継ぎって?」
以前、彼も似た様な単語を発したことがあった。
色葉は呆れた様に告げる。
「世継ぎってのは、王の血をひく『血』の繋がりを持つ存在よ。ほら、丁度よく走ってるじゃない」
色葉が、子どもの精霊を追いかける母精霊を指差す。
「父(男)と母(女)で夫婦になって、母が子を産む。一般的な精霊の繁殖方法だったでしょ?覚えてないの?王族も一緒よ。確か王子がいたような気がするけど…女がいないなら子は増えないわ。男しかいないなら繁殖は無理だし、民である生きた精霊もいないのに王だけいるのも不自然――って!ちょっと、どうしたの?!顔色悪いわよ!?」
色葉の言葉を聞きながら、柴郡は頭の中が真っ白になっていた。
柴郡は『男性体』の星の子である。
だが、女性体の星の子に体を変える事は出来なくはない。だが、星の子は『天から星降る様に生まれる』存在だ。例外はあるだろうが、他者の体を介して生まれる存在ではない。
自分が彼の側に居ても良いのか?又は、彼と同じ存在が奇跡的に存在するなら…自分は離れなければならないのではないか?何故なら―自分は実を宿せない。
――『巣づくり』――
一般的に繁殖のための家づくり
思いもかけず気付いた現実と、古い言葉の意味。
新たな季節が始まれば、いつもの様に彼に語って季節を楽しむつもりでいた。だが、いつもの様に楽しめるだろうか?語れるだろうか?
急に落ち込んで黙ってしまった柴郡を心配した色葉が、何度も声をかける。不安を抱えながら、新たな季節が始まろうとしていた。