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    いちか

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    バニーの日の話

    終には闇に飲まれた空気は、まだ陽の微温さを残している。街中の、人混みの騒がしさは活気のある証拠なのだが。

    「……親友殿」
    「どうかしたのかい?」
    「ひとつ確認してもいいか?」

    雑踏の中で足を止めたアルベールは、ユリウスの胸倉に掴みかからんばかりの勢いで、しかしある程度の距離を取って警戒の色を放つ。

    「俺たちは此処の地酒を楽しみに来たんだよな?」
    「その筈だったねぇ」
    「なら、何でこんな所に居るんだ!?」

    声を荒らげるのも無理はない。
    確かに自分達は特産品とも言われる有名な地酒を嗜みに隠れ家的な小料理屋を探していたはずであった。しかしいつの間にやら歓楽街へ迷い込んでいたらしい。赤い柵に格子戸、桃色や紫の艶やかな吊下燈が街を彩り、人が擦れ違う度にふわりと街中に焚かれた香の強い香りが鼻を擽った。

    「……君は私を買い被り過ぎやしないかい?いくらなんでもそこまで万能ではないよ」

    一応窘めてはみるが、アルベールの警戒は迷子の件よりも場所の方に向いているらしい。つまり、だ。如何わしい場所に連れて来られたのは如何わしいことをする下心故だと。
    勿論、そんなものは無いことを証明したいのだが、形の無いものを見せることなど出来ない。
    せめてもとユリウスはその手を取り、もと来た道を帰ろうとするが、アルベール荒げた声のせいか客引き娘達に行く手を阻まれてしまった。種族はわからないが、獣の耳をふさふさと揺らして彼女たちは小首を傾げる。

    「お兄さんたち、ちょっと遊んでいきませんか〜?」

    エルーンの普段着とは比べ物にならない、最低限の場所だけを隠した高露出の衣装で腕を絡め胸を押し付けてくる。
    身長差のせいで長い耳が頬と首とを擽った。その触れる部分からも甘ったるい香子蘭のような匂いがする。


    「………っ!」

    きゃぁきゃぁと甘い声で枝垂れかかられては、いくら鈍感なアルベールでも流石に誘いの意図はわかったのだろう。かといって、女性を無下に扱うことはできず、そこに硬直したままになっていた。

    「すまないね」

    水を差すように客引き娘にユリウスが声を掛けると、きょとんと瞳が此方を見る。見目麗しい男が言い寄られてあたふたしてる様が余程面白かったのだろう。色街に訪れるのはその意思がある者達ばかりだろうから。
    ユリウスは彼女達からアルベールを引き剥がす様に体を割り入れながら尋ねる。

    「探してる店があったのだが、どうやら道に迷ってしまったようでね。もし知っているなら、教えてはくれないだろうか?」
    「あ、それなら……!」

    分かり難い場所にあるんですよねー。等と口々に言いながら、獣耳の少女達は通りの奥の柳の木を指す。その向こうに目的の店はあるようだった。

    「有難う」
    「『今度は』お店に遊びに来てくださいね!お兄さんたちにいっぱいサービスしてあげる!」

    姦しい見送りを背に店の方へ歩き出すと、アルベールの独り言がユリウスへと小さく届いた。

    「……酷い目に、遭った……」

    川沿いの道は喧噪から離れ、それでも街の薫りを反射して燦めく。
    先を行くユリウスのジャケットの裾を摘んで、離れないようにとよろよろ続く。
    呼吸まで我慢していたのか、走った訳でもないのに呼吸が忙しない。

    「ああいった色街で、よく見る女性達の格好が兎を模した物である理由を知っているかな?」

    横目に尋ねるとアルベールは微かに首を振った。先程よりは減ったどぎつい光飾の厭らしい光が彼を照らす。

    「諸説あるらしいが、兎は年中発情期だからというのが大きな理由らしい。慾に溢れた街には丁度良いモチーフだ」

    伏せた睫毛の下で何を反芻したのか、眉間に深く皺が入った。

    「実際の生態も概ね似たようなものだがね、雌より雄の方が態度に顕著に出るらしい。ところで……」

    先導して歩くのを止め、ユリウスはその場で振り返った。惰性で歩いていたアルベールの身体はそのままユリウスに抱き留められる。

    「少し、休んでいくかい?」

    ユリウスの肩に伏せられた眦には微かに水の軌跡が残る。荒い吐息も赤く染まった耳も、抱き締めるような形で項に手をやれば、そこも熱を持って早鐘の様に鳴っていた。押し付けられた下半身もゆるゆると捌け口を探して蠢いている。
    恐らくと言わずとも、彼は魅了に関する事柄にまるで耐性がないようだ。だから色街の空気はかなり堪えていたのだろう。「ほんの少し相手をその気にする」程度の香の匂いがここまで強く作用するのだから。

    「…………する」

    消え入りそうな声で返した雄兎は、一刻も早く喰らわれるのを待っていた。
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